閑話 私のご主人様②
明日も投稿します!
お楽しみに!
木製の短剣を構えた私は、同じく木製の、しかし私の持つ物とは比べ物にならない程大きな剣を構えたジャン様と、二十歩程の距離を開けて対峙しています。
「では、行きます」
「おう、来い」
ジャン様の返事が聞こえると同時、私は駆け出しました。
限界まで体勢を低く、地を這うように走り、手を伸ばせば届く距離、その一歩前で右足で全力で地を蹴り、体を左へと流します。
強引な方向転換により崩れた体勢のまま地面に左手を着き、左前方に進もうとする体を無理に抑え込まず、左手を軸に回転、足払いを仕掛け――――
「ぬん!」
――――ようとした足を、ジャンさんは勢い良く振り下ろした剣で迎え撃ってきました。
防具もつけていない足では、木剣と打ち合うには分が悪すぎます。
なので私は、払おうとしていた足を引っ込める事でそれを回避します。そして、縮めた足がジャン様の足を通りすぎた所で勢い良く体を伸ばし、それと同時に、軸にしていた左手で地面を強く押し、その反動で短く跳びました。
体を伸ばした反動と、片手で地面を押した反動では大した距離を跳ぶ事は出来ませんが、着地したのはジャン様の真後ろ。本来であれば好機ですが、私も背を向けている状態です。状況は五分でしょう。
「はっ!」
ジャン様は全身を大きく捻りながら、力強い横薙ぎを仕掛けてきました。背中を向けた姿勢から、半回転も勢いをつけた一撃です。私ではとても受けきれません。
そして無理な姿勢で跳んだ私は体勢を整えようとして、中途半端に立ち上がりかけた恰好。変に上体が反ってしまっており、前に跳んで回避することも、その場にしゃがみこんでやり過ごすこともできません。
しかも狙いは腹部。とても回避が難しい位置です。さすがはジャン様ですね。
なので私は下半身はそのまま、上体をさらに大きく反らし、両手を地面に着けました。
「なあっ?!」
さすがのジャン様も、勢いがついた剣を止める事は出来ず、私の体があった位置を剣が素通りしていきます。
それを見計らって、私は上体を反らした勢いを使ってそのまま倒立、ジャン様の頭に向けて両足を振り下ろしました。
「ちいっ!」
避けられないと悟ったのか、ジャン様は両手で持った剣から手を離し、頭上で腕を交差しました。
ジャン様の防御はギリギリで間に合い、私の足とジャン様の腕が交差し、骨と骨がぶつかり合う鈍い音が響き渡りました。
「おらあ!」
倒立したままの姿勢の私に、ジャン様は膝蹴りを放ってきました。なので私は足をジャン様の腕に引っ掛け、上体を大きく反らせることでそれを回避しようとしました。
ですが――――
ムニュン
反らしが足りなかったのか、ジャン様の膝が胸に当たってしまいました。
この訓練は防御している部位以外に攻撃が当たるか、回避不能な状態で寸止めされると終了です。
「ありがとうございました。…………また負けてしまいました。今回こそは、と思っていたんですが…………どうしました?」
倒立していた体を戻し、足で地面に立ち直した私は、手に付いた土を払いながらジャン様に視線を向け、そのまま首を傾げます。
「い、いや、なんでもない…………」
何故かジャン様が顔を逸らしていました。こちらから見える耳が真っ赤です。激しい運動をしましたので、顔が紅潮するのは恥ずかしい事ではないと思うのですが……。
「ぐぎぎぎぎ……っ!」
歯ぎしりが聞こえてきたので、そちらに視線を移すと、苦笑いを浮かべているセーヌ様と、両手で自分の胸を押さえたレミィ様がこちらを見ていました。…………レミィ様は何故、私の胸の辺りを見ながら、そのような殺意溢れる表情を浮かべているのでしょうか?
「役得だなあジャン! どうだった?!」
「わざとじゃないぞ?! 偶然だ! …………すっげー柔らかかった」
「ヒューッ! それに加えて今回は、目の前であんな短いスカートで倒立ときたもんだ! 下着丸見えだったろ! まったく羨ましいねえ! なあキース!」
「いえ、私は小さい方が好みですので」
「まじか! お前そっちの趣味かよ!」
ジャン様達男性陣が何やら盛り上がっているようですが、声が小さく、私の位置からは聞こえません。
「ゴホンッ! ……にしても、相変わらずグネグネウネウネ、やりにくいったらないぜ」
「人間の体って、あんな風に動くんだな、驚きだよ」
「全くです。あんな奇抜な動き、良く思い付いた物ですよ」
「でもなんというか、踊ってるみたいで見てる分には綺麗ですわよね」
「動き回る度にプルンプルンたゆんたゆんと…………うぎぎ」
皆様、私の動きに驚いているようですが、これは私が独自に開発した物ではなく、レン様の記憶の中にある、〈新体操〉という舞踏の動きを模倣しているだけにすぎません。
そう、あくまで模倣。私が考えた物ではないのです。
しかも、今は体の動きしか、それもある程度しか模倣できていません。本当の〈新体操〉は、様々な道具を使うようですので、ゆくゆくは〈バトン〉や〈フープ〉、〈ロープ〉や〈リボン〉等も組み込んでいきたいですね。
何故私が〈新体操〉を模倣しているかというと、私の【後付け能力】が【軟体】だからです。
【軟体】はその名前の通り、体が柔らかくなる【後付け能力】で、常時発動しています。
しかし、いくら柔らかくなるといっても、人体の構造を越えた動きはできないので、関節や骨格を無視したり、首を一回転したりはできません。
最初、私はこの【後付け能力】を外れだと思っていました。体が柔らかいからなんだというのだ。どうせなら【怪力】や【硬化】のような【後付け能力】が良かった。と思っていました。
なので最初、私はジャン様達と訓練をする際、【後付け能力】は考慮せず、一般的な剣術を習いました。ですが所詮私は、ホムンクルスとはいえ一介のメイド。全く物にはなりませんでした。
――ジャン様が持つような大剣は、まず持ち上げることができません。
――片手剣でさえ、振ると体が流れてしまいます。
――レーメス様やレミィ様が扱うような短剣であれば、振ることは問題なくできるのですが、お二人のように足が速いわけではないので、攻撃が届く間合いまで近づけません。
――そして、魔法の適性もなかったので、魔法も使えませんでした。
悲嘆に暮れた私は、一縷の望みをレン様の世界に求め、必死にレン様の記憶を参照し、そして見つけました。
〈新体操〉。体の柔軟性を最大限に発揮し、予想も付かない動きをする、異世界の舞踏。
レン様は〈新体操〉にあまり興味はなかったようで、情報量はそう多くはありませんでしたが、私は来る日も来る日も、記憶の中の〈新体操〉の情報を参照し、その動きを模倣し、戦闘に使えるよう動きを修正していきました。
――力がないのなら、捻れからの反動と、体のバネを使えばいい。
――速い動きができないのなら、体の動かし方を工夫し、速く見えるようにすればいい。
結果、私は武器として短剣を持ちはしますが、本命は〈新体操〉を基にした体術で戦う、という方式に行き着きました。
完成には程遠い現状でも、歴戦の戦士であるジャン様と、それなりにいい勝負ができるようになりましたが、まだ足りません。
これからも訓練を続け、もっと強くならなくてはなりません。レン様の代わりに戦うのです。生半可な練度ではいけません。
今夜の就寝前の訓練は念入りにやりましょう。今日は、負けたとはいえ割といい勝負が出来たと思いますので。忘れない内に反復練習をし、体に覚えこませなくては。
…………そういえば、〈新体操〉を行う方は皆、体にピッタリと貼り付くような服を着てらっしゃいましたね。あの服を着れば、もっと上手く動けるようになるのでしょうか。
今度、レン様にお話しをしてみましょうか。




