閑話 気になるあの子と気にする神①
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「全く、あの人はまた私の事を忘れていますぅ。ほんと、ふけーですよぉ」
どこまでも続く白い地面と青い空の元、私は地面の一部を見つめます。
そこには一メートル四方の正方形に穴が開いており、その穴から下界の――――正確には、私が手ずから別世界から連れてきた、一人の人間の様子が見えます。
実際は、ただの穴のように真下が見える訳ではなく、私が望むモノを自動で追尾して映し出す、下界でいう魔道具のような物で、創造神様より他の全ての神に与えられている、共通の権能です。
その人間、藤崎蓮は、こちらの世界ではレンと名乗って活動しているようです。
安直ですねぇ。もうちょっと捻った名前は思いつかなかったんでしょうか。
彼は元々成人の男性だったのですが、私のちょっとしたミスと偶然により、肉にんぎょ――――ゴホンゴホン。ホムンクルスの幼女の体を得る事になりました。
ちょーっと申し訳ない事をしてしまったとは思いますが、結果的に基本一つしか得られない【能力】をいくつも得る事になりましたし、子供の身体になった事で、他の者からチヤホヤされるようになったので、むしろお得だったと言えるのではないでしょうか。
与えた【能力】も、【熱量操作】という、触れた物が持つ熱量を操れるというかなり強力な【能力】なので、彼のいた世界の創作でいう〈異世界チート〉し放題です。
………………まあ、元々は【冷却】という、物の温度を少し下げる程度のショボい【能力】だと思っていたのですが。
そのため、つい哀れに思ってしまい、二つ目の【能力】を与えてしまいました。その二つ目の【能力】も、誰でも使える無属性魔法の適性という、微妙な物……だと思っていました。
適性を持っている事で、性能と燃費があそこまで上がるとは予想外でした。魔法神に文句を言いたい気分です。説明書は正確に書いて欲しいものです。全く……。
正直この二つだけでもバランスブレイカーなのですが、さらに追加で【金属操作】という、名前の通り触れた金属を自在に操る【能力】と、【変身】という、自分の姿を変えることができる【能力】まで手に入れていました。ああ、【変身】は【能力】ではなく【後付け能力】と言うんでしたっけ。
まあ【変身】は分かります。ホムンクルスというのは、製造段階で肉体に【能力】を焼き付けることが出来るそうなので、あの肉体に焼き付けられていた【能力】が【変身】だったのでしょう。人の身で、生命を創造するという禁忌を侵しているのは、生命を司る神である私としては到底許せる物ではないのですが、まあ、今はそれは置いておいて。
ですが、【金属操作】についてはさっぱり分かりません。私はもちろん与えていないし、ホムンクルスの身体に焼き付けることができる【能力】も、自身の肉体に多少の影響を与える程度の物だけ、しかも一つだけしか付加できないようです。そのルールに沿うならば、すでに【変身】という【後付け能力】が付加されているあの身体に、【金属操作】なんていう【能力】は付加できないはずなのです。
一体どういうことなのでしょう? 疑問は深まるばかりです。
いくら神といっても、全てを知っている訳ではありません。自分の担当以外は結構知らない物なのですよ。最上位である創造神様は別ですが。あの方は別格なので、色々な意味で。
「…………まあ、別にいいですかねぇ、あって困る物でもないですしぃ」
私はちゃんと定められたルールに従って処理を進めましたし。二つ目の【能力】を与えるかどうかは、担当の神の裁量に任されていますので、違反ではないですし。
私の責任範囲から外れているので、私が関知する事ではないですね。
「にしてもあの子、私が与えた加護の危険性がわからないのでしょうかぁ。あんなポンポン使っていい物ではないのですがぁ」
初めて神に祈った彼に機嫌をよくした私が与えた加護。【女神レストナードの加護】は、魂に干渉できるという強力な物です。魂が存在しないために自身で魔力を生成できないホムンクルスを救いたいという彼の願いに応え、彼の魂を割譲する力を与えた訳ですが…………まさか、十三個……ゴホンッ! 十三人全員に魂を割譲しようと考えているとは思いませんでした。そんな事をしたら…………一度警告をした方がいいかもしれませんね。なるべく刺激しないように。
あの子、怒るとすっごい怖いんですよ。なんなんですかあれ。神を殴ろうとするとか、意味が分からないです。不敬にも程があります。あんな剥き出しの怒りを向けられたのは初めての経験でした。今でも思い出しただけで体が震えます。ブルブル。
「まーた見てる。そんなにあの男…………今は女の子なんだっけ。あの人間のことが気になるの?」
「うひゃあ?!」
び、びっくりしました!
あの時の様子を思い出してブルブル震えている所に、突然後ろから声を掛けられて、心臓が止まるかと思うほど驚きました! 驚きの余り体がビクーンッ! となり、その勢いで穴に落ちそうになってしまいました。両手をバタバタ振ってなんとか穴に落ちるのを必死に堪え、一息ついてから、キッと後ろを睨むと、そこにいたのは予想通りの神物でした。
「なにするんですかぁ! 危うく下界に降臨するところでしたよぉ!」
「いや、その場合は降臨じゃなくて堕天でしょ…………」
そんな言葉と共に呆れたような視線を私に向けるのは、愛と争いを司る女神、フレヌスです。
人間の子供の姿を取っている私と違い、フレヌスは大人の女性の姿です。別にたわわに実った胸とか、キュッと締まったお尻とか羨ましくなんてないです。
シンプルな布製のローブだけの私と違い、フレヌスは上半身には随所を金で飾り付けられ、女性的な曲線を描く華美な黒い鎧を身につけ、下半身は長いスカートに脚甲。頭には様々な色の宝石が散りばめられたサークレット。黒金色の長い髪は、先端付近で穴を開けた水晶の珠でまとめられています。
…………正直、突っ込みどころが満載です。なんで上半身は鎧を着ているのに下半身はスカートなの? とか。装飾が派手すぎて成金ぽい、とか。第一、神に鎧なんて必要なくない? とか。
「これはね、カッコカワイイからよ! 成金趣味なんかじゃないわ!」
「神の心を読むんじゃないですぅ!」
第一、なんですか愛と争いの神って。その組み合わせはおかしいでしょう。普通に考えて愛と友情とか、争いと武芸とか、そういう組み合わせだと思います。
「あら、愛と争いは密接に関わっているのよ? 愛故に争うなんてザラだし、争いの結果生まれる愛だって沢山あるんだから」
「だから心を読むなって言ってるでしょぉ?!」
こんな奴なので私はこいつが嫌いなのですが、残念な事に、私とこいつ、仕事柄よく一緒になります。
私が司るのは生命と輪廻。
フレヌスが司るのは愛と争い。
愛によって男女が番い、新たな生命が生まれ。
争いによって散った生命が輪廻の輪に還る。
戦争に向かう男が最期に愛する女とまぐわった結果、新たな生命が誕生する、というのもありますね。
とまあ、そんな感じで、結構な頻度で一緒に仕事をしている内に、いつからかフレヌスは私の神殿にちょくちょく顔を出すようになりました。私からは行きません、面倒ですし。
私は一人が好きだというのに全く、迷惑な話です。
「はいはい。ま、そーゆーことにしとくわ。で? あなたが連れてきた子はどう? 国を堕としたり、逆に国を造ったりした? それとも酒池肉林…………は無理か。女の子の体だし。あ、冒険者の頂点に立っちゃったりとかかしら?」
「………………にも」
「ん? 何? 聞こえなかったわ。もっかい言って?」
「だから! なんにもしてないですよぉ! 街の食堂の店主で満足してますよぉ! 冒険者レベルも零のまま! 零ってなんですかあぁ! 特例とはいえ最低レベルですよぉ! というか、依頼自体冒険者資格の維持程度にしか受けてないですぅ! 国どころか村一つ造る気がないですぅ!」
そりゃ確かに明確な目的は出しませんでしたよ?! あちらの世界からこっちの世界に人間を連れてくる事で、あちらに溢れている生命エネルギーをこっちに融通してもらうのが目的だったんですから。彼がこっちに来た時点で目的は達成されています。だからこそ、彼がすぐ死んでしまわないように【能力】を与えたのです。送り出した生命がすぐ失われてしまったら、あっちの神が以降生命を送るのに難色を示すようになっちゃうかもしれないですから。それは困ります。今後も定期的に送ってもらって、生命エネルギーを補充しなくてはならないのですから。
「いや、こっちの世界で【能力】持ちは割りと普通だし。第一彼、【能力】とか関係なしに、こっちの世界に来て数分で死にそうだったじゃない。あなたがミスったせいで」
「う、うっさいですぅ! あと、心を読むなって何度も言ってるでしょぉ!?」
蒸し返さないでくださいよ! その件で創造神様にネチネチネチネチと説教されたんですから!




