◆029 暴露
「なるほど、リアーナちゃんですか」
「? 何がなるほどなの?」
「人間関係の基本は名前からです。すぐ仲良くなってみせます」
「まって」
「んふふ、勇者候補ってことは初心でしょうし楽しみですね」
「まって」
剣戟と魔法が弾ける中、環ちゃんはとんでもなく邪悪な笑みを浮かべてマイクを握った。思わず、おれの怒りが冷めてちょっと引いてしまうくらいの笑顔である。
『勇者候補のリアーナさん。そして聖都のみなさーん。聞こえますかー? 聞こえてますねー?』
煽りが多量に含まれた野次っぽいことばは完全に無視されているけれど、このまま続けるつもりらしい。というか耳がおかしくなりそうな大音量である。
忍び込む前、せっせと街中に設置していたスピーカーはすべて起動しているのか、外からも少し遅れるように環ちゃんの声が響いてきた。
これ、今以上に人が集まっちゃうんじゃないか……?
思わず止めようとするけれど、環ちゃんは分かってますと言わんばかりにおれに向けて頷いて、ことばを続けた。
『聖教国上層部は元勇者であるクリスさんが裏切ったと発表したようですが、クリスさんは裏切ってなんていません。聖教国こそがクリスさんを裏切ったのです。それどころか、聖教国は信奉する聖なる神をも裏切り、貶めました!』
「言いがかりはやめていただき――くっ!」
イスカールが環ちゃんのことばを遮ろうと怒鳴るが、柚希ちゃんと葵くんの猛攻に口を閉じさせられる。その隙に、環ちゃんはにっこり笑いながら演説を続けた。
『今から、その証拠をお聞かせしましょう。上層部の皆さん、覚悟は良いですかー!? さて、声を保存できるという神代の魔道具によって保存した、聖職者の皆さんが商談をしている様子をお聞かせしましょう!』
そんなコールにレスポンスが付くはずもないけれど、環ちゃんはスマホをタップした。
サァ、とホワイトノイズが混ざった音声が流れる。
録音した音声だ。
『――で、いくら積めばそれを売ってもらえる? 金でダメならば奴隷もつけよう。好みの者がいればそいつを嵌めて奴隷にしてやるから言ってみたまえ』
『魔法が使えるものが良いか? それとも、見目の良い男が良いか? 何ならイチモツの大きさで選んでも良いぞ? 好きなだけ味見してから一番具合の良い奴を選べばいい』
『私が枢機卿になった暁には貴様のことも重用してやっても良いぞ。中々いい身体をしているようだから、褥にも呼んでやろう』
『猊下は神代の品に目がないからな。それだけの品を送れば覚えもめでたくなるに違いあるまい。金は信徒からいくらでも絞れる。欲しい額を言うが良い』
『くははは。我が元へとそれを運んできたことをほめてやろう。神もお前を祝福していたということだな。今夜、じっくりと教義を説いてやろうではないか。お前の態度とサービス次第では聖教国での身分も保証してやるぞ?』
流れ出るのは、明らかに複数の男の声。間がブツブツ切れているので、きっと幾つかの録音を繋げたものだろうな。
……クリスと環ちゃんが事前に異世界旅行をしていたときに用意したんだろう。流石環ちゃんというべきか、それともドン引きするべきか。
密室での商談ともなれば権力と金の殴り合いになるのが常だろう。ましてや、社会主義系の宗教国家の上層部がまともなはずもない。
商人同士やただの貴族であっても問題になりそうな内容。建前であっても教義を謳っているはずの宗教関係者にとってはどう考えても致命的だ。
異世界の常識は知らないが、少なくともおれはそう思うし、環ちゃんがこうして切り札として用意した以上、きっと異世界の常識でも致命的なんだろう。
マジか、と思いながら環ちゃんを見ると、環ちゃんはにっこり笑いながらマイクを振り回す。しかし、その目は冷え切っていた。
あ、これ怒ってる。ガチギレしてるときの表情だ。
クリスへの仕打ちか、それとも幼子への仕打ちか。イタズラとかそういうノリじゃなくて、環ちゃんも本気で怒ってるんだ。
『お聞きになりましたかー!? 今の発言はヴェパリア地方のサンディル大司教、ニースのガリアン大司教、そしてベッドの上で女性に教義を説こうとしたのは聖都第三区のホフマン枢機卿です! 教義を持ち出して女性をベッドに誘うなんて、信仰に唾を吐く卑劣漢ですね!』
あー、名前も含めて暴露か。
記者会見とか、弁明の場を作れないこの世界では致命的な瑕疵である。もし当事者を知っている人が聞けば、本人の声かどうかくらいは分かってしまうだろうしね。
『続きまして、商談を終えた後の部下への指示とか独り言です。こんなのまで記録できるなんて、神代の魔道具はすごいですねー。さて、商談中は真面目で良い人そうだったレンバッハ司教から参りましょう!』
再びの操作。
やめろ、とイスカールが叫ぶがそんなもので止まるはずもない。
『ふん、所詮は女の浅知恵。おい、宿屋をつけて、一切合切を奪ってこい。全員殺して――いや、あのバカでかい胸の従者はそれなりに楽しめそうだから殺さずにわしの寝室まで連れてこい』
『ふん。浅ましい奴だ。信仰の証にそれを寄越せと言うておるに、金貨金貨と騒ぎおって。紙と便箋を用意しろ。適当な冤罪で首を落として全財産を没収してやる』
『奴等の拠点を調べろ。野盗の振りをして皆殺しにするぞ。ああ? アレが手に入るならば何人殺しても構わん! 破落戸も好きなだけ雇え! 護衛も数人だったんだ。スラムで金をバラ撒けばすぐ集まるだろう!?』
気づけば、剣戟が止んでいた。
リアーナは大剣をだらんと降ろした状態で環を見つめている。声の主に知り合いでもいたのか、眠そうにしていた目を驚愕に見開いていた。
信じていたものが全て崩れて、動けないのかも知れない。
「……リアーナ! 何をしている! さっさとクリスを始末しろっ!」
流石にクリスもかつての自分と同じ状況に置かれているリアーナには思うところがあるのか、手を出さずに――
「隙だらけだ」
手を出すなよおおおおおおおおおおおおおお!?
リアーナにヤクザキックをかまして廊下の端っこまで吹き飛ばすと、クリスは良い笑顔を向けた。
「さて、残るは貴様だけだな」
「ば、馬鹿が! これだけの騒ぎだ、すぐに人が集まるぞ!?」
「それで?」
「貴様は終わりだ! 四肢を切り落として犯してから豚の餌にしてくれるっ! 聖教国に歯向かったことを――」
「死ね」
ただでさえ葵くんと柚希ちゃん相手に押されていたのに、そこにクリスまで加わるとなれば、結果は火を見るより明らかであった。
『クリスさーん! 殺しちゃ駄目ですよー!』
高速で行われる剣戟の中、クリスが一瞬立ち止まってあからさまに嫌そうな顔をこちらに向けた気がするけど気のせいだよね? ね!?
余裕すぎませんか!?
何はともあれ、クリス暗殺の実行犯であるイスカールはあっさりと捕らえることに成功した。柚希ちゃんが管狐を使った捕縛術で縛り、今は無様に転がっている状態である。
「どうせすぐに仲間がくる! そうしたらお前はおしまいだ!」
「……あまね」
「駄目」
直球ストレートって感じの視線で察してしまうけれど、こんな野郎のためにクリスが人を殺すなんて、絶対に耐えられない。
クリスは、人を守るために勇者をやってきたんだから。
そう考えながらも、本音で言えばおれもこの男は生かしておいちゃいけないとも思う。
クリスの件だけではなく、さっき保護した幼女のことまで考えたら、こいつは生きていることこそ害悪な気がする。
「斬っちゃ駄目?」
「……………………駄目」
質問が直球ストレートから剛速球のデッドボールに変わったけど、それでもクリスに人殺しなんてしてほしくない。
どうしたものか。
ちなみにイスカールが頼みにしてる援軍だけれど、環ちゃんの暴露でそれどころではない事態に陥っている。
建物の内外問わず、至る所で魔力が弾け、罵声や怒号が聞こえ始めたのだ。
ルルちゃんセンサーによると、
「みんな、怒ってる、です。あちこちで、戦ってる、です」
とのことで、環ちゃんの暴露が導火線となって、群衆や敬虔な信徒たちに火が付いたらしい。
暴動である。
どうするべきか、と悩んでいたところで環ちゃんが提案をする。
《収納》から調味料や保存食、お菓子の類が詰め込まれたバスケットを取り出す。
「過去の革命から鑑みるに、こいつもほっときゃ革命軍による処刑コースが待ってると思いますが」
言いながら取り出したのは、グミの入った袋。
「それじゃあ気が済みませんので、ちょっとだけ仕返しします」
「……!?」
「……っ!」
思わずルルちゃんとクリスが身をこわばらせるのは、グミの造形が原因である。
「みーみーずーグーミー!」
どこぞの猫型ロボットみたいな口調で説明すると、封を切って中身を取り出す。指で摘ままれているのは極彩色に着色された、ゼラチン製のミミズだ。
普通に悪趣味だと感じるけれど、ネット通販で普通に売ってたとのことなのでそういう需要もどこかにはあるんだろうな、きっと。
主に環ちゃんとかに。
「ま、まて! なんだそれは!?」
「えー、知りませんかー?」
環ちゃんは指をこするように動かし、ミミズグミがぴくんぴくんと動いているかのように見せる。
こういうのを用意した時に、小技まできちんと練習したんだろうな。本当に環ちゃんらしい。
「ほら、前にクリスさんと、コレが発生した村にいったことあるんじゃないですかー?」
「え……あ、待て! 待ってくれ!」
「何でしたっけ、ヒトに取り付くと脳で爆発的に増えて――」
「私が悪かった! 謝る!」
「ああそうだ、ヴィバガラド、でしたっけ」
「命令で仕方がなかったんだ! 私も本当はやりたくなどなかった!」
「奇遇ですね、私も本当は貴方なんかにこんなことしたくないです。虫唾が走るので。――はい、あーん」
世界一羨ましくないあーんをされたイスカールは、恐怖のあまり失神した。
ガックリと力を失い、同時に、
「……あ、あまねしゃま……たしゅけて、です……!」
漏らしていた。
五感の鋭いルルちゃんが幼女を抱えたままガッツリ身を引いている。うん、鼻をつまめないから辛いよね……でもおれの髪の毛をくんくんして落ち着くのはなんか違うと思うからやめよっか。
「そんな良い香りじゃないと思うんだけど」
「おちつく、です。おはなのかおり、です」
えーっと……こないだは柚希ちゃんに髪洗ってもらったから椿油の入ったシャンプーだったかな。
そんなことを考えて現実逃避している間に、環ちゃんはにっこり笑って袋に入っていたグミの残りを気を失ったイスカールへとぶちまけた。
「さて、行きましょうか」
……エグい。
やり口というか、追い詰め方というか……これ、本気でエグい。
ミミズを見た時のクリスやルルちゃんの様子から察するに、いくら偽物とはいえこの世界だとシャレにならないレベルの嫌がらせだろう。
さっき環ちゃんは革命軍が処刑すると予想を立てていたけれど、こんな状態で発見されたら問答無用で焼き殺されたりするんじゃなかろうか……それでも良いか、と思ってしまう自分に嫌気が差すけれど、助けてやる気は欠片も起きない。
思いっきりドン引きしながらも、環ちゃんを本気で怒らせたりしないように気を付けようと、硬く誓った。
「おれたちが異世界にいるときに大悟って何してんのかなー」
「自分っすか? 昼間は大学行きながら梓ちゃんとデートっすね」
「ナチュラル惚気うぜぇ……生活リズムにデート入れんなよ……夜は?」
「エロゲやってるっす」
「おい、彼女持ち」
「二次元と三次元は別モノっす。先輩だってたまにやってるじゃないっすか」
「おれは良いんだよ! 魔力を得るためだし!」
「自分も魂の潤いを得るためっす」
「ちなみにタイトルは?」
「『らーめん娘! 各都道府県のらーめんと女の子を食レポする人気配信者の俺』ってやつっすね」
「何それ。食レポで食べちゃうぞ的な感じ? うまいこと言ってると思ってる?」
「今、三週目で、スチル集めのために北海道の味噌系らーめんを攻略してるっす」
「エッ……女の子じゃなくて、らーめんを攻略……?」
「出汁を取る具材の種類とか量とか、煮込み時間を変えて再現するっす。そしたら女の子はオチるっす」
「全然わかんねぇ……」
「赤味噌&ラー油白髪ネギのピリ辛プレイは終わったんで、今度はコーンバター責めっすね」
「……大悟、日本語でしゃべってる? まったく理解できないんだけど」
「あ、明日は二回更新するっすよ」
「エッ!? このタイミングで告知するの!?」
「するっす。明日は09:00と21:00の二回更新っすね」
「もしかして日曜日も?」
「するつもりみたいっすね。ストックあんまりないはずなんすけど」
「みんな! 読み飛ばしに気をつけてね! 朝と夜の二回更新だって!」
「さて、告知も終わったことだし、スチル集めに戻るっす。北海道の次は青森……ニボシ系っすかね」
「あれ、コーンバター責めは終わったの?」
「終わったっす。蕩けたバターの濃厚な味とコーンのツブツブ食感がたまらないとか言ってたっす」
「深読みすると微妙にえっち、なのか……?」




