第104話 オーキさんとマリアさんをイースへ連れて帰る事になった。
メリアさんの弱々しくも強い思いが籠った言葉に、頭にガンガン昇っていた血が一気に下がり、冷静な思考が戻ってきた。
頭が冷えたついでに、【熱量操作】でパンパンに腫れあがっていた頬を冷やした。さっきまで口を開くにもしんどかったが、なんとか普通に喋れる程度に腫れが引いた。
「一緒に居たいのは俺も一緒だよ、おねーちゃん。……でも、いいの? ここを出なきゃいけないんだよ?」
ここはメリアさんの生まれ故郷。思い入れもあるだろう。暮らせるならここで暮らしたいはず。
だけどそれは難しい。
イースの街には〈鉄の幼子亭〉があるし、屋敷にはメイド達もいる。言っちゃあなんだが、こんな田舎の村では、オーキさん達を含めて十九人もの人間を養う事は不可能だ。そんな大人数が生活出来るような家はないし、仕事もない。村を拡張すれば敷地は増えるから、家を建てる事は可能かもしれないけど、さすがにそこまでの予算はない。
あと、多分俺が田舎暮らしに耐えられない。
前の世界でもそこそこ栄えた街で生まれ育ち、社会人になってからは首都圏で一人暮らしをしていた。自然溢れる環境で悠々自適な生活なんて、絶対俺には不可能だ。お金を払えば大体の物が手に入るレベルじゃないと生活できない。
…………洞窟暮らししたじゃないかって? あの時はメリアさんに全力で介護されてたからね。【能力】の検証とかをしてたから暇になる事はなかったし、準備しなくても勝手に食事が出てくる生活だった。ある意味悠々自適な生活だったのかもしれない。ヒモ? いやほら、俺、幼女だから。
まあ、それは置いておいて。
とどのつまり、諸々の要因により、俺達が一緒にいる為には、オーキさん達にはこの村を出て、イースの街に引っ越してきてもらう必要があるのだ。
それを心苦しく思いながらの先の言葉だったのだが、それに対して、メリアさんは首をゆるゆると横に振った。
「うん。いいんだ。十年振りに村に帰ってきたけど、イマイチ『故郷に帰ってきた』って気持ちにならないんだよね。そりゃ懐かしいよ? でも、なんていうのかな。『私の生きる場所はここだ』って気持ちにならないっていうか……。両親も死んじゃってていないから、この村でどうしても会いたい人っていうのも、オーキとマリアくらいしかいなかった、っていうのものもあるのかな? 二度と来れないって訳じゃないしね」
メリアさんにとって、この村で暮らす事自体はそこまで重要ではないらしい。極論、家族と一緒に過ごせれば、場所はどこでもいい、みたいな?
ちなみに、オーキさんの家を見て涙ぐんでた事について聞いたみた所、あれはあくまでオーキさんに会える事が嬉しかっただけで、家そのものに思い入れがあった訳ではないそうだ。紛らわしい。
まあとりあえず、メリアさんは引っ越しに関しては問題ないという事は分かった。でもこれはメリアさん一人で決めていい話ではないからね。残る二人にもちゃんと聞かないと。
「オーキさんとマリアさんはどうですか? おねーちゃんはこんな事言ってますが」
「アタシはいーよ。アタシは冒険者だから、元々あっちこっち旅に出てたしね。拠点がこの村からイースに変わるってだけだよ。おかあさんも言ってたけど、帰ってこようと思えば帰って来られるし」
「儂も構わん。また皆で暮らせるなら、そこがどこであっても問題ない。元々儂は流れ者で、この村で生まれ育った訳ではないしな」
俺の問いに、マリアさんは軽い感じで、オーキさんも大した事ではない、といった様子で答えた。
「それに……ねえ?」
「ああ、だな」
そこでマリアさんとオーキさんは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「「家、なくなったし」」
「ご、ごめんなさい…………」
見事にハモった二人の声に、メリアさんはシオシオと小さくなってしまった。
ああ、うん。そうでしたね。皆さんの家、今やただの瓦礫の山ですからね。さすがにあそこには住めないわ。
村の中には空き家もないみたいだし、引き続きこの村で暮らすとなると、家を建てる所から始めないといけない。この世界で家ってどれくらいで建つのか分からないけど、いくら魔法があっても一日二日では無理だろう。家が出来るまでは野宿か、他の家の厄介になるしかないだろうけど、それもちょっと厳しい。野宿が厳しいのはもちろんだが、他の家に厄介になるというのも、心苦しいとかそういうの以前にスペースがなさそう。どの家も結構こじんまりとしてるからね。
二人の家がなくなった原因は俺にもあるので罪悪感に駆られるが、ここで俺も一緒に小さくなっても話が進まないので、メリアさんと一緒に小さくなったりせずに話を進めていく事にする。
「えーっと…………。そ、それじゃあ、二人ともイースに来るって事で。屋敷はまだ部屋が余ってるから、そこに住んでもらえばいいかな?」
「…………話には聞いていたが、そんなにデカイ所に住んでいるのか?」
「うん。アタシもビックリした。おかあさんのお店で寝ちゃって、目が覚めたらおっきな部屋のおっきな寝台の上で、呆然としてたら今度はすっごい美人の使用人さんが来るんだよ? もう意味が分からなかったよね。まだ夢の中なのかと思ったもん」
「そ、そこまでか……」
マリアさんがどこか遠い目をしながら話すのを、オーキさんはちょっと引きながら聞いている。
ここは一応フォローしておいた方がいいかな?
「あ、別にすっごいお金持ちになったとか、貴族になったとか、そういうんじゃないんで安心してくださいね。ちょっと色々あって、タダで手に入っただけなんで」
「色々……って、タダ!?」
「はい。しかも使用人付きで」
「使用人付きで!?」
滅茶苦茶驚かれた。まあ当たり前か。常識的に考えて、お屋敷がタダで手に入る事なんてないよね。まあ運が良かったんですよ。俺の体がホムンクルスで、そんな俺とメリアさんが仲良くしているのを見て、ルナが『この人なら大丈夫』と思ってくれたからなんで。
つまりは、あの女神のやらかしのおかげなんだけど……素直に感謝しづらいな。
「まあ、私達は貴族様になってはいないけど、代わりに、お店の常連に領主様がいるけどねえ」
「領主様が常連!?」
あ、メリアさん復活したんだ。結構早かったね。
「…………儂、イースに行くの、不安になってきたぞ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。屋敷にいる子達はみんな良い子だし、街の人もいい人ばっかりだよ。領主様も割と気安い方だし」
「いや、確かにそれも重要ではあるが、そういう事じゃなくてだな……」
メリアさんのあっけらかんとした態度と言葉に、オーキさんは『離れてる間に随分図太く……いやそれは元からか。いやしかし領主様を気安い方って……』とかなんとかブツブツ言っている。
確かに、侯爵様は結構付き合いやすい人だよね。変に偉ぶってないし。というか店ではただのデミグラスソースが好きなおっさんと化してるし。そのおかげか、最近は侯爵様が来店しても、店の雰囲気が変わらなくなってきた。最初の頃は侯爵様が来店する度に、すごい緊張感が漂ってたからなあ。
「ねえねえ。思い出したんだけどさ、おとうさん、足悪いじゃない? どうやって運ぼうか? さすがに背負っていくのは無理、というか無謀だよ?」
自分の世界に入り込んでしまったオーキさんをボーっと眺めていると、マリアさんがそんな事を聞いてきた。
「え? そりゃあ【いつでも傍に】で……あ、そうか」
そこまで口に出した所で、マリアさんには俺の【能力】について教えてなかった事を思い出した。まあ、【金属操作】については結構派手に使ったし、当たりを付けられてるとは思うけど。
…………うーん。これから一緒に住むんだったら、そこらへんも教えちゃっていいかな。というか、そうじゃないとオーキさんをイースまで問題なく連れていける事について説明が出来ない。
「えっとね、俺の【能力】で【いつでも傍に】っていうのがあるんだけど、それを使うと、屋敷まで一瞬で戻れるんだよ」
「え? 屋敷って、イースの?」
「うん。そう」
そこ以外に屋敷なんて持ってないよ。
「……え? 何それ。そんな便利な【能力】を持ってるんだったら、なんで村に来る時に使わなかったの? ……ん? いや、それ以前に、レンちゃん、鉄かなんかで小屋とか作ってたよね? なんか翼も生やしてたよね…………え? え?」
マリアさんの目がグルグルしている。大分混乱しているみたいだ。
この世界の人は基本、【能力】は一つらしいからね。しょうがないね。
今マリアさんが言った事って、どう考えても一つの【能力】じゃ出来ないからね。
「まあまあ。とりあえずオーキさんの事は気にしないで大丈夫って事だけ分かればいいよ」
まあ、ちゃんと説明すると余計混乱しそうだから、今は最低限だけ教える事にする。詳細はウェブで! ならぬ、屋敷で! ってね。
「…………おかあさん?」
自分一人で処理しきれなくなったのか、マリアさんはメリアさんに助けを求めた。
「ん? 大丈夫だよ? だってレンちゃんだよ? ここに来るまでの間も散々見たでしょ?」
マリアさんからのヘルプを受け取ったメリアさんは、コテン、と小さく首を傾げながら、そんな事を宣った。
…………いやちょっと待って。何その『俺なら何やらかしてもおかしくない』ってニュアンスがヒシヒシと感じられる言葉。ここはガツンと言ってやらないと。
「あのさ――」
「あー、そうだった。レンちゃんは非常識の塊だったんだった。忘れてたよ」
「うんうん。常に頭の片隅に置いておいて、構えておいたほうがいいよ? レンちゃんは変な事するのは、朝になったらお日様が昇ってくるとか、食べ物を食べないとお腹が空くって事くらい普通の事だと考えておかないと」
「そこまでなんだ……。分かった。肝に銘じておくね」
さあ反論だ、と俺が口を開いたタイミングでマリアさんが一人勝手に納得してしまった。
そしてそれにメリアさんが乗っかり、サラッと話が終わってしまった。結局俺は、口を半開きにしたアホ面を晒しただけだった。切ない。
……というかメリアさん。あなた、俺の事そんな風に見てたの? 俺と一緒にいるって、そんな意味の分からない心構えが必要な事なの? 酷くない? しかもマリアさんもそんな与太話を真に受けて、肝に銘じちゃうの? 俺泣くよ? 泣いていい案件だよねこれ?




