17.円卓?
ヤジママコトが「すべての国と組織の連合」の第一回総会の開催を宣言。
ついては所属する国家および団体に対して「国連大使」の派遣を要請する。
大使および随行員の居住施設は派遣国にお任せするが、ご希望であればヤジマ財団がご用意させて頂く。
経費は要相談。
そういった内容の「親書」が一斉に送られてから一月。
って、俺が一般名詞みたいになっているんですが?
まあいいけど。
それについて事務局には対象国および団体からの質問が殺到しているらしい。
疑問の焦点は「国連大使」だった。
旧ミルトバ連盟は定例会を開く時以外はわずかな人数の事務局が活動していただけで、各国とも専任の担当者はいなかったらしいんだよね。
つまりあくまで臨時の会合だと捉えられていたわけだ。
代表者もその都度選ばれて派遣されていた。
でも「すべての国と組織の連合」は違う。
歴とした常設組織なのだ。
参加するのは代表者ではなく「大使」。
所属する国もしくは団体の意志を表明し決定を下す立場だ。
もちろん統治者の意志を遂行するためではあるけど、総会や委員会においてはリアルタイムで発言し決断する必要がある。
だから代表者とかじゃなくて「大使」を送れと。
ここに至って初めて、参加各国は「国連」という組織の性格を理解したらしかった。
それはひとつの「場」だ。
二国間で何か協定や条約を制定する場合、それぞれの権限者がある場所で会談して色々と取り決めを行うわけだ。
その「場」はその都度設定され、会談後に消滅する。
対して「すべての国と組織の連合」の場合はそれが恒常的に存在し、関係各国の常駐の大使が「委員会」という形で取り決めを行う。
しかも一対一ではなく、多対多で議論し全体をまとめるための組織なのだ。
「大使は所属国もしくは組織の利益代表でございますね。
そうなると生半可な者は選べないということで、各国では慎重に人選を行っているとのことでございます」
ユマさんの報告によれば、それでも北方諸国における大使の人選自体は困難な事ではないらしかった。
国の利益代表になれるような立場の人は限られているからね。
宰相とまではいかないにしても、外務大臣級でなければ任せられない。
「問題は国連大使に相応しい組織力学上の立場や地位の者が複数いる場合でございます。
大半の国ではたったひとつの国連大使職を巡って死に物狂いの攻防戦が繰り広げられていると報告を受けております」
さいですか。
大変ですね。
まあ、判る気はする。
ソラージュに赴任して、他の国の似たような立場の人たちと親しく交われるのだ。
普通の大使ならあくまで赴任国の外務省などが相手だが、この場合は全世界だ。
外交官なら一度はなってみたい立場だろうから。
「それもございますが、本当の理由は『すべての国と組織の連合』の仮会議場の立地条件でございます。
さらに大使に与えられる待遇」
何で?
王都郊外だよね?
立場も普通の大使とあまり違いがないような。
「まずはヤジマ財団がご用意させて頂く国連大使館でございますね。
列強は別にして、北方諸国の外交官にとっては夢のような条件でございます。
王都の北方諸国各国の大使館は、ほとんどがはっきり言ってアレでございますので」
なるほど。
北方諸国は貧乏だからな。
地球だって同じだ。
大使館というと普通は立派な屋敷とかを思い浮かべるけど、例えば東京にある外国の大使館はピンからキリまであるらしい。
もちろんアメリカとかイギリスとかそういう大国の大使館は都内の一等地とかにでかい屋敷を構えているけど、アフリカの某国とかアジアのよく判らない国なんかは大変だ。
雑居ビルの一室とかマンションの部屋とか、そこら辺のサラリーマンの家と変わらないような「大使館」もあるらしいんだよ。
貧乏な国の外交予算なんか知れている。
その中から大使館の維持費を捻出しなければならないのだ。
東京を初めとする先進国の首都の家賃は高すぎて、マンションとかの一室を確保するのがやっとだとか。
しかも金がないからと言って家賃が安い郊外や田舎に大使館を構えるわけにもいかないからね。
それと同じ事がこっちでも起きているわけか。
「ヤジマ財団が大使館を用意するって?」
「その通りでございます。
リーズナブルなお家賃で提供させて頂く予定です。
もっとも国連大使職が人気なのはそれが理由というわけではございません。
ヤジマ財団の施設でございますので、当然諸々のサービスが利用可能と」
あれか。
ヤジマ食堂だな。
多分宿舎の近くとか「すべての国と組織の連合」の会議場にも併設されるんだろう。
そして、関係者は割引価格や下手すると無料で食い放題。
それはみんな必死になるよね(笑)。
あれ?
でも北方諸国って既に王都に正規の大使館があるのでは?
「ございますが、それはあくまで『在ソラージュ大使館』です。
元々の大使が赴任していらっしゃいますし『すべての国と組織の連合』の大使と兼任は出来ません」
それはそうか。
俺だって親善大使として外国に行った時は、その地のソラージュ大使館とはほとんど没交渉だったからなあ。
同じ大使と言っても目的が全然違うのだ。
例えば北方諸国のどこかの国のソラージュ大使は、あくまで自国とソラージュの間を取り持つために存在している。
それに対して「すべての国と組織の連合」の大使は全世界に対して自国の利益を代表する立場なんだよ。
場合によっては主張する内容が違ってくる可能性すらあるわけか。
地球でも、例えばニューヨークに滞在している日本の国連大使は日本の在米大使館に事務所があるとは思えないからな。
兼任不能と。
「判りました」
「それもまた諸国での内紛に繋がっているようでございますね」
ユマさんが苦笑して言った。
「北方諸国の在ソラージュ大使は、自国内ではそれなりの立場におられます。
つまり発言権が強い。
自分を国連大使にしろと主張する方も多いかと」
そりゃそうだ(笑)。
同じ大使と言っても待遇が全然違ってくるかもしれないからなあ。
国連大使をやりたがるわけだ。
まあいい。
「で、どうなの?」
「あまり決まらないようならまた我が主から最後通牒を送ればよろしいかと。
まだ予定は流動的ですが、第一回総会は春頃になるかと存じます」
さいですか。
まあ、好きにやって下さい。
俺は出なくてもいいんだよね?
「そうでございますね。
一応、最初のご挨拶はして頂きたく」
そのくらいならいいか。
くれぐれも事務総長とか何とか局長とかを持ってこないようにお願いします。
「お心のままに」
これで何とか安心だ。
ユマさんは俺の命令は忠実に守ってくれるからな。
問題は言わなかったことについては行間を読みすぎて途轍もないことになってしまうんだけど、俺に被害が及ばない限りは関知しないからいい。
数日後、まだ寒いのであまり外出はしたくなかったんだけど、ユマさんが是非というので新しい「すべての国と組織の連合」の仮会議場とやらを視察した。
「仮」と言う割には立派な建物で、どうみても半年やそこらで完成するもんじゃないんですが?
「その通りでございます。
最初はヤジマ学園の大講堂として計画された施設で、少し設計を変更して完成しました」
周りの景色に何か見覚えがあると思ったらヤジマ学園の近く、というよりは隣接する区画だった。
割と近くに教団の大教堂が見えるし、セルリユ興業舎からもそんなに離れていない。
中に入ってみるとそのまま「講堂」だった。
もっとも座席は巨大な円卓で、日本にいた時にテレビで見た国連の安全保障理事会にそっくりだ。
「この構造は我が主が教えて下さったと記憶しておりますが?
参列者に序列を作らない、素晴らしい配置かと」
俺、そんなこと言ったっけ。
適当な事を喋りまくった記憶しかないし、それもあやふやだからなあ。
国連安全保障理事会の話もしたかもしれない。
でも円卓型の席配置ならララエの大公会議でもやっているし、そんなに珍しいというほどのものでもないんじゃないの?
「ララエ公国の場合は統治者たる大公が複数存在するためでございますね。
封建制度における組織ではなかなか見られない構造でございます」
それはそうか。
考えてみればアーサー王の円卓が有名なのは、あの時代にはそんなものがめったに見られなかったからなんだよ。
身分がある世界だとどうしても序列というものが表面に出てくるからね。
みんな平等に、というわけにはなかなかいかない。
「『すべての国と組織の連合』ではその理想が実現する事になるわけでございます。
もちろん、すべての上に君臨する我が主を除いてのことでございますが」
ユマさん、怖いから(泣)。




