6.洗脳?
色々と疲れる事も多かったトルヌ皇国の滞在もこれで終わった。
後は帰るだけだ。
「陸路になるの?」
「海路を取るにはララエ公国を経由するしかありませんが、日程的にはさほど変わりませんので」
ユマさんによれば、ララエ公国はトルヌよりもっと寒いそうだ。
特に公都サレステは海に面しているために内陸より早く冬が訪れるとか。
確かに寒かったな。
嫁の胎内に娘がいたために移動出来ず、冬をサレステで過ごしたっけ。
メチャクチャ寒かったけど、あれでも暖冬だったらしい。
嫌だよまたあんな所に行くのは。
「だとすればエラ経由で帰国するしかありません。
もっとも現在の状況で王都エリンサに寄るのはどうかと」
それはそうだよね。
ルリシア殿下の王太女登極。
ミルトバ連盟の解散と「すべての国と組織の連合」の設立。
その裏にいるらしい俺がエリンサに行ったらどうなるのか。
「止めよう」
「はい。
エリンサを避けてソラージュに向かいます」
迂回すると遠回りにはなるけど一応街道が通っているそうで、何とかなるらしい。
助かった。
皇王陛下に公式に謁見してお別れを告げると、俺たちはトルヌ皇国を立った。
「救世主ヤジママコト」との別れを嘆く大合唱がウザくてずっとカーテンを閉めて馬車に閉じこもっていたから周りの様子は判らなかった。
盛大な見送りだったそうだ。
止めて(泣)。
ずっとついてきていた群衆の声が聞こえなくなって、俺はやっと解放された。
さらばトルヌよ。
もう二度と来ることはないだろう。
ふと思いついて御者席に上がってみたら、さして広くない街道は前も後ろもぎっしりと馬車や護衛の人たちに埋め尽くされていた。
それどころか街道の両側を野生動物の人たちが並走している。
あれは?
「この辺りに住む群れの方々のようです。
好奇心がお強いようで」
そうなのか。
まだヤジマ商会と雇用関係にない野生動物たちも多いんだな。
「希望者が多すぎて雇用を制限しているそうでございます」
ユマさんが教えてくれた。
「最近ではよほどの技能があるか、あるいは有力な舎員の推薦でもなければ滅多に雇用されないと聞いております。
就職したい野生動物の方々のための『学校』の設立を希望する声が高まっているとの報告で、現在ヤジマ財団で検討中でございます」
何と。
ついに野生動物の世界にも就職難が。
まあ確かに希望者を全員雇えるほどまだ仕事があるわけじゃないだろうからな。
仕事は人間社会の独占だ。
基本的に野生動物同士では商売が成り立たない。
お互いに欲しがるモノを持っていないし、作ることも出来ないからだ。
ていうかそもそも野生動物って何か作る場合でも自分の分しか作らないから。
ビーバーがダムを作るのは有名だけど、それらは全部手作りで自分が使うためのものだ。
他の野生動物はそんなものを欲しがらない。
衣はともかく食住は自分たちだけで完結しているんだよね。
稀には共生関係が成立していたり、他の種族に寄生したりする種もあるらしいけど、それはお友達やタカリみたいなもので商売ではない。
一方、人間は野生動物が欲しがるモノを色々作れる。
一番大きなものはやはり美味い飯だろう。
料理という技能は人間が独占している。
調味料とかもそうだ。
他には雨を防ぐ家とか病気や怪我の治療なんかも人間の独占事業だ。
要するに野生動物が金を儲けるためには人間と関わるしかないんだよ。
そして人間のサービスを受けるためには金が必要だということで。
「搾取されたりしてない?」
「自由競争でしたらそうなっていたでしょうが、幸いにして現在はヤジマ商会関連企業の独占事業でございます。
需要と供給を制御出来ますので」
凄いな。
これが誰でも野生動物を雇えるんだったら過当競争で大変なことになっていたかもしれない。
ブラック企業が頻出していたりして。
野生動物会議はそれを見越して俺という緩衝物を置いたのかもなあ。
「最近は『雇用』という手段以外で人間社会に入り込む野生動物も増えているようでございます」
ユマさんが何気なく教えてくれた。
「というと?」
「人間と野生動物の間には古くから『友』という結びつきがございます。
馬の方々は奴隷という形で衣食住を得ていらっしゃるわけですが、それとは別の形ですね」
何と。
そういえば馬の人って「奴隷」だったっけ。
それを聞いた時はヤバくね? とか思ったんだけど、よく聞いてみたら俺の想像とはかなり違っていたんだよね。
馬の人には抽象概念が理解出来ないから奴隷なのだ、と教えられていて、何で馬だけがとか思っていたんだけど、理解出来ないというよりはしたくないだけらしいのだ。
その証拠に馬の人が全員奴隷かというとそんなことはない。
自由? な馬の人たちもいるし、特別な能力があれば大事にされる。
どういうことかと思っていたら地球と同じだった。
競走馬が大切にされるのと同じなんだよ。
そもそも馬の人たちは一人では生きていけない。
野生馬も群れで生活するからね。
結構厳しい暮らしだということで、むしろ人間に飼われている馬の方が元気で長生きなのだそうだ。
それはそうだよ。
だって身体の手入れはして貰えるし食い物もくれる。
野生馬はすぐに蹄が割れて歩けなくなったりするらしいけど、奴隷になれば蹄鉄とかつけてくれるので大丈夫だ。
飯は黙っていても用意してくれるし。
もちろん働く必要はあるけど、野生馬ってつまりホームレスみたいなもんだからね。
それよりはマシらしい。
しかも例えば騎兵隊や騎士団みたいなちゃんとした組織なら、使われるのが嫌になったり肉体的に無理出来なくなった馬は申し出れば解放して貰えるんだそうだ。
あるいはもっといい職場(笑)に異動するとか。
歳をとって働けなくなったら引退用の牧場? もある。
こっちの世界では、奴隷ってそこまでやってやらないと駄目らしいのだ。
ていうか、どうも「奴隷」という概念が地球とは違うような。
前にどっかで読んだけど、古代ローマで働いていた奴隷の人たちの待遇やら生活やらを現代に置き換えたら「サラリーマン」(笑)だったそうで。
アメリカの黒人奴隷とかの概念が酷すぎて誤解されているけど、本来の奴隷はむしろ「被雇用者」なのかもなあ。
金銭で売り買いされるって、よく考えたらプロ野球の選手とかもそうだし。
プロサッカー選手なんか、チームを移籍するのに必要なのは金だ。
本人とは別に、移籍先のチームが元の所属チームに対してお金を払うんだよね。
これって奴隷を金で売り買いしているのと一緒だ。
まあそんなことはどうでもいい。
「野生動物の人たちは不満とかないの?
勝手にヤジマ商会以外と契約するとか」
「不満はございましょうが、それをやったら『マコトの兄貴』への裏切りになってしまうそうでございます。
野生動物社会からは爪弾きされますし、その群れはもう二度とヤジマ商会と契約出来なくなるとのことで」
厳しい。
人間のギルドどころじゃないな。
野生動物社会がそれほど統制がされているとは。
やっぱ魔素による知性向上のせいなのか。
「そうでございますね」
ユマさんが頷いた。
「想像でございますが、本来は弱肉強食の食物連鎖で繋がっているはずの野生動物たちが協調していくためには、そのくらい強い統制が必要になったからなのではないでしょうか。
でなければ際限の無い虐殺が続くだけなのではないかと」
「だから自ら締め付けている、と?」
「むしろそう出来る種族が生き残ったのかもしれません」
そんなことが。
うーん。
でもそれだと矛盾というか抑止力の説明がつかないような気がする。
「いや、別の要因があるんじゃないかな」
「と言われますと?」
「教団だよ。
魔素の機能として知性向上や意志伝達の他に、スウォークに対する服従の強制があるでしょう」
ラヤ様も認めていた気がする。
それはそうだ。
そうしないとスウォークが生物界の頂点には立てない。
それが無い魔素ではスウォークなんかあっという間に滅ぼされているはずだ。
「それは……なるほど。
さすがは我が主」
「スウォークがいた世界とは別の進化を遂げたこっちの生物には抵抗力があったみたいなんだけど、それでも完全に無視出来るわけじゃないと思う。
『心の壁』を作り出して抵抗しているという事自体、影響は受けていると見るべきだよね」
そうなんだろうな。
実際人間も野生動物たちも、スウォークに対しては無条件で崇拝に近い感情を持っているみたいだし。
俺やカールさんにはそんな気持ちがないから、やっぱり生まれながらに魔素を取り込んで成長してきた人や野生動物は、ある程度の洗脳は受けているとみるべきだろう。
ただし絶対服従じゃないし、自由意志もちゃんとある。
それはユマさんも例外じゃない。
複数の思考回路を持つユマさんが、俺が思いついた程度の事に気づかないはずがないからね。
まあユマさんはスウォークと同じような能力があるらしいから、無条件の崇拝からは逃れられているみたいだけど。
「気がつきませんでした。
確かにそうでございます。
私も洗脳されていたと」
「多分、教団が意図的にやったことじゃないと思う。
それにユマさんはラヤ様と対等にやり合えているから、洗脳というほどじゃないのでは」
「私の事はどうでもよろしいのでございます。
我が主が教団の影響すら及ばない存在であることが証明されたのですから、それだけで今の私には十分かと」
キラキラした視線を向けてくるユマさん。
どうしても最後はそっちに行くんですね(泣)。




