第124話 〈拡張保管庫〉についての諸々が決まった。ジャンの悪癖が出た。
カッツェさんの元に向かう前にメリアさんにフニャフニャにされる、というハプニングがあったが、なんとか持ち直し、キリッとした表情を作ってから厨房から出て、カッツェさんの元に歩いて行った。
「お待たせしました。〈拡張保管庫〉に販売全般を担当しております…………」
…………あれ!? 名前なんだっけ!? やっべえド忘れした!
初っ端から完全に予想外の所で大ピンチに陥り、冷や汗がダラダラ流れ始めた所で、メリアさんから救いの手が差し伸べられた。
(ローザだよレンちゃん)
「! …………ローザ、と申します」
教えてくれてありがとうメリアさん! でもそのジト目はやめて! 気持ちは分かるけどバレちゃうから!
「これはご丁寧に。私はカッツェと言う。他の者は私のパーティメンバーで、シャー、ガート、ルロス、ゴルベだ」
カッツェさんの紹介を受け、名前を呼ばれたパーティメンバーの人達が慌てて立ち上がり、軽く頭を下げてまた座っていく。
全員が席に着きなおした所で俺も席に着き、向かい側に座っているメンバーを軽く観察していく。
シャーさんはヒョロッとした、茶髪の髪を撫でつけた髪型。
ガートさんはガッチリした体格で背が低く、錆びた鉄のような色合いの髪を短く刈り上げている。
ルコスさんは坊主頭で、縦にも横にもでかい。
ゴルベさんは中肉中背で白髪混じりの濃い金髪のボサボサ頭。この人は知っている。カッツェさんが〈冒険者病〉に罹った時に〈鉄の幼子亭〉で愚痴ってた人だ。
――――とまあ、こんな感じの人達なのだが、方向性こそ違えど揃いも揃って美形である。この世界では、美形じゃない人を探す方が難しいのかもしれない。
結果論ではあるが、やっぱり俺、この体になって良かったのかもしれない。元の姿のまま来てたら、浮くなんてもんじゃなかったね。元の世界ではイケメンでこそないが、そこまで不細工でもない、いわゆるフツメンだった訳だが、この世界に来たら稀代のブ男だ。恐ろしすぎる。
「シャーさん、ガートさん、ルロスさん、ゴルベさんですね。私はメリアと言います。販売には直接関わりませんが、立ち会いとして参加させていただきます。よろしくお願いしますね」
ある程度顔を名前を一致させた所で、左隣に座っているメリアさんが軽く自己紹介した。
これについては俺からお願いしていた事なので何も問題はない。
問題は――――
「妾はコリンじゃ。妾が居るからにはおかしな取引なぞさせんからの。覚悟しておくんじゃぞ?」
何故かこの場で一番偉そうにふんぞり返った挙句、見当違いな事を宣うこの狐である。
いやなんでそんなに偉そうなの? 全くもって意味不明なんだが?
「あ、これは気にしなくていいですよ。置物だと思っておいてください」
「これ扱い!? というか置物!? 妾を置物扱いじゃと!?」
「何か聞こえてくるかもしれませんが、外で野良猫でも鳴いてるとでも思って無視してください」
「そこはせめて狐にして欲しいのじゃ!? というか先ほどから妾の扱いが酷くないかえ!?」
「…………まあ、こんな感じで大分緩ーい場ですので、肩肘張らずに気楽にお話しできればと考えています」
苦笑いを浮かべながら俺がそう言うと、カッツェさん達の肩の力が抜けた。俺は全身から力が抜けそうだけど。
いや、本当は、もっとお堅い感じで行くはずだったのよ? 気合入れてスーツなんて着てきた訳だし。前の世界での他社との会議みたいにさ。
でもね。メリアさんと狐燐の漫才の後に、そんな空気に出来る訳ないよね。もうユルユルのダルンダルンだよね。それならいっその事、あえてそういう空気に持って行った事にした方が良いと考えたのだ。
カッツェさんとか口調変わっちゃってたからね。やたらお堅い口調で『私』とか言ってたし。前に来た時はもうちょっと軽い口調で、一人称も『俺』だったのに。まあ『ローザ』はそれを知らないはずので、口に出す事はないけどさ。
「ありがたい。いや、こんな高い物を買うなんて早々ないからね。ジャンさんから同じような事を聞かされてはいたんだが、ついつい緊張してしまったよ」
「まあ、それはしょうがないと思いますよ。普通の人は絶対に手が出ないような金額ですからね。さて、このまま雑談を続けるのも楽しいのですが、お待ちかねでしょうし、〈拡張保管庫〉の話に移りましょうか」
「念のため確認しておきたいんだけど、ジャンさんからは見た目も容量も自由に決める事が出来ると聞いたけど、本当にそんな事が可能なのかい? 普通〈拡張保管庫〉を購入する場合は、見た目は二の次で、とにかく自身の所持金で購入できる最大容量の物を、となるんだが……」
カッツェさんからの質問は、初めてジャンに話を持って行った時と同じ物だった。それほど『〈拡張保管庫〉の見た目は選べない』というのは有名な話みたいだ。
まあ、だからこそ俺の売る〈拡張保管庫〉が輝くんだけどね。
「もちろんです。すでに伺っているとは思いますが、ジャンさんがお持ちの〈拡張保管庫〉は、ジャンさんのパーティで話し合った結果決まった形と容量になっていますよ」
「おう。すげー便利だぜ。全員の好みを擦り合わせた結果の自信作だ」
腰に取り付けられている〈拡張保管庫〉をポンポン叩きながら自慢げな顔を浮かべるジャンだが……それ、作ったの俺だからね? あんた達がデザインしただけだよ? 口頭オンリーのフワッフワした所から情報を読み取って形にしたの、俺だからね?
カッツェさん達も、そのキラキラした目は、ジャンにではなく俺に向けるべき物だよ?
新たな客であるカッツェさんを連れてきてくれた事は有難いんだが、買った側であるジャンにそういうのを独占されるのはちょっと気に食わない。
なので、俺からも情報を出してその視線を奪い取ってやる!
「ちなみに、私が提供する〈拡張保管庫〉には標準で、中に入れた物の時間をほぼ停止する機能と、使用者を設定して、それ以外の人は〈拡張保管庫〉の中に干渉できないようにする機能が搭載されています」
「なんだって!?」
俺の提供した情報はかなりの衝撃だったようで、ジャンの方を向いていたカッツェさん達が首をグリンッ! と回して俺の方に顔を向けた。
イエス! カッツェさん達の視線いただき!
「じ、時間停止機能付きなら、少数ながら存在する事は知っているけど……設定された者以外は中身に干渉できなくなる機能? そんな物、聞いた事がない……」
ジャンに向かっていた視線を奪い取った事でちょっとだけ優越感に浸っていた俺は、カッツェさんの呆然とした声で我に返った。
「そのようですね。この機能があれば、万が一〈拡張保管庫〉が盗まれたとしても、中に入れている貴重品類をどうこうされる心配はありません。というか、使用者設定されていない人から見ると空っぽの物入れにしか見えないので、盗む人自体が少ないかもしれませんが」
まあそれでも盗もうとする奴はいるだろうし、返って来なければ中身が無事だろうが無事じゃなかろうがどっちみち一緒なんだけどね。
こちらとしては良い金額で売りたいんだ。デメリットを詳らかに公開して無駄に価値を下げる必要はない。
「おおおぉぉぉ……それはすごい! さ、早速なんだが、これを見てもらえるかな?」
俺の甘言に見事につられたカッツェさんは、興奮した様子で一枚の木の板を渡してきた。
紙代わりであろうそれを両手で受け取って確認すると、そこには予想通り、〈拡張保管庫〉にデザインが描かれていた。ジャン達に渡した物より若干縦に長く、上下二箇所にベルトを取り付けて手足に固定するようだ。
「ジャンさんから話を聞いた後、メンバーで話し合って決めたんだ。それで、どうだろうか?」
まだデザインを見始めて十秒くらいしか経っていないはずだが、カッツェさんがソワソワしながらそう聞いてきた。
気持ちは分かるし、見た感じ奇抜なデザインという訳でもないし、問題なく作成できるだろう事は分かったので、板から顔を上げ、ニッコリと笑顔を向けた。
「大丈夫です。これなら問題なく作成できますよ」
「おお! 本当かい!? 是非頼むよ!」
その後、俺とカッツェさんはサクサクと金額、支払い方法、作成した〈拡張保管庫〉の受け渡し等について話を進め、最後にはガッチリと握手を交わし、無事話し合いを終えた。
――――のだが。
「そこの美しい方。少しよろしいですか?」
「うん? 妾の事かえ?」
話し合いの終了を見計らい、待ってましたとばかりにジャンが狐燐に話しかけた。
最初のメリアさんとの漫才以降、沈黙を貫いていた狐燐は、ジャンに話しかけられた事で、その視線をカッツェさん達からジャンに移した。
………………そういや、ジャンってこんな奴だったなあ……。そっかー、狐燐とは初見かー……。
久しぶりに見たジャンの悪癖に俺達はおろか、カッツェさん達からまでドンヨリした視線を向けられる中、それがどうしたと言わんばかりに狐燐にナンパを仕掛けていく。
「あなたのような美しい方を、私は初めて見ました。この一時だけでお別れなんて考えられない。これから…………は、さすがに遅いので止めておきましょう。明日にでも、またお会いできませんか?」
夜も更けた時間帯なのでしょうがないとは言え、初見の相手にいきなりのデートのお誘いである。すげえなジャン。
すごいとは思うが、まあそんなホップもステップもなしのジャンプなんて、常識的に考えて上手くいくはずないよね。と半笑いで狐燐の方に視線を移した俺は、衝撃の光景を見る事になった。
「くふ。くふふふふふふ…………。そうかそうか。妾とまた会いたいと…………くふふふ」
すっげえ嬉しそう!? まさかの好感触!? 嘘!?
「うむ、良いぞ。また明日会おうではないか。ジャン、とか言ったか? 明日の朝、ここで良いかの?」
そしてオーケーしちゃうの!? やべえ! テンポが速すぎてついていけない! これが異世界の恋愛なのか! ベリーファスト!
「っ! もちろんです! ではまた明日来ます!」
そんな狐燐の色よい返事にジャンは飛び上がらんばかりに喜び、カッツェさん達を放置して、足取り軽く〈鉄の幼子亭〉を出て行くのを、俺達はただ呆然と見送る事しか出来なかった。
………………まじか。完全に予想外なんだけど。




