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第142話 侯爵様と孤児院に行った。色々驚かれた。

「…………ここ、なのか?」


「はい。何度か来ているので間違いないです」


「………………廃墟ではなく?」


「そう見えると思いますが、違います。つい昨日まで、ここで保護者として大人が四人、被保護者として子供二十人の計二十四人が暮らしていました。まあ、建て替えの為に一時的に別の場所に移ってもらっているので、今は無人ですが。ああ、そういう意味で言えば、今は廃墟って事になりますかね」


「二十四人も…………。しかもつい昨日まで、こんな所で暮らしていたと言うのか……」


 貧民街でのフレッドさんとの話を終え、領主様からの定期的な指名依頼の受付という、クリスさんの胃への追加ダメージを確定させた侯爵様が、次に向かったのは孤児院だ。とは言っても、現在孤児院には誰もおらず、今にも倒壊しそうな建物が存在するだけの状況ではあるが。


 実は馬車の中で侯爵様から次の目的地について聞いていたので、今は無人であることを伝える事もできたのだが、つい先日までの孤児院の状況を見て貰いたかった為あえて言わなかった。


 その効果は抜群で、建物を見た侯爵様は最初、そのあまりの酷さに言葉を失っていた。


「……ここに暮らしていた者達はどこに?」


 侯爵様は、暫し呆然と孤児院の建物を見つめていたが、苦し気に建物から視線を切って俺の方へと向け直し、孤児院の人達の所在について尋ねてきた。


「はい。以前私達の店にちょっかいをかけてきた人達がいましたよね? その人達のお店だった建物が空き家のままな事を偶然知りまして。広さが丁度良かったので、そこを借り上げて暮らしてもらっています。建て替えの間の仮宿ですね。大工の人には依頼済みなので、準備が出来次第、こっちの建物の解体と建て直しが始まります」


「あ奴らの……。そうか。情状酌量の余地もない、愚劣な者達ではあったが、遺した建物は役に立ったのだな……。大工の者達には、しっかりした物を建ててくれと伝えてくれ。後、請求は侯爵家に回してくれ。無論、仮宿の分もだ。それなりに大きな建物だったと聞く。購入ではなく借り上げとはいえ、かなり金が掛かっただろう?」


「わかりました。ありがとうございます」


 言われなくても請求しますとも。いくら〈鉄の幼子亭〉が繁盛していて、金銭に余裕があるとは言え、湯水のように沸いてくる訳じゃないからね。もらえる物はもらうよ。


「ふう……。では、その仮宿とやらに向かおう。一刻も早く」


 大きな溜息を一つ吐いてから、侯爵様は厳しい表情でそう言った。


 ……


 …………


「ここです。先日一度やりましたが、一応ここでも、貧民街とは日をずらした上で定期的に炊き出しを行う予定です」


「そうか。ならば、こちらについても指名依頼にした方がよさそうだな……」


 クリスさんへの更なる追加ダメージが確定した瞬間である。組合(ギルド)を辞めないといいけど……。今度、お見舞いの品でも持っていこう……。

 申し訳ないけど、今はクリスさんへのお見舞いについては置いておいて。

 今回は案内人がいないので、俺が扉を開こうとドアに手を掛け――――


「あ、レンちゃんは――――」


 メリアさんが何か言おうとしていたが、その時すでに俺はドアを開け放った後だった。


「ん? なに?」


「開けない方が、いいんじゃないかなって……」


「え? なんで?」


 どういう意味だろうか? と俺は首を傾げたが、メリアさんの口からそれが語られるより先に、俺は身を以てその答えを知る事となった。


「あ! おねえちゃんとレンちゃんだ!」

「あー! ほんとだ! なにしにきたのー?」

「あそぼー!」

「なにしてあそぶー?」

「おままごとしよー!」

「えー!? おにんぎょうさんであそぼうよー!」

「かけっこしよーよ!」

「おうちのなかじゃせまいじゃん! ゆーしゃごっこしようぜ! おれゆーしゃ! レンはまおーな!」

「え? ちょっと、待――――ギャーーーース!?」


 口々に、好き勝手に、子供特有の甲高い声で叫びながら俺を取り囲む子供達。

 四方八方からぎゅうぎゅうと押されまくり、俺は子供達の激流に飲み込まれ、撃沈した。


 ……


 …………


「はっはっは! さしものレン殿も子供には勝てぬか!」


 仮宿の奥にある小部屋にて、子供達に散々引っ張られ、半脱げになった衣服を直し、ぼさぼさになった髪を手櫛で整えていると、侯爵様の楽しそうな笑い声が響く。


「ごめんレンちゃん。言うのが遅かった……」


「……いや、しょうがないよ。俺自身忘れてたし」


「すみません。良く言っておきますので…………」


 院長さんは恐縮しきりの様子で俺に頭を下げる。

 ちなみに今俺達は、仮宿の奥にある小部屋の中にいる。元々はおそらく従業員の休憩室として使われていたであろう場所で、他の小部屋より一回りほど大きい。


 あれから色々あった。


 まず、子供達の黄色い悲鳴(と俺のガチの悲鳴)を聞き付けた職員さんの一人が奥から飛び出してきて、揉みくちゃにされている俺を発見、俺を救出した。一息ついた所で、一歩離れた位置で楽しそうに大口を開けて笑う侯爵様を発見。職員さんは卒倒した。


 ギリギリの所でメリアさんが飛び出して、職員さんを抱き留める事に成功。事なきを得たが、いきなり職員さんがぶっ倒れた事で子供達が悲鳴を上げ、その声を聞き付けて今度は院長さんが登場。

 院長さんは場のカオスっぷりにフリーズしかけるも、そこは孤児院の長。すぐに復帰しておおよその状況を把握。残りの職員さんを召集し、一人は倒れた職員さんの介抱。もう一人は子供達のケアをテキパキと指示して、自分は俺達を奥へと案内して今に至る。お疲れさまでした。


「それで、領主様はどういったご用件でいらっしゃったのでしょうか?」


「…………うむ。それはだな――――」


 ここに至るまでの騒動で少し疲れた顔をしている院長さんから促され、侯爵様は重々しい口調で孤児院に赴いた理由について語り始めた――――。


 ……


 …………


「受け入れてくれて良かったですね」


「うむ。庶民と貴族という立場の違いがある故、正面から罵倒されるような事はないとは思っていたが、それでもなかなかに肝が冷えた」


 俺の言葉に、侯爵様は溜息を吐きながらそう答えた。


 現在、孤児院での院長さんとの話を終え、馬車に揺られて侯爵様のお屋敷に向かっている最中だ。

 今回、侯爵様が孤児院に赴いた理由。それは貧民街の時と同じく、謝罪の為だった。知ってた。


 やはりというか、孤児院への支援金は想定より大分少なかったらしい。


 それだけでも謝罪の理由には十分だが、侯爵様が院長さんに語った、原因がまたなんとも微妙なものだった。


 その原因。それは端的に言ってしまえば、書類に書かれている内容の見逃しだ。


 担当の人から上がってくる報告書は、統一した書式で書かれているのだが、全てを一つの書式で賄おうとしたせいで、非常に見辛いものになってしまっていたらしい。

 本来、孤児院で預かっている人数が増えたら、それに合わせて支援金を増やしていくのだが、そこの記載を見逃してしまっていたとの事だった。

 ハンスさんから俺達の報告を聞き、慌てて過去の書類を精査して発覚したらしい。


 …………なんというか、うん。すっごい経験がある。

 汎用性を求めすぎて記載項目が滅茶苦茶多くなってしまったり、見る場所があっちこっちに散在してしまってどこを見ればいいのか分からなくなったり……。

 前の世界でもちょくちょくあったなあ、そんな書類。で、大体書く場所とか内容を間違えて上司に怒られるんだ。『だったらもっと分かりやすい書式にしろよ!』と何度も叫びたくなったもんだ。


 なんでもかんでもテンプレ化すりゃいいってもんじゃないっていう事だな。


 まあ、しょうがない面もあったとはいえ、そんな事は院長さん的には知ったこっちゃない。院長さんとしては、支援金の支払いが少なかったという事だけが真実だ。

 そこは侯爵様も百も承知なので、貧民街の時よりも深く頭を下げて謝罪した後、粛々と不足分のお金を院長さんに渡した。


 だが院長さんはそれを固辞した。


 お金に困っていたのに何故? と思ったが、話を聞くとなんて事はない。単に渡された金額が大きすぎて、『こんな大金持っていたくない』という、ごもっともな理由だった。確かに、俺が院長さんの立場でも多分断る。怖いもん。

 というか、冒険者組合(ギルド)や商業組合(ギルド)には預金の制度があるのに、一般の人達はないのか。不便だな。


 そんなこんなで、そのまま金の押し付け合いが暫く続いた後、支援金に上乗せする形で渡す事でなんとか話が落ち着き、仮宿を辞して今に至る。


「ふう……。なんとかこれで肩の荷が一つ下りた。とは言っても、やっと道筋が立った、程度の物だが」


 侯爵様は少しだけホッとした表情を浮かべた後、すぐにその表情を困り顔に変えた。

 そう。今日一日で貧民街、孤児院と巡り、各々の責任者と話をして、貧民街では目安箱(俺)が置かれ、孤児院には未払い金を分割で支払う事になった。

 だがこれはあくまで第一歩。ここで足を止めたら意味がないのだ。

 これからやるべき事はいくつもあるが、侯爵様はただでさえ忙しいであろう人だ。さらに仕事を積み上げた結果、倒れてしまっては困る。


 という訳で。


「侯爵様。ちょっと考えがあるので、孤児院の方は俺達にやらせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」


 今回増えた案件の内、片方をこっちで持ってお手伝いしよう。所謂言い出しっぺの法則って奴だ。

 険しい顔で今後について考えていたらしい侯爵様は、俺の提案を受けて、興味深げに片眉を上げた。


「ほう? とりあえず、その考えという物を聞かせてもらっていいかな? その内容次第で貴殿らに任せるか決めよう」


「はい。それはもちろん。ええと、孤児院の人達には――――」


 俺のアイディアを語ってみた所、侯爵様はその内容に驚きに目を見開いたが、


「それは……。こちらとしては有難い話ではあるが、貴殿ら的には大丈夫なのか? 本来、孤児院の状況改善も領主である私の仕事だ。無理をする必要はないのだぞ?」


「いえ、無理はしていません。これは俺達にとっても利のある話なんです。内容的に、本当なら貧民街の人達にやっていただきたい所なんですが、ちょっとあそこは環境が合わなくて……」


「……なるほど。納得できる話だ。孤児院の者達のみならず、貴殿らも利があるのならば、私としては止める理由もない。許可するので存分にやってくれたまえ。出来れば、定期的に報告をあげてもらえると助かる」


「ありがとうございます。もちろん、報告はあげさせていただきます。初回の報告は、とりあえず明後日にでも」


「うむ。よろしく頼む」


 といった感じで許可してもらえた。やったぜ。


 よっし。じゃあ早速明日にでも孤児院に行こうか。……何気に三日連続だな。だからなんだって話だけど。

 まあとりあえず、明日こそはドアをメリアさんに開けてもらう事にしよう。そろそろボロボロじゃない状態で建物に入りたいし。

お読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマの程、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 揉みくちゃにされる幼女( ˘ω˘ ) やっぱり中間管理職……
[一言] 「目安箱(俺)が置かれ」ってので街角に目安箱って看板を持ってぽつんと立ってるレンちゃんを連想w
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