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第100話 旅が終わった。メリアさんのゴールを見届けた。

本編100話達成しました!

「――ンちゃん。お――」


 ふわふわとした意識の中、遠くの方から声らしき物が聞こえてくる。

 うーん。俺、ここから動きたくない……この抱き枕、柔らかくて暖かくて、サイコーだよぉ……。


「――ら、もうあ――よ。おき――」


 と、抱き枕ごと体が浮き上がり、勝手に声の聞こえる方へ飛んでいく。

 あー、これならいいよぉ。俺、この抱き枕の上で一生過ごすぅ……。


「レンちゃん! もう朝だよ! 起きて!」


「んみゅ…………」


 はっきりと頭上から聞こえてきた声に、俺の意識はゆっくりと覚醒した。

 目を開けると…………暗い。なんだ、まだ夜じゃないか……。

 何やら両方のほっぺたにぷにゅぷにゅとした、柔らかくて温かくて、いい匂いのする物が押し付けられている。その柔らかさと暖かさが気持ちよくて、グリグリと頬ずりをする。


「ぅんっ! もう! レンちゃん! ぐりぐりしないで!」


 頭の上から聞こえてきた一瞬の甘い声に顔を上げると、困った表情を浮かべるメリアさんの顔が見え、バッチリと目が合った。


「おはよ、レンちゃん。やっと起きた。珍しくお寝坊さんだねえ」


 目が合った途端、困った表情から一転、優し気な笑みを浮かべるメリアさん。

 ふむ。俺は先ほどまで、メリアさんの胸の谷間に顔を埋めている状態だったらしい。しかも両手はメリアさんの背中に回され、がっちりと抱き着いているようだ。

 俺はしばしメリアさんの綺麗な顔を見つめ――――改めて谷間に顔を埋め直した。


「えええ!? レンちゃん起きたよね!? 今ばっちり目が合ったよね!? なんで元に戻るの!?」


「…………もうちょっと」


 背中に回した腕に力を込め、より強く抱き着く。わずかな隙間も許さないように。

 谷間に顔を埋めたまま、鼻から大きく深呼吸をすると、甘酸っぱいような匂いが肺を満たした。


「んぁっ! く、くすぐったいよレンちゃん! もう、どうしたの? 旅を始めたくらいから、そんな感じはあったけど、今日は随分と甘えん坊だねえ?」


「なんでもない。なんでもないよ……」


 今日中には、メリアさんの生まれ育った村に着く。メリアさんにとってのゴールに。

 だが俺にとっては…………。


 だから、もうちょっと。もうちょっとだけ、このままでいさせて。もうちょっとしたら、いつもの俺に戻るから。


 ……


 …………


「見えた! 村が見えたよおかあさん!」


 いつもよりちょっと遅いスタートで旅を再開し、しばらく歩を進めていると、マリアさんが突然立ち止まり、前方を指さした。そちらを見ると、遠くにぼんやりと何かが見える。魔力を目に集めて視力限定で【身体強化】を発動し、ようやく木の柵が並んでいるのが見えた。マリアさん目良すぎ。

 にしても、なるほど。あそこが……。


「へぇ~。あれが二人が生まれ育った村なんだ…………」


 うーん……。遠すぎて詳細には見えないが、なんというか、その…………。

 有り体に言って、ボロい。

 柵、とは言ったが、正しくは『かろうじて柵の形を保っている』くらいのレベルだ。柵としての機能を果たしているか正直怪しい。


「ボロいって思ったでしょ」


「っ!? い、いや、そんな事ないよ!? なんていうか、こう……えっと…………そう! 風情! 風情があるよね! 年経た木の柵に悠久の時間の流れを感じる!」


 少ない語彙から必死にオブラートに包んだ表現を探し、そう言ってみたのだが、そんな俺を見てマリアさんはケラケラと笑った。


「あはははは! 無理しなくていいよ! アタシも初めての旅から帰ってきた時は、同じ事思ったから! 住んでる時はそんな事思いもしなかったんだけどね。他の街とか見ちゃうと、どうしても、ねえ?」


 マリアさんもボロ――――粗末だとは感じているようだ。本人も言ってるけど、他の大きな街とかを見た後だと、よりそう見えるだろう。

 特に俺は、前の世界で高層建築やら何やらをガッツリ見てるし、こっちの世界で一番長く暮らしてるのは、そこそこ栄えてるであろうイースの街だ。それらと比べちゃうと、どうしても見劣りしちゃうよね。


「どう? おかあさん。十年振りの故郷は」


「うーん。そうだねえ…………」


 マリアさんに感想を求められたメリアさんは、暫し腕を組んで考え込んてから、おもむろに口を開いた。


「よく分からない!」


「ええー!?」


 メリアさんのあまりにもあんまりな答えに、マリアさんは驚きの声を上げた。俺も声こそ上げなかったが、結構驚いた。てっきり『感慨深い』みたいな台詞が出てくると思ってたからだ。

 だが、メリアさんが口を尖らせながら続けた言葉で納得した。


「いやだってさ、村から飛び出した時の記憶なんて曖昧で、正直ほとんど覚えてないし。第一、外から村を見た事なんて、今回が初めてなんだよ? そうだなあ……実感が沸かないって言った方が正しいかな? ……というか正直、村なんて外から見たらどこも大して変わらないんじゃない? そんなのを見て感動しろって言われてもねえ……」


「う。た、確かに…………そうだよね。村なんて、イースの街みたいな大都市と比べたら、どこも大した違いなんてないよね。確かに、アタシも色々な村を見て周ったけど、どこも似たような感じだった…………」


 メリアさんの意見にぐうの音も出ない様子のマリアさんは、メリアさんの反応があまりに淡泊だった為、ちょっとしょんぼりしてしまった。

 そんなマリアさんを見て、メリアさんは小さく笑ってマリアさんの頭を軽く撫でた。


「まあ、中に入って、知り合いと会ったり、思い出のある風景とかを見れば、見え方も変わってくるんじゃないかな? ほら、マリア。行こ?」


「そっか……そうだね! うんそうだ! よーし! そうと決まれば早く村に入っちゃおー!」


 メリアさんの慰めで元気を取り戻したマリアさんは、両手を振り上げて声を上げた。

 それを見た俺とメリアさんは顔を見合わせ、そして笑った。


「「「おー!」」」


 マリアさんに合わせて俺達も拳を振り上げてから、三人揃って移動を再開した。


 ……


 …………


「おお! マリアちゃんじゃねえか! いつもは死にそうな顔で帰ってくるのに、今回は随分元気だなあ! お母さんの足取りでも掴めたか? しかも今回は仲間連れか? マリアちゃんが村に人を連れてくるなんて初めてだなあ」


 頭上にあった太陽が沈み始め、周囲が赤く色づき始める頃、俺達はようやく村の前までたどり着いた。

 近くで見るとよりボロさが際立つ柵が俺達の前で一部途切れ、そこを塞ぐように木の棒を持ったおじさんが立っていた。門番らしい。門というか、ただの開口部といった感じだが。てか木の棒て。意味あんのそれ?

 先頭に立っていたのもあり、おじさんに話しかけられたマリアさんは、得意満面な笑顔を浮かべた。


「ただいま! へへーん! 足取りどころじゃないよ! ついにおかあさんを見つけたんだ!」


「ほうほう。そうか。まあ探し続ければいつか見つかる…………なんだって?」


「だから! おかあさんを見つけたの! というか連れて来た! ほら!」


「わわ! 急に引っ張らないで! あ、どうもー…………」


 マリアさんに腕を引っ張られ、おじさんの前に連れてこられたメリアさんは困ったような笑顔で頭を下げた。つられておじさんも頭を下げる。すごい見た事ある光景。主に前の世界で。仕事中に。この後名刺交換とかすれば完璧だな。


「あ、こりゃどうも。……いやいやマリアちゃん。さすがにこれはないよ。確かにお前さんの母親、メリアに似ちゃいるが、いくらなんでも若すぎだろ。マリアちゃんと大して変わらないじゃないか。しかもメリアは髪は亜麻色で目は空色だ。この姉ちゃんみたいに赤くはなかったよ」


「う。ま、まあ、それはそうなんだけど…………でもおかあさんなの! もういいでしょ? 入るよ?」


「うーん…………。ま、いいか。マリアちゃんが連れて来たんだし、悪い奴じゃないだろ。なんつっても子供連れだしな」


 そう言っておじさんは俺を見てニッコリ笑った。

 うん。幼女の姿って、こういう時便利だよね。門番としては失格な判断だけど。


 その言葉の通り、俺達を通してくれたおじさんにお礼を言って、いよいよ俺達は村の中へと入った。

 メリアさんは、村の中に入って記憶が蘇ってきたらしく、度々立ち止まっては俺に色々な思い出を語ってくれた。

 あそこの家のおばさんが作る料理が絶品だとか、小さい頃、そこの木に登って遊んだとか、そういう話だ。

 そんな話をするメリアさんはとても嬉しそうで、俺も一生懸命驚き、笑い、相槌を打った。


 そうこうしているうちに目的地についたようで、マリアさんは一件の家の前で足を止めた。


「さあ着いた! 覚えてる? おかあさん。我が家だよ」


「うん、うん…………。覚えてるよ……覚えてる」


 感慨深いのか、片手で口元を覆って隠し、涙ぐんでいるメリアさんを見て、マリアさんは一つ頷いてから家の扉を開けた。


「ただいまー!」


「お? マリアか? 今回は早いな。どうし……た…………」


 マリアさんの声に、丁度こちらに背を向けた状態で椅子に座り、何かの作業をしていた男性が、返事をしながら振り向き、そのまま固まった。

 マリアさんと同じ、翠色の瞳は大きく見開かれ、驚愕に染まった顔には皺が目立つ。結構な御年を召しているように見えるが、その身体はガッチリとしている。

 だが、手の届く場所に杖が置かれているので、足が悪い事が伺える。

 前聞いた話だと、冒険者をやっていた頃に足に怪我を負ってしまい、それ以来足が不自由になったんだったか。


「まさか…………メリア? メリアなのか?」


「そうだよおとうさん! やっと! やっと見つけたよ!」


 搾り出すような声と共に男性が立ち上がり、その身体に引っ掛かった杖が音を立てて倒れた。


「オーキ……。オーキっ!」


 その音が合図になったのか、メリアさんが男性――オーキさんの元へ駆け出した。


「おおっ! おお……っ! メリア! メリア!」

「オーキっ! ああ! オーキ……!」


 大粒の涙を流しながら強く抱き締めあう二人と、少し離れた場所で、涙ながらにそれを見ているマリアさん。


 そして俺は、その様子を一人、さらに離れた場所から眺めていた。





 メリアさん、ゴール。

なんとかここまでたどり着く事はできました。

それも全て、今まで拙作をお読みくださり、応援いただいた皆様のおかげです。ありがとうございます。

話数的にもキリが良く、最終回のような〆になりましたが、レンの物語はまだ続きます。

これからもどうか、引き続きお読み頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん……大木さん(゜ω゜)? [一言] もうゴールしても……いいよね( ˘ω˘ ) 絶対オーキさんにも可愛がられる未来しか見えない。
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