第101話 メリアさん一家と村で生活を始めて、村の子供達と遊んだ。
メリアさんとマリアさんの故郷である村に到着し、メリアさんと、旦那さんであるオーキさんの感動的な再会から今日で五日目。今俺は、オーキさんの家にお世話になっている。
大泣きしながらオーキさんと抱き合って再会を喜び合ったメリアさんは、俺をオーキさんに紹介した。
『私の二人目の娘だ』と。
メリアさん、いきなり爆弾を投げ込んできましたよ?
もうちょっと言い方があっただろ、と思ったが後の祭り。
メリアさんが色々省略しすぎたせいで、ちょっと、いや大分修羅場になりかけたが、俺とマリアさんの必死の説明でそこはなんとかクリア。誤解を解くことができた。
俺とマリアさんがすげえ一生懸命話してる横で、『なんでそんなに必死なの?』と言わんばかりのポカンとした顔をしているメリアさんに、ちょっとイラっとした。ちょっとだけね。ホントだよ?
そして、一通りの説明が終わった所で、何故かオーキさんが大泣き。『レン! お前がメリアの娘なら、儂の娘でもある! 歓迎するぞ!』と言いながら俺をガバッと抱き締めた。口からなんか出そうだったのはなんとか堪えた。オーキさん、結構御年を召してそうなのに、力強いですね? というか、泣くような場面あったかな? ……良く分からん。
で、そのままなし崩し的にオーキさんの家に招かれ、そこで寝泊りする事になったという訳だ。
まあ、メリアさんも泊まるみたいだし、俺だけ別の場所って訳にもいかないしね? 場所もないし。日々、メリアさんはオーキさんとベタベタくっついて、とても幸せそうに過ごしている。正直、今までこんなにベタベタしているメリアさんを見た事……ありました。結構俺とベタベタくっついてました。
端から見ると、娘と同年代の女性を侍らせているようにしか見えないので、村の中を歩くと、男性陣の嫉妬の視線が、すごい勢いでオーキさんに突き刺さってるのが面白くもあり、同時に可哀想でもあった。パッと見、超年の差カップルだからね。しょうがないね。
…………えーと、それはまあ置いておいて。
そんな中、俺はどうしているかと言うと――――
「レン! しょーぶだしょーぶ! きょうはまけねーかんな!」
「ちがうよー! きょうはレンちゃんは、セリたちとおままごとであそぶんだよー。ねーレンちゃん」
「なんだとー!」
「なによー!」
「ちょ、ちょっと。ロウ君、セリちゃん。二人とも落ち着いて……って、いたたたた! 引っ張らないで! 腕が! 腕が抜ける!」
――――少年と少女にそれぞれ左右の腕を掴まれ、綱引きの綱のように引っ張られております。俺、超人気。
とまあこの通り、子供達の間で取り合いになるくらいの人気者な俺だが、もちろん最初から、という訳ではない。……いや、割と最初からだったかな?
村に着いた初日、オーキさんへの説明がひと段落した後、俺はオーキさんの家を出て、村の中をブラブラしていた。
いくらオーキさんからも娘扱いされるようになったからと言っても、結局の所俺は部外者。
俺が一緒にいたら、家族団らんが楽しめないだろうということで、散歩を言い訳に家を出てきたのだ。夫婦水入らずならぬ、家族水いらずってね。是非十年のブランクを埋めていただきたい。
とはいっても、言っちゃあ何だが田舎の小さな村だ、見ておもしろいような物があるはずもなく、速攻で飽きた。
とは言っても、オーキさんの家に戻るには早すぎる時間だったので、どうしたもんか、と悩みながら歩いていると、村の端の方で、女の子数人のグループが花を摘んでいるのを見かけた。……隠語じゃないよ。文字通りの意味でだよ。
特にやる事もないので、なんとなくボーっとその様子を眺めていると、グループの中の一人が俺の存在に気づいて声を掛けてきた。その子がセリちゃん。七歳らしい。茶色い髪を肩くらいで切り揃えた、クリクリとした目がチャームポイントの、なかなかに可愛らしい子だ。将来は引く手数多だろう。このまま成長すれば、可愛い系の美少女になると思う。こんな所でも、この世界の人間の顔面偏差値の高さが表れている。
で、セリちゃん達と他愛もない話をしている中で、こんな会話があった訳だ。
『イースのまち? ってとこからきたんだー! ねえ、そこってとおいの?』
『そうだねえ。結構遠いかな? ここまで来るのに一月半くらいかかったからねえ』
『そんなに!? わー! すごーい! よくそんなとおくからこれたねー! セリ、そんなながくあるけないなー。つかれちゃうもん』
『わたしもむりだなー。レンちゃんって小さいのにすごいんだねー』
『いや、小さいって、君たちもそんなに変わらない……まあいいや。まあ俺、一応冒険者だからね。長距離……えーっと、長く歩くのは慣れてるんだよ』
そこまで話した所で、いきなり一人の男の子が話に割り込んできた。
まあご想像の通り、ロウ君だ。
ロウ君は八歳。金と茶の中間のような髪色の、年の割には体が大きい、ちょっと目つきの悪い少年だ。この子も成長したらイケメンになるだろう。多分ワイルド系かな。
『おい! うそつくなよ! おまえみたいなちっこいおんなが、ぼーけんしゃになれるわけないだろ! ぼーけんしゃになれるのはおとなになってからなんだぞ! とーちゃんがいってた!』
『いや、嘘じゃないんだけど……。あ、組合証見る?』
『そんなもんみてもわかんねーよ! じなんてよめないし! そうだ! おまえ、ぼーけんしゃなんだからつよいんだろ! しょーぶしろしょーぶ!』
『えぇー……』
という流れで、ロウ君と勝負、という名のチャンバラをする事になった。
正直やる気は全くなかったのだが、いつの間にか集まってきていた村の子供たちの期待の籠った視線に耐えきれず、勝負を受けてしまった。
結果? もちろん勝ったよ。
これでも朝早く起きて、毎日メリアさんと訓練してるんだぞ。村の子供ごときに負ける訳ないだろ。もちろん【能力】は全部封印だ。【身体強化】も使ってない。そんな大人げない事しないさ。
さらに言うと、こっちから一切攻撃は仕掛けず、さらに軸足は一歩も動かさずに、コンパスのようにくるくる回りながら攻撃をひたすら捌いた。
最終的にロウ君がスタミナ切れでぶっ倒れ、俺の勝ちと相成ったという訳だ。判定勝ちって奴?
武器として使った木の棒が、普段使っている〈ゴード鉱〉の棒と似たような重さだったのも良かったな。普段と変わらない感覚で動けたからね。
いやー、子供は素直でいいね。いきなり砂掛けてきたり、石投げてきたりしないし、えげつないフェイント掛けてこないし。とてもやりやすかったよ。メリアさんと違って。
俺としては、子供に手を上げる事なく終わらせる事が出来たので、上出来だと思ったのだが、それが却ってロウ君のプライドを傷つけてしまったらしく、次の日から事あるごとに勝負を挑んで来るようになってしまった。
そして何故かロウ君と競うように、セリちゃんも遊びに誘って来るようになった。
……なんでセリちゃんも? と思って本人に聞いてみた所、ロウ君と勝負してる時の俺が『クルクルまわって、おどってるみたいで、キレーでかっこよかった!』との事。他の女の子もウンウン頷いていた。あの一戦で、女の子達のハートを掴んでしまったようだ…………セリちゃん? そんな目で俺を見るのはやめようね。それ、恋する女の子の目だよ? 瞳の中にハートマークの幻が見えるよ? それ、(肉体的には)同年代の、しかも同性に向ける目じゃないからね? せめて憧れくらいに留めておこう? ほら、セリちゃんくらいの年齢なら、近所のかっこいいお兄さんとか……いない? あ、そうですか……。
ま、まあ、子供の恋愛なんて一過性のもんだ。どうという事もないさ…………多分。
そんな感じで、過去を回想して現実逃避してみたりしてみたが、そろそろ腕が限界だ。仲裁して解放してもらおう。同じこと、毎日やってるからね。もう慣れたもんだよ。
「よし。それじゃあ、お昼まではロウ君と遊んで、お昼食べた後はセリちゃんとおままごとしよ? ね? それでどう?」
「よっしゃ! おれはいいぜ! ……ってちがう! あそびじゃねー! しょーぶだよ!」
「えー! セリにばんめー?」
俺の出した折衷案に、自分が最初である事にロウ君は嬉しそうにガッツポーズをしてから、ハッとした顔で俺の言葉を訂正してきた。あーそうだったね。勝負だったね勝負。メンゴメンゴ。
対するセリちゃんは、自分の順番が後になったのが悔しいのか、ぷくーっと頬を膨らませた。
なんとも可愛らしい仕草を微笑ましく思いながら、俺はそっとセリちゃんの耳元に口を寄せ、小声で囁きかけた。
「ほら、今からお昼までだとあんまり時間ないでしょ? でもお昼食べた後からだったら時間あるから、暗くなるまで、たっぷり遊べるよ?」
「……おぉー! なるほどー! さすがはわたしのレンちゃん! あったまいー!」
「でしょ? だから、ね?」
「うん! わかったー! セリ、にばんめでいーよー!」
頬を赤く染めたセリちゃんが嬉しそうに頷くのを見て、ロウ君は首を傾げたが、すぐに態度を戻し、俺をビシッと指さした。
「よし! きまりだな! レン! はやくはじめようぜ!」
「あーはいはい。……ちょ、分かった、分かったから引っ張らないでって」
ロウ君にグイグイ引っ張られながら、これからどうするかを考える。
……さて、今日はどんな勝ち方にしようかな。確か前回は、武器を一切使わないで、徹底的に避け続けたんだったか。
…………よし、今回は死角から棒でツンツンしまくってやろう。侯爵様のガキにやった奴だな。もちろん、強者ムーブなしのバージョンで。俺の強者ムーブ、悪者みたいらしいからね。
……
…………
ロウ君を徹底的にツンツンして半泣きにし、セリちゃん達のグループと、おままごととお手玉のような遊び、そして最後にお花摘みに付き合った俺は、夕焼けに赤く染まる村の中を一人、オーキさんの家に向かって、ゆっくりと歩いていた。
「ふう。花を摘むのって結構難しいんだなあ」
正直な所、始める前は花を摘んで何が楽しいのかさっぱり分からなかったが、いざやってみるとなかなか奥が深かった。
同じ種類の花でも微妙に形が違っていて、なかなか『これだ!』と思える物が見つからない。
いざ見つかったと思っても、他の花で隠れていた部分が虫に食われていてガッカリしたり。
いい感じの花を見つけて摘んでみたはいいけど、他の花と組み合わせるとバランスが悪くてもにょったり。
気づけば時間を忘れて夢中になってしまっていた。
お手玉も、前の世界含めても初めてだったので、全然うまくいかなかったけど、それがまた楽しかった。
おままごとは、何故か常に俺が旦那さん役なのが不可解だった。
まあ外見はともかく、中身はおっさんだし、やりやすかったのは確かだけど。
「…………五日目も終わり、か」
無意識に漏れた言葉に、もうそんなに経ったのかと驚く。
今のこの生活は、いわばメリアさんがゴールした後のボーナスステージ。だが往々にして、ボーナスステージっていうのは他のステージより制限時間が短いもんだ。
恐らく、そろそろ――――
(レン様。ルナです。少々お聞きしたい事が…………)
ほらね。
ボーナスステージは、終わりだ。




