◆054 《身命同化》
呪いが消えたことで《吸精》されなくなった。結界の強度があがってタイムリミットが増えた。
とはいっても、基本的に事態は最悪な方向に推移していっている。何しろ、クリスの攻撃もリアの攻撃も、土御門さんや三条さんの攻撃ですら一切通じないのだ。
否、正確には、通じないのではなく吸収されてしまう。
「クソッ……《吸精》でエネルギーを吸われたのが理由か!」
「私どもの魔力は養分に還元できてしまうようですね……」
攻撃する度に《命枯らす樹》はメキメキと成長していく。既に東京ドームの天蓋はぶち破られていて、どこまで伸びているのか想像もできないサイズになっていた。
「あまねさん……これは、やるしかありませんよ……!」
「まって。本当にまって」
「ほら、もう他に手はありません」
妙に楽しそうな環ちゃんだけど、それが強がりなのは一目瞭然。顔は真っ青で、脚はガクガク。ルルちゃんに寄りかかっていないと立っていることすらできないだろう。
当然だ。
急激に成長する樹木にからめとられ、おれたちは死の間際まで追い込まれているのだから。
「あー、クソ……! 生き延びても地獄じゃん!」
「し、死ぬより絶対良いですよ!?」
「それはそうだけど! そうだけどさぁ!」
踏ん切りがつかないおれをクリスががしっと捕まえる。
「えと、く、クリス、さん?」
「しゃんとして」
「エッ、ハイ」
背筋を伸ばした瞬間、キスされた。
それも、頬に落とすような軽いものではない。
唇の隙間を舌でこじ開け、蹂躙するような濃厚なキスだ。
魔力が湧き上がるのとは別に、身体の内側に強烈な熱が渦巻くのを感じる。視聴者さんたちが大興奮してるんだろうな……。
「ありがとうございますクリスさん! さぁあまねさん、これより恥ずかしいことありますか!? さっさと覚悟決めてください! それとも、全員と濃厚なキスするところを生配信しますか!?」
「分かった! 分かったから!」
「あ、ピンチになったら――」
「ええええ」
ドン引き、というよりもゲンナリしながらもおれはカメラの前に立った。環ちゃんが即席で用意した切り札は、本当に思いつきなのか怪しいレベルでヤバかった。色んな意味で。
「えっと、あまねです。さっき環ちゃんが説明してくれたと思うけど、あの樹木のモンスターをやっつけないと、ホントの本気で死んじゃいます」
体内を渦巻く熱が少しずつ強くなっていくのを感じる。
面白がったり、嘘だと責め立てるような感情もあるけれど、そんなものよりもずっと多くの、暖かく優しい感情がおれに流れ込んできている。
みんなが、おれを応援してくれているんだ。
そう思うと、少しだけ勇気が湧いてきた。
「でも、クリスとかリアの攻撃は通じないんだ、アイツ」
すでに環ちゃんから状況説明は済んでいるので細かな説明はしない。
あとは、おれがやることを告げるだけである。
「だから、奥の手を使う。おれが変身してやっつけるから。応援して!」
同時に、環ちゃんに提案されたポーズを取る。仁王立ちになって両手でビシっとポーズを決めると、カメラ目線になって叫ぶ。
「変身! 魔法少女、マジカりゅ☆あまにぇっ!!!」
盛大に噛んだ。
しかも二回も。
でももう止めることはできない。
おれは自らの魔力を巡らせ、そこに皆からもらった感情を乗せて本来の姿へと戻る。
名を得たモンスター、《夜天の女王》へと。
捻じれた角はより太く、鋭く。
翼は自分を包めるほどに大きく。
身長はぐぐっと伸びて、胸の辺りが一気に苦しくなる。ワンピースの裾が太ももの上の方まで持ち上がる。
「ま、マジカル! あまね! 爆誕!」
言った瞬間、体内を駆け巡っていたエネルギーが全身を奔った。
視聴してくれている皆の感情が昂ったのだ。
分かる。
これなら、イケる。
そう、環ちゃんの提案とは、『あまねは変身したら強い』と思い込ませることであった。かき集めた強い感情に上乗せして、皆の認識まで書き換えるつもりなのだ。
うまく行くかはわからない。でも、ジリ貧のおれたちに出来る手は、これしかなかった。環ちゃんがうまいこと説明して、『おれが戦える』と思えるような理屈をくっつけてくれている。あとは視聴者さんがどれだけ信じてくれるかに掛かっていた。
これだけでもめちゃくちゃ恥ずかしいのに、環ちゃんが思い付いた奥の手を使わされることになったらこれの比じゃない羞恥がおれを待っている。
早めに決着をつけて、傷口が大きくなることを防ぐぞ!
「行ってくる!」
大きな翼で空気を打って飛び上がると、そのまま樹木の幹へと突撃した。
「神聖あまねブラスター!」
適当に叫んだ必殺技にあわせて、おれの拳から巨大な炎が吹き上がる。青白の炎は一直線に幹目掛けて飛んでいき、しかし飛び出してきた蔦に邪魔されて本体に届く前に掻き消えた。
一瞬にして大量の蔦を消し飛ばせたのでおれの攻撃はハッキリ有効だと言える。
しかし、《命枯らす樹》もおれと同格の名を得たモンスター。一筋縄で倒せるはずがない。
おれの炎で焼け落ちた先から再び新しい蔦が生えてきて、すぐに射線を塞いでしまう。
くうううっ! こうなったら手数で勝負だ!
イメージは悪いけど、臼杵氏の戦法をそのまま真似させてもらおう!
「あまねファイア! あまねサンダー! あまねバースト! あまねブレイク!」
迸る感情のままにたくさんの技を繰り出す。皆が期待してくれている今ならば、テキトーな技名を叫ぶだけでも充分なのだ。攻撃のたびにおれの手から炎や雷、熱湯や衝撃波が飛び出す。そしてそのたびに蔦や根が持ち上がり、幹への攻撃を防いでいく。
「っ! 遠すぎる!」
根や蔦を差し込めないほど接近してから全力全開でぶち抜いてやる!
おれの攻撃によってぽっかりと空いた空間に身を滑らせ、そのまま幹へと一直線に突撃する。
「うっ! ぐぅっ! よっ! はっ!」
次々に襲い来る蔦を身を捩って躱し、前に進む。
目指すは幹の中心、あの植物幼女の上半身が生えているところだ。
***
《命枯らす樹》は恨んでいた。
何故生まれてこなければならなかったのか。
何故苦しい思いをしなければならなかったのか。
生まれ落ちてすぐに枷を嵌められた。
蹴られ、殴られ、枯れてしまうほど攻撃された。
枯れてしまうことが怖くて、腐った汚水と血反吐の染みついた土から無理やり養分を吸収して生きながらえた。
その結果、生き残ってしまった自分はあの男に石造りの部屋まで運ばれた。
両の手足を楔で打ち付けられ、つぼみを切り落とされた。腕を足を身体をつぼみを――……
その後の記憶はない。
良い匂いがするところでお日様の光を浴びたような気がするけれど、間違いなく安全だと分かるまで休眠することを選んだのだ。
清潔な水を霧のように柔らかく掛けてもらい、温かな日差しに身を晒す。
とん、とん、とん、と柔らかいリズムで身体を揺らされる。
起きても大丈夫だろうか。
ここだったら成長してもいいだろうかと悩んだ直後。
呪いに塗れた、汚い水が掛けられたのを感じた。
鉄さび臭い、赤く濁った水だ。
――ああ、やっぱりだ。
――やっぱりだめだ。
――私を苦しめるための、罠だったのだ。
この世の中に良いことなんて一つもない。
優しさなんて一つもない。
あるとすれば、それはより確実に絶望を感じさせるための前奏のようなものだ。
絶望は怒りへと転じ、気付けばその身は名を得たモンスターへと進化していた。
混乱しながらも自分に掛かった呪いの汚水の元を絡め取った。
――もういい。
――もう、枯れたい。
それは、《命枯らす樹》の悲願にして、その字の示す通り最初に枯らすべき命だ。
自らを汚し、枯らすため、とびきりの穢れを自らにぶちまけた。汚水の元を軽く絞るだけで、根腐れするほどたくさんの汚水が零れた。
しかし、結果はどうか。
呪いも穢れも充分に染み込んだというのに、枯れることすらできない。
むしろ、呪いを取り込んだ自分の身体は暴走し、あらゆる命を枯らそうとしていた。
――違う。
――私が枯らしたいのは、私自身だ。
これほどの力を得て。
手あたり次第に生き物を貫き、潰し、絞り。
それでも枯れることすらできない。間違いなく絶望であった。
生きながらえようと愚かな行動を取っていたことが原因か、目覚めた権能も延命のためのものばかりであった。
血液を媒介にしてあらゆるものから栄養を絞る《血は水より濃い》。
エネルギーを消費して無限に成長することができる《無限光》。
他の生命と自らを混ぜ合わせる《身命同化》。
どれを使っても枯れることなどできるはずもない。
その上、何を目的としているのか、暴走した体は目の前に生物を持ってきては、自らに汚水が掛かるように絞る。
呪いを洗い流したいのか、それともさらなる呪いを求めているのか。
もう、どうでも良かった。
目を閉じて、身体が暴れるに任せようと思った、その瞬間だ。
――ッ!?
――なんで!
――なんで、なんで、なんで!?
心を激しくかき乱すものが目に飛び込んできた。
狩衣を着た長髪の少女。鋭く尖った蔦で手足を貫かれ、磔にされた少女が、蔦に引きずられてきたのだ。気を失っているのか、目を閉じたまま動かないその姿を見て、自らの過去がフラッシュバックする。
磔にされ、理由なき責め苦を受けた過去が。
――駄目、駄目、駄目っ!
――それじゃあ、あの男と同じになっちゃう!
どこか懐かしさを感じるその魔力に戸惑いながらも、必死でその生物を絞ろうとする身体に抗った。
――絶対に駄目ッ!
――絶対に嫌ッ!
しゅるりと伸びた蔦がその生き物を《命枯らす樹》の眼前に持ってきたとき。
《命枯らす樹》は諦めることなく、少女を救うための最善手を取った。
自らに取れる、数少ない手札の中から、その命を枯らさずに済む権能を発動させたのだ。
枯れることができないならば。
暴走する身体が自ら枯れることを選ばないのであれば。
――この子を私に混ぜてしまえば、枯らされたりはしないはずだ。
幸いにも、枯れることを良しとしない《命枯らす樹》の権能は延命のためのものばかりであった。
「――《身命同化》」
瞬間、二つの命が溶け合った。




