第106話 オーキさん達に色々説明した。
「んぅ…………」
深く暗い場所にあった意識が浮上し、ゆっくりと目を開く。
最初に目に入ったのは見知った天井。寝室の天井だ。知らない天井じゃない。
ぼんやりした頭で、のっそりと上半身をベッドから起こす………………ベッド?
あれ? 俺、いつ寝たっけ? 確か、メリアさんの生まれ故郷の村から、【いつでも傍に】を使ってイースの屋敷に帰ってきて、ルナを褒めてからオーキさんを紹介して…………?
「あらぁ。やっと起きはったわぁ。ほんま、御寝坊さんなんやねぇ」
「ん…………?」
村を出た後の行動を思い返していると、ベッドの横から、なんというか、はんなりとした声が聞こえてきた。
未だはっきりとしない頭のまま、声が聞こえた方向へ首を巡らせると、そこにはメイド服を着た一人の女性が椅子に座って、華やかな微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
艶やかな漆黒の髪は肩口で切り揃えられ、嬉しそうに細められた瞳は濃い紫。
作り物のように整ったパーツが完璧なバランスで配置された、すごい美人さんだ。
…………なんだが。
「えーっと…………どちら様でしょうか?」
そんな人物に心当たりが全くない。メイド服を着てるって事はメイドの一人? いやいやこんな見た目のメイドはいなかった。それは断言できる。
屋敷の存在は、俺達以外は知らないはずだから、外部の人が来るはずはないんだが……。
「レンはん。ウヅキの事、忘れてもうたの? 悲しいわぁ。ウヅキ、泣いてまうわぁ」
俺の問いかけに、女性は顔を両手で覆い、よよよ、と泣き真似を始めた。
いやいやいや。俺の知り合いの中に、そんな事をする奴は………………ん? ウヅキ?
「…………ぁああーーっ!」
思い出した!
そうだ! オーキさんとマリアさんがガッチガチになっちゃったから、客間でくつろいでもらって、その間に在庫が枯渇した料理をメリアさんと作ろうと厨房に向かおうとした所で、ルナに話しかけられたんだ。
『レン様。主。厨房に向かう前に、一つご報告したい事がございます』
『ん? 何? 時間がもったいないから、歩きながらでいい?』
『はい。問題ありません。報告の内容ですが、ウヅキが稼働限界に達しました』
『『…………うおおおおおおい!?』』
『ちょ、ま、それ、いつ!?』
『三日前です』
『呼べよ! 報告しろよ! そういうのはちゃんと報告しろって言ったでしょー!?』
『それは記憶しておりますが……主の大事な方の元に伺っている状況で、このような内容を報告するのはどうかと……』
『このような、じゃないよ! 重要! それ、超重要だからね! レンちゃん、料理は私がやっつけるから、ウヅキの方、お願い! そっちはレンちゃんしか出来ない!』
『了解!』
まあ、こんな感じ。
で、例のごとく卯月を処置した所でぶっ倒れて、誰かにベッドに運んでもらって今に至る、って所か。
改めてちゃんと見てみると、メイド服の胸元に、『ウヅキ』と書かれた名札が付いていた。気づけよ俺。
「あー、理解した。ちなみに、何日寝てた?」
「三日どすなぁ。……ウヅキの為にそんなになるような事してくれはって、ほんま、おおきに」
そう言って、卯月は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
それに対して、俺は手をヒラヒラさせて、軽く返した。そんな大げさに感謝されるような事じゃない。俺がやりたいからやっただけだ。
「別に、そんなもん気にしなくていいよ。家族の為だもん」
「…………レンはん、ほんま、カッコエエわぁ。ほんなら、レンはんに拾ってもろたこの命、レンはんの為に使わせてもらいますさかい。あんじょうよろしゅう頼みます」
「ああ、うん、そう…………」
重量級な事をサラッと言いながら優雅な微笑みを浮かべる卯月に、俺は曖昧な返事を返す事しかできなかった。
というか何? 今度は京都娘風なの? 俺、京都に行った事すらないんだけど?
それなのに、俺の魂を与えたらこうなるって……実は俺の内面とか関係ないのかもしれない。ガチャ的な物で決まってるんじゃなかろうか。人格ガチャ。パワーワードだな。
「………………お風呂行こうっと」
考えても埒が明かないので、思考を放棄する事にしました。
法則が分かったとしても『だからどうした』って話だしね。よっぽどヤバイのを引かない限りは流れるがままに任せよう。うん。そうしよう。
「あらぁ。お風呂に行きはるん? ほんなら、ウヅキがお背中流しまひょか。うふふふ。レンはんと裸のお付き合い……ええわぁ」
…………早々にヤバイのを引いたのかもしれない。
……
…………
「…………なんでレンちゃん、そんなに疲れた顔してるの? しかもなんか顔赤いよ? 大丈夫?」
「うん、大丈夫…………」
お風呂から上がった後、食堂に向かうと、そこにはすでにメリアさん達一家がおり、各々椅子に座って寛いでいた。三日の間にマリアさんとオーキさんの緊張も解けたようだ。良かった。
ちょっとフラフラしながら卯月が引いてくれた椅子に座ると、隣の席に座っていたメリアさんが心配そうに声を掛けてきたので、曖昧な笑顔で問題ないと伝えた。
……軽く汗を流すだけの気でお風呂に行ったら、卯月に隅から隅まで洗われてヘロヘロです。なんて言えない。
もうね、むにゅんむにゅんのぷるんぷるんであわあわだったよ。なんというか、すごかった。
あんな所まで洗われるなんて、恥ずかしくて死にそうだった……逃げようとしても、何故か逃げられなかったし。なんかね、卯月に体を触られるとね、力が抜けるの。意味わかんない。何あれ、【能力】?
俺にそんな辱めをを与えた卯月は、ルナと一緒に少し離れた場所で待機している。
……心なしか、肌がツヤツヤしてる気がするんだが、気のせいかな。
「レンちゃん! ああ、良かった! 起きたんだね! 話は聞いたけど、ほんとに全然起きないから心配したよ!」
「まさか三日も寝たままとはな。…………何か病気なのか?」
「いや、病気とかじゃないんだけど、たまにあるんだよね。まあ数日で目は覚めるし、体の調子が悪いって訳じゃないから、心配しないで」
「「「いやそれは無理」」」
軽く聞こえるよう意識して、ヘラヘラ笑いながらそう答えたら、三人から同時に否定の言葉をいただいた。え? メリアさんも? もう四回目だよ? そろそろ慣れてもいいんじゃない?
「そりゃ慣れたよ? だからって心配しない訳ないじゃない。ルナ達が付きっきりで見てくれてるから、あたふたしないで済んでるだけだよ」
「そっか……。ごめんね。ありがとう」
「いいよ。ちゃんと起きてくれるならね」
もちろん。死ぬ気なんてさらさらないさ。
…………でも、今はちょっと死にそうかも。腹減った……。
……
…………
メイド達が用意してくれた食事を食べて人心地ついた所で、マリアさんがおもむろに口を開いた。
「あのさ。レンちゃん、屋敷に着いたら色々教えてくれるって言ってたよね?」
「ああ。そういえば言ったね。そうだね。いい機会だし、教えちゃおうかな。とは言っても、【能力】を複数持ってるってだけなんだけど。俺が持ってるのは……えーっと、【熱量操作】、【金属操作】、【魔法適正(無)】、【変身】、【いつでも傍に】、【念話】だね。順番に説明すると――――」
そんな感じで、俺の持つ【能力】について一つ一つ、実演込みで説明していった。
いやー、二人の反応のおもしろい事。あんまり良いリアクションをしてくれるから、説明にも力が入っちゃったね。
【変身】を実演した時は二人とも目玉が飛び出るんじゃないかってくらい目を見開いていたし、【魔力固定】で〈拡張保管庫〉を作れるって言った時は、顎が外れたみたいに口をあんぐり開けてたからね。
本当は【女神レストナードの加護】もあるんだけど……神様の名前を冠する【能力】なんて持ってるなんて知られたら、どんな扱いをされるか分かったもんじゃないからなあ。
…………あと、【女神レストナードの加護】の効果的に、教えるのが怖い、というのもある。
魂に干渉する【能力】なんてものを持ってるなんて教えて、もし化け物を見るような目で見られたら? そう考えるだけで教える気が失せる。
まあ、メイド達への処置以外に使う事はないだろうし、隠し通すのはそう難しい事じゃないから、このまま秘密にしておこう――――
「あれ? レンちゃん、【女神レストナードの加護】は? あれも【能力】だよね?」
――――と思ってたんだけどなああああ!? なんで!? なんで言っちゃうのメリアさん!
「生命と輪廻を司る女神の名を冠する【能力】? そ、そんな物まで……」
「神様の名前が付いた【能力】……一体どんな効果があるのかな?」
ああああああ。めっちゃ興味持たれた! これじゃあ煙に巻いて回避もできない!
というか適当な事言ったら、メリアさんが軌道修正しちゃう未来が見える!
くそう……正直に言うしかないか。
「はあ…………。【女神レストナードの加護】は、魂に干渉できる【能力】なんだ。具体的に言うと、発動中は魂に直接触れる事が出来て、しかも多少いじる事が出来る」
「魂に……」
「触れる事が……」
ああ、やっぱり。二人とも怖がってる。そりゃそうだよな。【女神レストナードの加護】は、今まで教えた【能力】と毛色が全く違う。言ってみれば、命そのものに直接アクセスできるようなものだ。そんな【能力】を持った奴が身近にいたら怖いよな。
分かってはいた。分かってはいたけど…………やっぱしんどいなあ。
「…………ねえ、二人とも。なんでそんな顔してるの?」
二人の態度に寂しさを覚えつつ、これ以上怖がらせないように、俯く事で目線を外していると、メリアさんの静かな、しかし確かな怒気を孕んだ声が耳に届いた。
「レンちゃんは優しい子なんだよ。沢山持ってる【能力】も、大体は人の助けになるようにしか使ってない。だから私はここに居られるし、あの子達もここに立っていられるんだよ」
そこでメリアさんは席を立ち、俺の後ろに立ったのが気配で分かった。
あの子達。俯いているのでメリアさんが誰を指しているかは見えないが、話の流れ的に、メイド達の事である事は想像に難くない。
「あの子達は、数年しか生きられない体だった。それを治す為に、レンちゃんは何をしたと思う?」
頭に何か乗せられる感触。この感触と、ちょっと高い体温は、メリアさんの手だ。
頭に乗せられた手は、ゆっくりと左右に動き、俺の頭を撫でる。
その動きはとても優しく気づかわし気で、少し気持ちが楽になった俺は、ゆっくりと顔を上げた。
視界に入った二人は、真剣な表情で俺の頭の上の方、メリアさんを見つめている。
「自分の魂を【能力】で削って、この子達に与えたんだよ。二人が怖がった、【女神レストナードの加護】を使って。もちろん、副作用もあってね? 治療をした後は、数日寝続けて目覚めない」
「数日寝続ける……まさか」
メリアさんの言葉を聞いたオーキさんが、驚きの表情と共に視線を俺へ向ける。
その視線に、俺は頷く事で応えた。
「そう。今回のも、その副作用だよ。今回治療したのはこの子、ウヅキだね。ちなみに、初めて治療をしたのはこっちの子、ルナだよ。…………そして、今回で五人目」
「そんな……そんな、命に関わりそうな事を、五回も」
その言葉に後ろを振り向くと、いつの間にかメリアさんの両サイドにルナとウヅキが立っており、真剣な表情で前を、マリアさんとオーキさんを見つめていた。
「三回目は二人同時に治療したから、回数としては四回目だけどね。…………初めて治療をして、数日振りに目覚めた後、心配して『もうやめてね』って言った私に、この子はなんて言ったと思う? 『後十二回はやる』だって。一回やる度に数日寝たきりになるような治療を、メイド達全員にやるんだって。大事な家族が死んでしまうのが嫌だから…………そんな優しい心を持った子が、悪い事に力を使う事は、絶対にない。私と、この子達が保障するよ」
「レン様は、ルナ達の命の恩人です。役目を終え、ただ消えゆくだけだった我々を、文字通り命がけで救い上げてくださりました」
「そないな方を悲しませるような事は、絶対許しまへん。レンはんは、それだけ大事な方やさかい」
三人の想いの籠った言葉に、冷たく縮こまっていた心が温められ、緩んでいくのを感じる。
ああ、この人達を守る為なら、俺はなんだって出来る。やってやる。
改めて強く、強くそう思った。
卯月の口調については色々調べながら書きましたが、あちこち間違っているかもしれません。
というか確実に間違ってるでしょう。
広い心でスルーいただくか、正しい表記を教えていただけると嬉しいです。




