9.サプライズ?
オウルさんが部屋に引き上げた後、ユマさんとフレスカさんが更に詳しい話を聞かせてくれた。
というのは疑問があったんだよね。
帝国にはホルム王家という皇帝が存在しない場合に代行を務める領主家があったはずなんだよ。
わざわざ「代帝」なんていう役職を作らなくても、皇帝陛下が帝都を空けている間はホルム王が代行すればいいだけなんじゃないの?
「初代皇帝陛下もそのつもりで命じたそうです。
ところが当時のホルム王、つまりホルム領の領主は『初代様』でございました」
あ、なるほど。
オウルさんのご先祖で元ホルム王国の王子、そして初代皇帝陛下の追っかけだった人か。
それはそうだろうなあ。
追っかけに対象が不在の間の代理をしろと言っても聞くわけがない。
「初代皇帝陛下が親征を行うのなら、第一の盾である自分がついていかないでどうする、と主張されたと記録に残っております。
どうしてもやれというのなら自決すると」
うわあ。
それは駄目だ。
そもそもストーカーに理屈なんか通じないからな。
でも忠義であることは間違いない。
罰することも出来なくて、結局は「代帝」を立てる羽目になったわけか。
「もちろんそれだけが理由ではございません」
フレスカさんが言った。
「ホルム王家はあくまで非常時の代理統治者というお立場です。
次の皇帝が決まるまでの繋ぎとしての役割を期待されておりますので、皇帝の代理としてのお立場とは微妙に違います」
フレスカさんの話では、当時の帝国議会でも色々検討した結果、代帝を置くことに決まったのだそうだ。
ホルム王家は皇帝や帝国政府とは積極的には関わらない。
下手に政治に踏み込むと色々と問題が起きる可能性があるからだ。
万一出番がある時は、あくまでも象徴として帝国の頂点に立つことになる。
何事も穏便に。
そうして時間を稼いでいる間に紋章院が次の皇帝を決めるわけだ。
これに対して代帝は文字通り皇帝陛下の代理なんだから、皇帝陛下の命令に従って実際に帝国を統治する責任がある。
そのためには普段から皇帝や帝国政府と親しく接触して信頼を得ている者でなければならない。
「代帝とホルム領の領主に期待されている役割は似ているようでまったく違います。
そのため、代帝は必要な時にその都度立てると決められております」
ちなみに代帝は皇帝が自由に選ぶことが出来るけど、帝国議会の承認が必要なんだそうだ。
なるほど。
で、皇太子殿下はフレスカ皇女を代帝に選んだと。
ていうかまだ皇帝になってませんよね?
「予約ということでございますね。
現時点ではもちろん皇帝陛下が健在であられますので、フレスカ様は候補でしかありません」
ユマさんの返答にフレスカさんが続けた。
「ですがオウル様は戴冠と同時に親征を行う予定ですから、私もオウル様の側に侍らせて頂いているので」
そうやってオウル様の信頼を深めると同時に側近にも馴染み、事あればオウル様の代理がこなせるように修行中です、とフレスカさん。
何てこった。
オウルさん、完全に俺のストーカーと化してしまっている。
皇太子の間だけかと思っていたら、皇帝になってからも親征と称して俺に張り付く気か。
いいのかよ?
「皇帝陛下の勅許を頂いております。
それにオウル様が戴冠すれば、どちらにしても止められる者など存在しないかと」
皇帝だからな。
やり放題か。
でも皇帝が玉座にいなかったりよその国の大公の側なんかに侍っていたらヤバい気がするけど。
ユマさんが微笑みながら言った。
「普通の大公と皇帝でしたらそうかもしれませんが、我が主とオウル様でございますので。
特に我が主は帝国でも圧倒的に人気があって、一部では今からでも遅くないからと帝国皇帝に推す声も上がっていると報告にございます」
判りました(泣)。
オウルさんがついてくるのは我慢します。
帝国皇帝にされたりするのに比べたらまだマシだ。
だってそれ、オウルさんが聞いたら積極的に賛成に回りそうなんだもん。
今はあくまで「忙しい? 俺に代わって帝国を統治する従者」だと思っているから皇帝をやる気になっているだけらしいんだよ。
いかん。
帝国皇帝にされるくらいならまだオウルさんにつきまとわれる方がマシだ。
この件はここで封印しよう。
俺たちの軍団(違)はソラージュ王都セルリユの郊外で一泊した。
具体的に言えばセルリユ興業舎の宿舎だ。
ヤジマ財団や帝国騎兵隊の全隊を収容できる施設がそこくらいしかなかったんだよ。
それでも足りなくて、一部はヤジマ学園などに回ったそうだ。
俺はヤジマ屋敷に帰りたかったんだけど、勅令で世話をしていることになっている帝国皇太子ご一家を放り出すわけにはいかない。
嫁や子供たちに会うのは明日までお預けかとがっかりしながら部屋に通されるとサプライズが待っていた。
「貴方。
お帰りなさい」
嫁が!
「ぱぱ、ぱぱ!」
「……ぱぱ」
娘と息子もか!
足元にどしんとぶつかってきた娘を受け止めて抱き上げる。
息子の方は嫁に抱かれたまま俺の方に手を伸ばしてきたので、娘を抱いたまま近寄って小さな手を握ってやった。
意外に強く握り返してくる息子。
でかくなったなあ!
そして嫁だ。
お互いに子供たちを抱いているので軽く頬にキスしただけだった。
いや、さすがに子供達の前ではね?
「驚いたよ」
「ラナエの手配です。
息子も馬車に乗れるくらい首が据わってきましたので」
そうか。
ラナエ嬢様々だな。
いやもう嬢ではおかしいか。
まあいい。
「とりあえず座ろう」
「はい」
ソファーに並んで腰掛ける。
娘を降ろすとすぐに俺の膝の上によじ登って座り込み、よりかかってきた。
俺を見上げてから何かに気がついたように慌てて言う。
「ぱぱ、おかえりなさい」
おお、もうご挨拶も出来るわけか。
そういえば俺が出発する時にオウルさんの息子さんたちと一緒に芝居もどきをやっていたくらいだからな。
北方種、いや母親譲りの成長ぶりで純北方種に近いんじゃないかと思える娘ならそのくらい当然だ。
今も見たところ、俺の感覚では三歳児くらいに見えるし。
「ただいま。
シーラ」
返してやると娘は俺の膝の上で身体の向きを変えてぎゅっと抱きついてきた。
恥ずかしいのか顔を隠している。
可愛い。
軽小説的な感覚じゃなくて多分父性愛だと思う。
「ぱぱ」
俺が幸せに浸っていると隣に座った嫁に抱かれている息子が呼びかけてきた。
こっちも成長が凄いな。
もう俺の方をしっかり見ながら手を伸ばしている。
その小さな手の平に指で触れてやると一生懸命握りしめてくる。
うーん。
こっちも可愛いというか、凄い。
だってもうイケメンなんだよ!
まだ一歳の誕生日も来てないはずなのに。
しかもただ身体の成長が早いだけじゃなくて、明らかに明白な知性を感じる。
言葉はまだ単語になってないけど、魔素翻訳ではむしろ明瞭と言っていいくらいの意志を感じるのだ。
とてつもない逸材なのでは。
「貴方。
わたくしもおります」
いや、忘れていたわけじゃないよ。
ていうか傾国姫を無視できるわけがない。
鈍い俺ですら圧倒されるほどの存在感だ。
久しぶりに感じたけど、パワーアップしているのでは。
「何か変わったことはない?」
「ありません」
思わず嫁の腹の辺りを見てしまったけど、残念? ながら平たかった。
いや手紙をやり取りしているから妊娠していたら教えてくれないはずがないんだけどね。
出発する前に頑張ったんだが駄目だったらしい。
「もうソラージュにお帰りになられたのですから」
嫁が頬を染めて言った。
「そうだね」
また頑張ればいいか。
いや、みんなの無言の圧力がきついんだよね。
俺の子供は狙われている。
俺にはその気がないと口を酸っぱくして言い続けた結果、やっと側室とか愛人の売り込みは収まったんだけど、今度は子供達への期待がきつくなっているのだ。
息子はヤジマ大公家の跡取りだから獲るのは無理だとして、娘はいずれどこかに嫁に行くことになる。
持参金付きで。
物凄いことになるのは今から目に見えているんだよ。
娘が嫁入りした国は国力が飛び抜けてしまうかもしれないのだ。
でも娘は今のところ一人しかいないので競争率は絶望的だ。
列強を含めた各国の王家が一斉にゲートインしているんだもんなあ。
特にソラージュ王家は何としても嫁る気みたいだし。
今のところソラージュ有利。
だったらもっと子供を増やせということで嫁への圧力も凄いことになっているとか。
「望む所です」
いやハスィー、そんなに張り切らなくても(汗)。




