7:宝石の隠し場所〈1〉
見慣れない人だった。初めての客――
その人はラウニーの30色入りのパステルを一箱持ってレジへやって来た。
「ありがとうございます。8460円です。お包みしましょうか?」
僕が言い終わらないうちに、
「謎を解いてほしいんです。宝石の隠し場所を捜し当ててください」
OK。僕は両親から引き継いだ店のHPに遊び心で〈画材屋探偵開業中!あなたの謎を解きます〉と掲げている。眼前の人はそれを読んだわけだ。
「私は進藤ハナと申します。翻訳の仕事をしています」
翻訳家の進藤ハナさんはとても素敵な女性だった。ガンクラブチェックのトレンチコートをなんともエレガントに着こなしている。白い襟足にかかるショートヘア、その栗色の髪を指に絡めながら言葉を継いだ。
「私の夫は宝石鑑定士です。私たちは去年の秋に結婚しました。暦で言う立春の頃、二月四日が私の誕生日なのですが、一緒になって初めての誕生日に夫は私のイメージにピッタリの宝石をプレゼントすると言ってくれました。凄く楽しみにしていたのですが――」
彼女は肩にかけていたトートバックから小型のキャンバス(1号サイズ220×220mm)を取り出してレジカウンターの上に置いた。
「!」
そこには薄紫の空を背景に星で象どった塔が描かれていた。
「美しいですね!」
嘘じゃない。凄くいい絵だった。かく云う僕自身、美大の油絵科を卒業している。腕前はともかく審美眼には自信がある。
「褒めていただいてありがとうございます。裏もご覧ください」
ひっくり返すとカードが挟んであった。
〈 大切な人へ
君の瞳に乾杯!
僕が贈る、いっしょになって最初のバースディプレゼントの宝石はこれです。
家の中に隠したのでぜひ探してみてください。
隠し場所のヒントは絵の中にあります。
こちらのカードの文言と、君が知っている〈僕〉を道案内にするといいよ!
成功を祈る。
君の夫より〉
「ねぇ、ヒドイと思いません?」
絵から顔を上げた僕に、依頼人は大いに憤慨して訴えた。
「男の人って、いつまで少年のままなのかしら? 悪戯が過ぎるわ」
とはいえ我慢できずにここでクスッと笑う。
「この絵は夫が描きました。探し出すための情報として必要のようですからお話しますと――私の知っている夫は、宝石鑑定という仕事柄、美しいものが大好きで映画鑑賞と絵やイラストを描くのを趣味にしています。他には原石の形成や採掘場所への興味から、地質学や考古学関係にも詳しいです。それから、言うまでもなくミステリマニアです」
再びここで悪戯っぽく微笑む。
「だからこういう真似をするんです。素直に手渡してくれればいいのに。一応、私も家中探したんですが見つからなくて……」
真剣な顏に戻って進藤さんは言った。
「ぜひともお願いします。画材屋探偵さん、私の宝石を見つけてください!」
勿論、僕は即座に承諾した。
「何、何? どうしたの?」
セーブル色のドアを押して、学校帰りのJK、来海サンが店内に入ってきた時、僕は黄色いゴッホの椅子(勿論、レプリカだ。似た形状の椅子をネットで探して購入、黄色い色は僕が自分で塗った)の背に例の絵を立て掛けて身動ぎもせずに見入っている最中だった。
「これ、まさか、新しい謎の依頼?」
ピュッと来海サンが口笛を吹く。
「凄い! 案外、世の中は謎に満ちているのね?」
「そうさ、この世は謎だらけなんだよ」
「で、今回は何なの? 詳しく教えて」
僕は絵を指し示した――
「宝石の隠し場所がこの絵に秘められているってさ」
「ふーん、星の塔かぁ。裏切りの塔にはなりませんように!」
サラリとこんな台詞を吐く来海サンも、そう、筋金入りのミステリマニアなのだ。※〈裏切りの塔〉は英国を代表する推理作家G・K・チェスタトンの傑作短編である。
「宝石鑑定士の若妻が持ち込んだ依頼でね、彼女への誕生日の贈り物の宝石を夫は家の中に隠した。その隠し場所のヒントがこの絵の中にある。絵は夫の自作。夫についてその他の情報としては、絵の他に映画鑑賞、地質学、考古学、そしてミステリ好き――」
僕は絵の裏側のカードを示しながら、
「さぁ、君ならどう解く?」
「うわっ、面白いわね。宝石を隠すお話はたくさんあるわ。私が真っ先に思い出すのは……」
来海サンはそこで口をつぐみ、まじまじと絵を眺めた。
しばらくして、目を輝かせて僕の方を振り返る。
「これ、星でできた塔よね? 星で象どった塔……星の形の塔……ということは」
「君も気づいた? フフ、僕もだよ」




