第131話 メリアさんがキレた。睦月がカミングアウトした。
何故か気が付いたらお風呂から食堂に移動しているという状況に陥り、滅茶苦茶オロオロしている子供達を見て、メリアさんは近くにいる睦月――ではなく、少し離れた場所に立っていたリーアに声を掛けた。
「ごめんリーア。この子達に食事を用意してあげてくれないかな? で、食事が終わった後も今日一日は付いていてあげてほしいんだけど」
「あ、え? わ、わたし、ですか? その……ムツキさんがそちらに」
「いや、リーアがいい。というかむしろムツキは近づけないで」
「ええっ!? なんでですか主っ!?」
「当たり前でしょう。あなたにこの子達を任せた結果がアレだよ? もう私のあなたへの信頼は地の底だよ」
メリアさんの冷たい言葉に、この世の終わりのような顔をする睦月。まあこればっかりは擁護出来ないなあ。俺の事を大事に思ってくれてるのは嬉しいけど、だからって小さな子供達を洗脳するのはダメだよね。
というか、この場に狐燐がいなくてホント良かったよ。狐燐がこの場にいたら、血の雨が降るところ………………ハッ!?
いや! フラグじゃない! これは断じてフラグなんかじゃないぞ!? だから来るな! 来るなよ!? いや大丈夫だ、狐燐はいつも起きるのが遅い! 今まで出勤前に出会えた事はほとんどないんだ! だから大丈夫! ……ってこれもお約束的な奴じゃないかああああああっ!? らめえええ! 来ちゃらめなのおおおお!?
一人で勝手にドツボに嵌って身悶える俺を見て、メリアさんはすごい表情で俺を睨みつけてきた。
その強烈な視線に気づいた俺は、ピタッと動きを止め、全力で真面目な顔を作って直立不動の姿勢に移行した。オレ、クウキヨメルコ。
俺が真面目なポーズを取った事を確認したメリアさんは、小さく溜息を吐いてから一つ頷き、ショックの余り震えながら俯いてしまった睦月を放置して、リーアとの会話を再開した。
その様子を見てさらに泣きそうになる睦月。
「という訳だからリーア、よろしくね? あ、今日〈鉄の幼子亭〉で仕事だったりする?」
「い、いえ。今日はお屋敷のお仕事だけなのです」
「そか。なら丁度良かった。リーアにこの子達を任せる事は、私から他の子達に伝えておくね。それじゃあ私達はそろそろお店に行くから、後はよろしくね。みんなも、また夜にね」
「……はい。畏まりましたのです。いってらっしゃいませなのです」
「「「「「い、いってらっしゃい……?」」」」」
なんとも微妙な表情をしながらもしっかり頭を下げるリーアに対し、子供達は頭上にクエスチョンマークが乱舞しているのが一目で分かる表情だ。とりあえずリーアに合わせて挨拶したっぽい。
「はーい。じゃ、いこっかレンちゃん」
「あ、うん」
メリアさんに促され、俺は食堂のドアに向かって歩き出した。睦月の横を通った所で、小さな呟きが聞こえてきた。
「……………………せん」
「ん? なんか言った?」
俺が声を掛けた瞬間、睦月は俯いていた顔をガバッと上げ、涙目で絶叫した。
「ムツキ一人じゃありませんっ! 他の四人も一緒にやりましたっ!」
睦月により衝撃的で嬉しくないカミングアウトが為された。
……
…………
「――――こんな事、もうしちゃダメだからね? 分かった?」
「「「「「はい…………」」」」」
その日の深夜。そう締めくくって説教を終わらせたメリアさんに対し、ルナ、睦月、如月、弥生、卯月の五人は、二回りは小さく見えるくらい身を縮こませ、半泣きで頷いた。俺とメリアさんは椅子に座っているが、ルナ達は床に正座である。絨毯が敷いてあるとはいえ、なかなか痛そうだ。
ちなみに現在、結構夜も更けた時間帯ではあるが、さすがに朝から今までずっと説教していた訳ではない。
メリアさんは睦月のカミングアウトの後、すぐさま全員を呼び出して説教を始めようとしたのだが俺が止めた。
今回の呼び出し対象となる五人は、俺達が〈鉄の幼子亭〉に出勤しない時のリーダー格であり、俺達二人を含む七人が〈鉄の幼子亭〉を欠勤するとお店が回らなくなってしまう、という事を足をガクガクさせながら必死に主張し、説教は営業終了後に、という事にしたのだ。
ちなみに余談ではあるが、今日の〈鉄の幼子亭〉の売上はかなり悪かった。給仕をしているメリアさんが笑顔ながら不機嫌オーラを発散しており、入店しようとした客の半分程は、ドアを開けて一歩入った所でメリアさんの不機嫌オーラを一身に浴びて踵を返し、それでも入店してきた気合の入った残りの半分も、一品だけ注文して、食う物を食ったら即出て行ってしまったのだ。普段は一人当たり平均で三品くらい注文があるのに。
ぶっちゃけ一緒に働いていた俺も辛かった。肉体年齢六歳にして胃に穴が開くかと思ったよ……。
そんな感じで、精神をヤスリ掛けするような〈鉄の幼子亭〉での仕事が終わり、屋敷に帰ってきた瞬間にメリアさんは五人を呼び出し。集まった所で即説教が始まって今に至る。
ルナ達も反省しているようだし、そろそろ解散かな、という所で、ルナがおずおずと手を上げた。
「あの……。一つよろしいでしょうか……? 我々が、子供達にあのような事をした理由についてなのですが――――」
そこでルナによって語られたのは言葉の通り、ルナ達が子供達にあのような事をした理由について。
一瞬、『それはもう聞いた』と思ったのだが、よくよく聞いてみると、最初睦月が言っていた、『子供達が俺の事を怖がっているのが面白くなかった』というのは、確かに理由の一つではあるのだが、他にも理由があったらしい。というかどちらかと言うとこちらの方がメインだと言う。
それは端的に言うと、秘密漏洩防止の為だったらしい。
曰く、今まで家族の一員となった者達はそれぞれ、それなりの理由があって身を寄せている為、漏れると面倒な事になる類の秘密を漏らす可能性は低い。
ホムンクルス達は、存在意義的に主であるメリアさんを裏切る事はない。
リーアは俺が人攫いから助けた後、居場所のなかった彼女に住む場所と仕事を与え、さらに本人の長年の悩みを解決した事により、俺に対してかなりの恩義を感じており、ホムンクルス達と遜色ないくらいの忠誠を誓っている。
マリとオネットは俺を所有者として登録しており、所有者を裏切る事は機能的に出来ない。
マリアさんとオーキさんはメリアさんの実の家族。
狐燐はメリアさんと〈魂の契約〉を結んでいる。
そんな中子供達だけが、食事を食べさせ寝床を与えただけ。俗に言う『一宿一飯の恩義』しかない。
それ故、他のメンバーと比べて、裏切るとまではいかないが、ちょっとした事で口が軽くなる可能性を憂慮し、手っ取り早くそれを解決する手段として洗脳を用いた、という事らしい。
…………いや、言いたい事は分からないでもないけど……。なんでそこで洗脳なんていう手段に出ちゃうの。
メリアさんも俺と同じ気持ちだったらしく、大きな溜息を一つ吐いた。
「あなた達が私達、というかレンちゃんの生活を守るのに必死だって言うのは分かったけどさあ……もうちょっとやり方って物があるでしょ」
「はい……。仰る通りです……。浅慮でした…………」
しょんぼりと項垂れながら改めて非を認めたルナに、メリアさんはウンウンと頷いた。
「分かればよろしい。まあ、ルナの言う事も尤もだから、明日にでも私から改めて言っておくよ。さ、もう遅いしそろそろ寝よう?」
「はい。おやすみなさいませ。レン様。主」
「「「「おやすみなさいませ」」」」
「はーい。おやすみー」
ルナ達が食堂から出ていき、ドアが閉められた所でメリアさんは大きく息を吐いた。
「ふぅーーー……。やらなきゃいけない事とはいえ、怒るのってこっちも嫌な気持ちにもなるし、疲れるねえ」
「お疲れ様。ルナ達には悪い事しちゃったな。情報漏洩に関しては、子供達を迎え入れるって決めた時点で気づくべきだったよ。その段階で何らかの対策をしていれば、ルナ達も今回みたいな事はしなかっただろうし」
今まで成り行きで家族を増やしていっていたが、ルナに言われるまで偶然にも秘密が厳守される環境が整っていた事に気づかなかった。
万一あのまま気づかずにいたら、ちょっとした事であちこちから情報が洩れ、最終的に、秘密『という事になっている』とかいう頭の悪い状況になったであろう事は想像に難くない。
そういう意味ではルナ達には感謝すべきなんだろうな。やらかした内容的にとても出来ないけど。
「そうだねえ……。私もそこらへんがスッポリ抜けちゃってたよ。そこに気づいて行動を起こしてくれた事自体は有難いんだけど、その方法が……ねえ?」
メリアさんも同じことを考えていたようだ。まあ誰でもそう思うよな。
「ま、とりあえず、子供達は無事元に戻ったし、ルナ達も反省してくれた。明日にでも子供達に話をしておけばこの話は終わりかな?」
「かな? 少なくても今やらなきゃいけない事はないね。俺達も寝よう。さすがに眠くなってきた」
「そだね。じゃ、寝室行こっか」
「ういー」
……
…………
翌日。メリアさんから子供達に秘密厳守のお願いをし、無事了承を得る事が出来た。まあ、ここで拒否する奴なんてそうそういないとは思うが。
…………それはいいんだけど、一昨日と比べて、なんか子供達が俺を見る目が変わっている気がするんだよなあ。キラキラしていると言うか……。
昨日みたいな虚ろさはないから洗脳はちゃんと解けてると思うんだけど、なんでなんだろう……?




