第137話 孤児院に行った。②
あけましておめでとうございます。
今年度も「異世界転生したら幼女だった。~異世界で安定した生活を送りたい~」をよろしくお願いいたします。
『皆を連れてきます!』と言って、院長さんが孤児院に戻ってしまったので、その間に俺達は受け入れ態勢を整えるべく、作業を開始する事にした。
まず、必要と思われる数を残してテーブルと椅子を〈拡張保管庫〉に収納する。これだけでかなり広く感じるようになった。
〈女神の美食亭〉は建物の大きさに違わず結構繁盛していたようで、家具も結構いい物を使っていた。未だに安物を使っているうちとしては羨ましい限りだ。
……いや、うちも買おうと思えば買えるんだけどね? でも、今使ってる奴もまだ使えるし、捨てるのもったいないじゃん? 日本人なら〈もったいない精神〉は大事にしないと。無料で手に入るなら有難く頂戴して〈鉄の幼子亭〉で使いたい所だが、この建物は買い取りではなくレンタル。返却する時は現状復帰しないといけない。それには家具等も含まれているので、勝手に拝借する訳にはいかないのだ。残念。
続いて厨房を物色すると、大量の食器や調理器具が残されていた。これも一纏めにして〈拡張保管庫〉行き。二十数人が暮らす事になるからそれなりの数は必要ではあるが、ありすぎても邪魔になるだけだからね。それ以前にこれも原状復帰の対象に含まれるので、キッチリ保管しなくてはいけない。これまた全体的に質の良い物ばかり。くそう……欲しい。
その後も各部屋を物色しつつ、孤児院として使うには不要そうな、でもそれなりに高品質で高価そうな物品を『ちょっとくらいちょろまかしてもバレないのでは?』という悪魔の誘惑を全力で振り払って〈拡張保管庫〉に収納していく。
なかなかに精神を削られる作業を終え、いよいよ最後の大仕事に入る。掃除である。結構埃っぽいからね。いくらなんでもこんな所に子供達を住まわせる訳にはいかない。
窓やドアを全解放して風通しを良くしてから、まずは掃き掃除。
建物内を物色していた時に、物置らしき部屋に掃除用具が置いてあるのを見つけたので、有難く使わせてもらう。
テーブルと椅子に積もった埃を落としてから、二人がかりで箒で床を掃いていく。室内を箒で掃く事に違和感や罪悪感を覚えるが、モップがなかったのでしょうがない。
年単位で空き家だった訳ではないので、そこまで厚く積もっているようには見えなかったが、いざ集めてみると小山が出来る程度には積もっていた。何故かチリトリがなかったので【魔力固定】でサクッと作って埃の山を回収。建物の裏に置いてあったゴミ箱にポイ。
あ、そうだ。看板外しておかなきゃ。掲げたままだと勘違いする人が出てきちゃいそうだし。
裏口から正面に回り、ドアの上に取り付けられている看板に目を向ける。
元の持ち主が俺達に仕出かした事を考えると、バキバキにへし折って薪にでもしてやりたい所なんだが…………これも現状復帰の対象なんだよなあ。しゃーない。片づけるか。
とはいっても、看板はドアの上に掲げられているので、体が子供な俺では背伸びしても全く届かない。もちろんジャンプしても。
普通ならここで諦めて、建物の中で掃除中のメリアさんを呼ぶ所だが、ここは魔法のある世界で、俺はその魔法が使える。普通にジャンプしても届かないなら、普通じゃないジャンプをすればいいのだ。
【身体強化Ⅱ】を発動して、脚力を強化。その状態でジャンプすれば余裕で看板に手が届くので、あっさりと看板を撤去。魔法の便利さを噛み締めながら〈拡張保管庫〉に収納した。
その後もメリアさんと二人、せっせと床を掃いていき、粗方掃き終わった所で、院長さんが他の職員さんと子供達を連れて帰って来た。職員は院長さん含めて四人のようだ。
…………え? 四人? 少なくね? こんなもんなの? これで回せるの? 本当に?
俺の素朴な疑問を余所に、院長さん以外の職員さんは建物の立派さに暫しフリーズしていた。院長さんは見るのは二度目なので大丈夫のようだ。子供達は院長さんから『しばらくここに暮らす事になった』と聞いて大はしゃぎだ。さすがに子供は適応が早いね。
子供達の歓声を聞いて我に返った職員さん達は、俺達に――正確にはメリアさんに――ペコペコ頭を下げながら、感謝の言葉を礫の如くぶつけている。
うん。まあ別に構わないよ。職員さん達から見たら、俺は只の付き添いというか、メリアさんのお仕事にくっ付いてきているだけに見えるだろうし。感謝感激雨あられを受けるのって割と疲れるんだよ。
だからメリアさんもチラチラこっち見なくていいから、素直に俺の分まで感謝されてください。
おれ、おこちゃまだから、むつかしいことわかんなーい。
ひとしきりお礼攻勢が終わった所で、何故か職員さん達は元来た道を戻ろうとし始めた。話を聞いてみると、まだ孤児院に荷物が残っているので、それらを持ってくるとの事だった。
実は俺達も荷車を放置しちゃってて、タイミングを見て回収に向かおうと思ってた所だったので、これ幸いと一緒に戻る事にした。
荷車があるので全員来る必要はない事を伝えると、三人がここに残って掃除の続きを進めてくれることになった。掃除は本当に最低限しか終わってなかったので、正直とても助かる。
……
…………
特に何事もなく孤児院に到着し、一緒に来た職員さんと手分けして仮宿に持っていく物を選定し、荷車に積み込んでいく。
まあ、職員さんが持っていこうとした物の大半は置いていくことになったんだけど。はい。俺がやりました。
向こうが透けて見えるんじゃないかってくらい擦り切れた毛布――薄っぺらくなりすぎて寝具としての役割を果たせそうにないが……まあ、雑巾には使えるかな。保留。
持ち手が折れて長さが半分になったスプーン――単純に使いにくい。廃棄。
飲み口の部分が欠けてるコップ――下手に使ったら唇を切っちゃいそうだ。廃棄。
継ぎ接ぎしすぎて元の布地が分からなくなっている服――布の種類がバラバラな上、強引に縫い付けられているせいで、着心地がすこぶる悪そうだ。廃棄……いや、布なら何かに使えるかな? とりあえず保留。でも服としては使わん。
なんか良く分からない形の木製の何か――いや、こんなもん考慮にすら値しな……え? 院長さんが子供達の為に作ってあげた人形? これが? ふむ、これが足で……これが腕……。で、これが、頭? え? これが腕なのに? 逆じゃない? …………う、うん。まあいいや。俺のセンスが悪いだけだろ。じゃあこれは持って帰ろう。
――――といった感じでガンガン断捨離を実行した結果、俺達の荷物を載せた後の空きスペースだけで賄えてしまった。最初は何往復か必要だと思ってたのに、さすがに予想外だ。こんな普通であれば捨てるような状態の物まで使わなきゃいけないほど困窮してたのか……。
改めて目の当たりにした孤児院の環境のひどさに愕然としながら、荷車を引いて仮宿に戻ると、ちょっと離れてる間に驚くほど綺麗になっていた。
話を聞いてみると、子供達も手伝って総出で掃除したらしい。出来た子達だ。職員さん達の教育が良いんだろうな。ひたすら遊び惚けていた俺の子供時代とは比べるべくもないな。
さて、衣・食・住の内〈住〉の部分が整ったので、次は〈食〉だ。
貧民街の時と同様、荷車に積み込んでいた荷物――寸胴鍋と木箱を下ろし、建物内に運び込む。鍋は重いのでメリアさんに任せて、俺は木箱を運ぼうとしたのだが、木箱を持ち上げた瞬間に職員の人に奪い取られた。子供にこんな大きな荷物を運ばせられない、という事らしい。
【身体強化】があるのでぶっちゃけ大した手間ではないのだが、職員の人達も、見た目幼女な俺に大きな荷物を運ばせて自分たちは何もしない、というのは具合が悪いだろうし、ここは素直に任せる事にした。
調理は終わっているし、鍋は例のごとく〈ゴード鉱〉でコーティングしているので本来は必要ないのだが、なんとなく厨房に運び込んでもらう。意味はない。強いて言えば、食卓に置くと邪魔ってくらい。
職員の人達から見えない位置で、こっそり〈拡張保管庫〉から食器を取り出して、料理を盛り付けていく。これはこの建物に放置されていた物ではなく、昨日の貧民街で使う為に準備していた物の余りだ。人数が想定の半分だったからね。メッチャ余ってるよ!
なお、メニューも貧民街の物と一緒である。別メニューを考えるのめんどくさいし、いいよね。まあさすがに一人当たりの量は抑えて出す予定だ。いくら腹ペコでも、子供の胃袋でラーメンどんぶり一杯のスープは食べきれないだろう。パンも付けるし。
盛り付けた側から大人総出でテーブルに並べていく。子供達は一応大人しく椅子に座って待っているが、目の前に次々に並べられていく料理に釘付けだ。掃除は手伝うのにこっちは手伝おうとしない事にちょっと疑問を覚えて、職員さんに聞いてみたら、『万が一にも料理を零して、食べられる量を減らさないように』だと聞いて、絶句すると共に、絶対に全員が健やかに生活できる環境を構築してやると心に決めた。
全員の元に料理が行き渡ったのを確認し、院長さんに食事開始の音頭を頼む。……めんどくさいからじゃないぞ? まだやる事があるからだからな?
「皆さん、お静かに。…………はい。今日の食事は、あちらにいらっしゃる、メリア様とレン様が用意してくれました。感謝して、いただきましょう」
『はーい! メリアおねーちゃん! ありがとー!』
ナチュラルに俺をハブった子供達の大音声のお礼の言葉に、メリアさんはチラっと俺に視線を向ける。俺が無言で小さく頷くのを見て一瞬苦笑いを浮かべた後、満面の笑顔を子供達に向けた。
「どういたしまして。お代わりもあるから、お腹いっぱい食べてね」
『ワーッ!!』
メリアさんの言葉を皮切りに、子供達が料理を食べ始めたのを確認してから、俺とメリアさんは職員さんに一言断ってから、そっと建物から出る。衣・食・住の内の、残る〈衣〉を解消するためだ。
メリアさんに荷車を引いてもらい、服屋で服を、雑貨屋で薄手の毛布を大量に購入する。本当は厚手の奴が良かったんだけど、予想以上に高かったのと、在庫がそんなになくて数を用意できなかったので妥協した。まあそれでも今まで使っていた奴より全然ましだろう。
服も中古だが、この世界で服は基本中古で買う物なので問題なし。
大量の布製品を荷車に詰め込んで仮宿に戻り、荷車を建物の裏に止め、持てるだけの荷物を抱えてドアを開けて正面に移る。
この建物には裏口もあるから、そこから入る事も出来なくはないんだけど、裏口って狭いんだよね。大荷物を抱えた状態だと通行に難儀するので、少し手間だが正面ドアから入る事にしたのだ。
荷物で両手が埋まっている為、ちょっとお行儀が悪いが背中でドアを押して中に入る。
仮宿の中に入ると、すでに食事は終わっており、全員が満たされた顔をしていた。職員さん達は後片付け中、子供達はぽっこり膨らんだお腹を幸せそうにさすりながら、思い思いの場所でだらけている。
うん。全員が腹一杯食えたみたいだな。足りない、なんて事にならなくて良かった。
……うん? 何人かは腹が満たされて眠気が来ちゃったみたいで、寝ちゃってるみたいだな。完全に落ちてはいないけど、頭がユラユラ、カックンカックンしている子もチラホラ。ありゃあ寝落ちまで時間の問題だな。
すでに寝ている子には、職員さんの物らしき上着が掛けられたりしているけど、あのままだと風邪を引いちゃうかもしれない。さっさと職員さんに荷物を渡しちゃおう。
そんな事を考えていると、一番近くにいた子供が俺達の存在に気づき、パァッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
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