第139話 侯爵家に行った。以前の行動のヤバさを知った。
クリスさんから組合への呼び出しを受けたが、件のクリスさんが休憩中との事で、孤児院の仮宿で少し時間を潰してから組合へ向かう事にした。
屋敷に帰るには時間が短いし、〈鉄の幼子亭〉に行ったらクリスさんと鉢合わせになっちゃうからね。
その際、【魔力固定】で木っぽい素材を作成し、〈ゴード鉱〉を【金属操作】で成形した物を芯にして、適当な人形をでっちあげて、子供達にプレゼントしたりしてみた。デザインセンスはないので、表情その他は作っておらず、のぺっとしたままだ。そこらへんは職員さんに作ってもらってください。
そんな手抜きで不細工な人形でも子供達は大層喜んでくれたので、何体か作って渡してきた。作ってる工程を見せなかったので、手品みたいで面白かったのかもしれないな。今度はぬいぐるみでも持ってこようかな。俺は作れないから、売り物を買うか、誰かに作ってもらおうか。メリアさんだったら出来るかな? 何気に多才だからね。
そんな事をしている内に良い時間になったので、仮宿から出て冒険者組合へ向かう。出ていく時に子供達に無茶苦茶引き止められて困ったが、また近い内に来る事を約束してなんとか解放してもらった。実際、炊き出しの為にまた来るしね。
そんなこんなで組合に着き、受付に目を向けると、クリスさんの所には数人の列が出来ていたので最後尾に並ぶ。特に何かが起こる事もなく列が捌けていき、さして待つ事なく俺達の番になった。
…………いまさらだけど、ここの組合で転生物あるあるなテンプレ展開に遭遇した事ないな。見た目幼女なんだから、そういうのがあってもおかしくないのに。
ま、面倒な展開にならないなら、それでいっか。
「こんにちわー。私達に指名依頼があるって聞いたんですけど……」
クリスさんに声を掛けたのはメリアさんだ。俺だと身長が足りなくて、俺の顔が良く見えないし、かと言って顔が見える所まで体を持ち上げるのは結構疲れるんだよ。
「ああ、メリアさん、レンさん。こんにちわ。お待ちしておりました。今回は呼び出してしまい申し訳ありません。そうなんです。お二人のレベルでは本来指名依頼は許可されないのですが、依頼主がどうしてもと……。断りきる事が出来ませんでした」
クリスさんは俺達の姿を認めると、申し訳なさそうに眉を顰め、深々と頭を下げてきた。
「あー。いや。なんとなく依頼主が誰か分かったんで頭を上げてください……。で、その依頼内容を確認しても?」
「はい。こちらになります…………」
「どうも。えーと……依頼内容。貧民街、並びに孤児院視察に伴う護衛。報酬。応相談。…………依頼者。ジルベルト・オー・イース」
「やっぱりか……」
クリスさんが申し訳なさそうに差し出してきた依頼書をメリアさんが受け取り、俺に聞かせる為にその場で音読してくれた。
まあ、予想通りといえば予想通りだ。依頼内容的に、以前俺達がハンスさんに話した事についての現地調査といった所だろう。
この依頼に関しては『あり得るかも?』と思っていたので、そこまで驚きはない。いやだって、お貴族様が孤児院はともかく、貧民街なんて普通行かないだろうから、道案内が必要だろうし。単なる道案内だけだったらわざわざ指名依頼にする必要は全くないのだが、発端は俺達だし、貧民街、孤児院両方に顔が利くからね。
依頼内容は護衛ってなってるけど、実際の所はただの道案内だろう。本物の護衛は、多分侯爵様の私兵でも使うんじゃないかな?
「分かりました。この依頼、受けます」
「ありがとうございます……」
メリアさんが依頼を受ける旨を伝えると、クリスさんはそう言って小さく安堵の溜息を吐いた。そうだよね。これで俺達が受けないって言ったらかなり困った事になるだろうしね。
本来、依頼という物は強制じゃないので、断る事が出来る。それは最終的に依頼を受ける立場の冒険者だけでなく、一次請けである組合側にも当てはまる。依頼を強制できるのは冒険者組合の組合長だけだ。
でもまあ、今回は相手が悪い。なんてったって侯爵にして街の領主だ。断ったら後が怖すぎる。それでも、理不尽な内容の依頼だったら断ってくれたとは思うけど、今回の依頼は視察の護衛。いたって普通の物だ。つまり断る為の理由になり得ないのだ。そんな無理押しの依頼を捌かなくてはいけなくなってしまったクリスさんの心労は察するに余りある。俺だって社会人だったからね。断れない仕事なんていくらでもあったさ。むしろ断れる仕事なんて物が存在した記憶がない。あぁ……納期……短縮……クレーム…………。
「あー……。えっと、これはいつ行けばいいですかね? そこらへんも何も書いてないんですけど……」
俺がちょっと過去を思い出して、クリスさんと似たような雰囲気を醸し出し始めた事を感じ取ったようで、メリアさんが俺の思考を断ち切るように声をあげた。
「…………重ね重ね申し訳ないのですが、できればすぐ向かっていただきたいです。この依頼を持ってきたのは執事の方なのですが、なんだかとてもピリピリしていまして…………あまりお待たせしたくないのです」
「あ、はい。分かりました」
だがその努力もクリスさんには通じず、絞り出すようにそう言ってお腹を押さえるクリスさん。ストレスが胃に来てしまっているようだ。これ以上クリスさんの胃にダメージを与える前に、さっさと依頼を終わらせる事にしよう……。
……
…………
冒険者組合から出た俺達は、一度〈鉄の幼子亭〉に向かった。
なんで侯爵様の屋敷に向かわないかって? 今の恰好が冒険者スタイルじゃないからだよ。依頼内容が護衛なのに、ただの布の服で行く訳にはいかないだろう。
装備自体は〈拡張保管庫〉に突っ込んであるから着替えはすぐできるけど、道のど真ん中で着替える訳にもいかないので、〈鉄の幼子亭〉の小部屋で着替える事にした訳だ。
とは言っても、服の上から各種防具を着けて、武器を出しておく程度なのでそれもすぐ終わり、俺達は侯爵様の屋敷に向かった。
「すみません。侯爵様の依頼で来たんですけど……」
さして時間をかける事なく侯爵様の屋敷の前に到着し、二人いる門番さんの片方に声をかけると、それを聞いたもう片方の門番さんが、すごい勢いで屋敷の方へ駆けていった。
え? 門番の仕事は?
その行動のあまりの突然さに唖然としていると、声をかけた方の門番さんが、ニッコリと笑った。
「すぐに旦那様がいらっしゃいますので、そのままお待ちいただけますか?」
「は、はい…………え? いらっしゃる?」
来るの? ここに? なんで? 普通、屋敷の中に案内されて、応接室で依頼内容とか報酬について話す場面じゃない? え? どういう事?
とクエスチョンマークを頭上で乱舞させつつも、言われた通りに門の前で待っていると、門が開き、中から見覚えのある馬車が出てきた。
デジャビュを覚えながら門の前から脇に移動して道を空けると、俺達の目の前で馬車が止まり、ドアが開いた。
「乗りなさい」
「「は、はい……」」
馬車の中からの侯爵様の有無を言わさぬ言葉に、俺達は言われた通りにする事しか出来なかった。デジャビュは気のせいだったようだ。今日の侯爵様マジ怖い。
俺達がいそいそと馬車に乗り込みドアを閉めた瞬間、その音を合図に馬車が動き出した。
「…………」
「…………」
「…………」
侯爵様は無言で腕を組み、険しい顔で何かを考え込むように目を閉じている。そんな状況でおしゃべりなんぞできるはずもなく、俺達も無言で馬車に揺られている。
何これ! 辛い! めっちゃ気まずいんだけど! なんなの!? 俺達なんかやっちゃったの!? それならちゃんと言葉にして!? 俺達、思考を読んだり出来ないから、言ってくれないと分からないんです!
あ! そうだ! メリアさんならあの人並外れた洞察力で侯爵様の考えが分かるんじゃ――――
(いや、分からないからね? あの子達とかコリンが分かりやすかっただけだからね?)
いや今俺の思考を読んでるじゃん。それを侯爵様にも発揮してよ。
(そんな目で見つめられたら誰だって分かるよ……。というか、侯爵様って御貴族様だからか知らないけど、考えが態度にあんまり出ないんだよねえ。強い感情はさすがに出ちゃうみたいだけど。今みたいに)
知らず知らずの内に熱視線を送っていたらしい。まあ、それくらい現状に辟易してるって事だよ。
ちなみにメリアさんは【念話】を使っているが、俺は全く使っていない。もちろん声も出していない。それなのにこの意思疎通っぷり。メリアさんまじパネエ。
「………………あの」
場に重くのしかかる沈黙と、俺からの熱い視線に耐えきれなくなったメリアさんが、一つ小さな溜息を吐いてから、意を決して侯爵様に切り出した。
さすがメリアさん! 俺にできない事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! あこがれるゥ!
…………あ、ごめんなさい。謝るから睨まないで。これ以上重い空気は耐えられない。
「……なにかね?」
メリアさんの声掛けに、侯爵様は腕を組んだ姿勢はそのままに、片目だけを開けてメリアさんに視線を向けた。やべえっす。超こええっす。
「は、はい。えっと…………私達、なにか侯爵様の機嫌を損ねるような事をしてしまいましたでしょうか?」
侯爵様の態度にメリアさんは一瞬怯んだが、ここで会話を打ち切る事はさすがに出来ないと踏んだようで、おずおずと言葉と続けた。
そして、その内容に思う所があったのか、侯爵様は瞑ったままだった片方の目も開き、改めて両目でメリアさんを見つめる。
「……何故そんな事を聞くのかね?」
「いえ、なんかすごく、侯爵様が、その…………怒ってらっしゃるようなので」
メリアさんの言葉に、侯爵様は一瞬驚いたように目を見開き、再び目を閉じた後、大きく息を吐いた。
その動きに、余計怒らせた!? と大いにビビるも、三度その目が開かれた時には、先ほどまで纏っていたピリピリした空気は霧散し、苦笑いを浮かべる侯爵様の姿があった。
「いやすまん。貴殿らが何かしたという訳ではないのだ。愛する民達に仕出かしてしまった事に、情けなさと自身への怒りが溢れてしまってな」
侯爵様の告白に、俺達は揃って肺の中身を全て吐き出すような、大きな安堵の溜息を吐いた。
そういう事か。いやー良かった。俺達が知らず知らずのうちに何かやらかしちゃったんじゃないかと思ったよ。
いつの間にか掻いていた冷や汗を拭っていると、その様子を見た侯爵様が大きな声をあげて笑い始めた。
「はっはっは! 何をそんなに不安になる必要があるというのだ! 貴殿らは近衛兵、しかも王女殿下お付きの者を完膚なきまでに叩きのめしたのだぞ? その時点で、普通であれば反逆の意志ありと見て即刻処刑されてもおかしくない程の所業だというのに!」
心底可笑しそうに笑う侯爵様の言葉に、俺達は揃って青くなった。
え? あれ、そんなに危ない橋だったの? 近衛兵ってそんなに権限強いの?
そんな俺の思考を表情から読んだらしい侯爵様が、クツクツと笑いながら話を補足していく。
「当たり前だろう。近衛というのは王族を守る盾であり、王族に仇なす者を斬り伏せる剣である。制限こそあるが、貴族を断罪する権利すら持っているのだよ。あの状況も、事情を知らない者から見れば、近衛、ひいては王家に楯突く反逆者を断罪する為に設えた場にも見えただろうさ」
事情を知っていれば、非がどちらにあるかなど一目瞭然だがな。と侯爵様はニヤリと笑うが、そんな楽しそうな彼とは対照的に、俺達の顔色は青と通り越して白くなりつつあった。
まじかよ……。洒落にならん。下手したら国と喧嘩する羽目になってたって事だろ……? そういうことは先に教えてくださいよ侯爵様。
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