第108話 久々に冒険者として依頼を受ける事になった。
「ああ、そうでした。今のやり取りで思い出しましたが、メリアさんとレンさんに指名依頼があるんですよ」
オーキさんへの依頼について釘を刺し、神妙な顔で頷いたクリスさんだが、ポン、と手を叩きながらそんな事を言い出した。
「指名依頼……? レベル零と一相手に?」
指名依頼って確か、受けられるようになったら一流の証、みたいな一種のバロメーターな奴だよね?
そんな物を受けられる程、冒険者としての活動してないんだけど……?
「はい……。本来であれば、お二人は指名依頼を受けられる程のレベルまで達してはいません。ですが今回は特別、と言いますか、実際の所今回の依頼は、正確には指名依頼ではなく、限りなく指名依頼に近い通常依頼と言いますか…………」
いつも整然とした言葉を話すクリスさんにしては珍しく、なんとも歯切れの悪い言い方だな。
指名依頼ではなく、限りなく指名依頼に近い通常依頼? どういうこっちゃ?
「とりあえず、こちらを見ていただけますか? それでご理解いただけると思いますので…………」
そんな言葉と共に差し出されたのは一枚の依頼書。目を通してみると、クリスさんの言いたい事が分かった。なるほど。
「何々? 依頼内容。新しい料理の製作、及び給仕。報酬。応相談。条件。年若い女性で、店を開ける程に料理が得意な者。かつ、こちらが求める最低限度の礼儀を弁えた者…………何これ。こんな依頼、受理されるの?」
頭上から、メリアさんの呆れた声が聞こえる。俺の頭越しに依頼書を見たらしい。声の調子から、今メリアさんの顔を見れば、盛大に眉を顰めているだろう事が分かる。
「本来であれば受理されません。ですが、今回は受理せざるを得ない理由がありまして……」
「あー、なるほど。そういう事……。ほらおねーちゃん、ここ見て」
「ん? 依頼者、ジルベルト・オー・イース…………おおう」
そう、この依頼、侯爵様からの依頼なのだ。
確かに相手が相手だし、無下に断る事は出来なかったんだろうな。
貴族で、しかも領主様だからね。
「最初は、本当に指名依頼だったんです。ですがさすがに見習い冒険者相手に指名依頼を出すのは前代未聞でして…………」
「で、苦し紛れにこんな形の依頼になった、と」
俺の言葉に、クリスさんは困った顔で頷いた。
まあ確かに、この依頼だったら指名依頼ではない。受ける為の条件が滅茶苦茶厳しいだけだ。それ以前に、こんなもん冒険者に依頼しようとすんなって話である。常識的に考えれば、この条件に合うような人物がいたら、冒険者ではなく素直に料理人になっているだろう。
だからこそ、指名依頼の体を為していないにも関わらず、半ば指名依頼と同様、という良く分からない事態になっているのだけれど。
「はあ…………。ここまでされたら、受けない訳にはいかないよなあ」
「そうだねえ……。なんてったって侯爵様だし」
ここまでされて断ったら、この街で生活していくのがかなりしんどくなるだろう。……いや、侯爵様はそんな事で俺達を追い出すような器の小さな人じゃないと思うけど、俺の心情的に。なんてったってあの人、常連だからね。事あるごとに顔を合わせるのだ。罪悪感に俺の精神が耐えられないと思う。
「……受けていただけるのですか?」
「うん。ここまでされて断れる程図太くないんで」
「ありがとうございます! …………コホン。それでは、詳細は侯爵様のお屋敷で聞く事になっていますので、よろしくお願いします。…………出来れば、この後すぐにでも向かっていただけると……。この依頼を受けたのは五日前なのですが、少し焦ってらっしゃったようですので」
依頼を受諾する事を告げた途端、クリスさんは大きな声を上げながら受付から身を乗り出し、俺の手を包み込むように握った。
俺がクリスさんの突然の行動に驚いていると、俺の表情を見て自分の行動に気づいたようで、スッと席に座り直し、気を取り直すように咳を一回。何事もなかったかのように話を再開した。
まあ、耳が真っ赤だけどね。いつもクールなクリスさんのかわいらしい姿を見れて、俺は満足です。ギャップ萌えって奴だ。
その後、無事オーキさんの組合証が再発行され、オーキさんの身分証が手に入った。
一般的な冒険者であればこの後、掲示板の前に陣取ってめぼしい依頼を探して受けるか、酒盛りに繰り出すんだろうが、そこは冒険者としての自覚があまりない俺達。掲示板に目を向ける事もなく、組合から出た。
「二人はこれからどうする? 聞いての通り、俺とおねーちゃんは侯爵様の屋敷に行かなくちゃいけなくなっちゃったんだけど……」
本来であれば、オーキさんの組合証を再発行してもらった後、イースを案内しようと思っていたのだが、予定が狂ってしまった。
依頼の内容を聞くのに、部外者である二人と連れていく訳にはいかないので、ここで一度別れることになる。侯爵様の所に行くのは明日に回して、今日は予定通りイースを案内するって手もない訳ではないが、焦っている、なんて聞かされてはそれも気分的に難しい。
「構わんよ。儂はマリアと二人で街を見て周るとするさ。お前達は早めに侯爵様の所に行け。貴族を待たせると碌な事にならんぞ」
「そうそう。全く身に覚えのない罪で捕まったり、無礼だー! っていきなり切り掛かられたりしちゃうよ?」
え? まじで? 貴族ってそんな怖いもんなの? ………………侯爵様はそんな人じゃないと思うが、特権階級の人を待たせるのは良くないね。時間にルーズなのも良くないし。さっさと行こう。うん。
…………びびったんじゃないぞ?
……
…………
「これは……まずいねえ」
「だね…………これはよろしくないなあ」
オーキさん達と別れた俺達は、気持ち速足で歩いた事もあり、大した時間もかからず侯爵様のお屋敷の前までやってきていた。
さすが貴族だけあって、侯爵様のお屋敷はとても大きかった。しかもただ大きいだけではなく、なんというか、品のような物が感じられる、綺麗な屋敷だ。
だが俺達は、そんな美しい屋敷を前にして、感嘆の溜息を吐くでも、その威容に目を瞬かせるでもなく、二人揃って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「まさか、ウチの屋敷の方が大きいとは…………」
そういう事だ。
侯爵様のお屋敷は、俺達が住んでいる屋敷より二回りほど小さかった。それに気づいた瞬間は愕然とした。間違いであってほしくて、他に大きな建物がないか周りを見渡したりしてみた。結果は変わらなかったが。というか目の前の建物が一番大きかった。
「……領主様が住んでるお屋敷よりおっきな家に住んでるのって、どう考えても不味いよね?」
「普通に考えれば、不味いじゃ済まないよね。それこそ無礼だ! って切り捨てられてもおかしくない気がする……」
メリアさんの不安げな声に、俺はそう答えるしかなかった。
いや、まじで予想外なんですけど……。ウチの屋敷、そこまでの規模だったのか……いや確かに、デカイとは思ってたけどね?
「ええぇ…………。どうしようレンちゃん。お屋敷壊して建て直す?」
「いや無理でしょ。さすがにそんなお金ないよ」
一から家を建てるとか、いくらかかるのか予想もつかない。壊すのにもお金かかるだろうし。
「だよねえ…………。イースの中に家を借りるにしても、私達大人数だからねえ」
総勢二十人だからね。ちょっと大き目、程度の家だと入りきらない可能性が非常に高い。
うーん、どうしたもんか………………あ。
「そうだ。あの屋敷、認識阻害と人避けの結界が張られてるじゃん。なら大丈夫じゃない? うん、だいじょーぶだいじょーぶ」
いくら屋敷が大きかろうが、結局の所バレなきゃいいのだ。
知られてなければ怒られる事もない。完璧だね!、
「えええええぇぇ…………それでいいのかなあ……?」
「駄目だったとしても、現状、俺達に道はそれしかないよ。もしバレたら、全員で一生懸命謝ればなんとかなる……んじゃないかな」
「それ、曖昧じゃ駄目な奴だよレンちゃん…………」
そう言われましても、いざバレた時の侯爵様がどんな対応を取るか、なんて分からないし。
……まあ最悪、デミグラスソースを大量に作って渡せば、あの侯爵様なら見逃してくれるような気もするけどね。
「さて、問題も無事解決した事だし、行こうか。そろそろヤバイ」
「いや何も解決して…………ヤバイ?」
メリアさんの疑問に対して、俺は言葉の代わりに視線で答える。
俺の視線の先にあるのは侯爵様のお屋敷。正確にはその門だ。
問題一。街の最大権力者の門の前には誰がいるでしょう?
答え。屈強な門番。
問題二。そんな場所の目の前でコソコソと内緒話をする二人組がいた場合、彼らはどんな行動を取るでしょう?
答え。
不審人物として拘束、尋問する。
「あ……あは、あはははは…………」
笑顔を浮かべているが、目が全く笑っていない門番さんがこちらに近づいてくるのを見て、メリアさんは頬をひくつかせながら乾いた笑い声をあげた。
……
…………
「なんで私ばっかり質問されたの? 理不尽だよ……」
「まあしょうがないよ。俺、こんなんだし。まともな受け答えが出来るなんて思わないでしょ」
不満顔のメリアさんに、肩を竦めてそう答える。
門番さんに不審人物扱いされた俺達は、冒険者証を見せながらの(メリアさんの)必死の説明により、なんとか門番さんの誤解を解く事が出来た。
メリアさんがぶーたれているのは、なんて事はない。門番さんの詰問がメリアさんだけに集中したからだ。俺は妙な動きをしないか注意こそ向けられていたが、声を掛けられる事はなかった。
まあ俺、幼女だからね。しょうがないね。
その後、なんとかお屋敷の中に入る事を許可された俺達は、メイドさんの先導で応接室に案内され、ここで待つように言われて今に至る、という訳だ。
その応接室の中央には、足の短いテーブルが置かれ、テーブルを挟む形でソファが二つ置かれていた。
とりあえず、入口から近い方、入口に背を向ける形で置かれているソファに二人揃って腰掛ける。
俺達が座ったのを見計らったようなタイミングでドアが開き、メイドさんが追加で部屋に入ってきて、テーブルの中央には皿に盛られたビスケットのようなお菓子を、俺達の前にはお茶の入ったカップが置かれた。
喋り続けて喉が渇いていたらしいメリアさんがカップに口を付けるのを横目に、俺は皿に盛られたビスケット風のお菓子を摘まむ。
おお、結構美味い。サックリとした歯ごたえに、適度な甘み。これはお茶と合う味だ。
卑しく見られない程度にビスケットとお茶に舌鼓を打ちつつ、ぶーぶー言っているメリアさんの相手をしていると、再び入口のドアが開く音が聞こえた。
俺達がソファから立ち上がりつつ背後を振り返ると、そこに立っていたのはこの館の主であり、今回の依頼主である侯爵様だった。
さて、わざわざ指名依頼を出そうとしてまで俺達に頼みたい仕事とは、一体全体、どんな物なんだろうな?




