5.福音?
「救世主ヤジママコト様への敬意でございます」
そう言いながら身体を起こすトルヌ皇国皇王陛下。
アンタ遊んでるでしょう。
止めて下さい。
「とんでもございません。
これはトルヌ皇国皇王としての義務かと。
少なくともマコト殿がトルヌにとっての救い主であることは間違いございませんので」
しおらしく言いながら平気でソファーに腰掛けるトルヌ皇国皇王陛下。
やっぱ遊んでいるな。
まあいいけど。
でも、ということはここは無礼講ですね。
俺はため息をついてラヤ様とセレイナさんの前に腰掛けた。
ハマオルさんとラウネ嬢が頭を下げてから部屋を出る。
ドアが閉まった事を確認してからセレイナさんはうーんと伸びをした。
さすがにハマオルさんたちの前ではカッコ付けざるを得ないと。
「これでも皇王ですから。
同格以上の方以外の前では崩せません」
「そういう環境で生きてきたのですから勘弁してやって下さい」
ラヤ様がセレイナさんを庇う。
やっぱ保護者的な立場にいるらしい。
セレイナさんが頭を下げてきた。
今度は何です?
「師匠の望みを叶えて頂いてありがとうございました。
セルリユで楽しくやっているという手紙が来ました」
前トルヌ皇国皇王陛下か。
そういえばヤジマ商会の本舎食堂でクイホーダイを味わいたいとか、鯨公演を見たいとか言っていたっけ。
ユマさんに頼んで無制限優待券を渡して貰ったんだった。
望みが叶って良かったですね。
「今はヤジマ学園で特任講師兼聴講生をやっているとのことです。
重ね重ねお世話をかけます」
そうなのか!
さすがは超イケメンの純北方種。
でもそんな離れ業をどうやって?
特任講師ってのも判らん。
皇国皇王陛下だったんだから帝王学でも教えるんだろうか。
「違います。
教団の教えなどを易しく解説などしているそうです。
上級者とは突っ込んだ議論も」
何と。
確かに教団との縁は深そうだし、長く生きている分知恵正覚も十分だろうけど。
でも教団の教えって勝手にやっていいものなんですか?
それにラルレーンさんは目立ち過ぎるだろう。
騒がれないはずがないんだが。
「ラルレーンは教団の司祭の位階を持っていますから。
司祭服を着ていれば顔形は隠せますし、あの祝福も教団の高位団員ということで納得して貰えるようです。
あの者は人を煙に巻くことに関しては超一流ですので」
ラヤ様があっさりバラしてくれた。
教団の服というとアレか。
ラヤ様も着ているフード付きのマントみたいな奴ね。
でもラルレーンさんって教団員だったの?
それも司祭って。
ゲームで有名だけど、実際には確かカトリックとかの位階だったはずだ。
プロテスタントだと「牧師」か。
もっとも意味というか地位や身分は違うと聞いている。
カトリックだと普通の信者には教会の儀式を行う資格がなくて、位階を持った専門家しか出来ないようになっている。
それが司祭だ。
一般の信者はただ参加するだけで儀式を主催出来ないんだよ。
プロテスタントはそういったカトリックの権威主義に反抗することから始まったから、儀式についても一般信者が出来る事にした。
全員司祭という考え方だね。
でもやはり説教したりする専門職は必要だということで、特別に神学教育を受けた「牧師」が生まれたわけだ。
もちろん普通は牧師が儀式を執り行うんだけどね。
でもプロテスタントの場合、万一の場合は誰でも儀式を代行出来る……だったような。
うろ覚えだから間違っているかもしれないれど。
俺の脳が「司祭」と認識したってことは、つまり教団の専門家ということになる。
それにしてもラルレーンさんがそんな資格を持っていたとはねえ。
トルヌ皇国皇王陛下って教団員なんですか?
説教が上手そうなのは確かだけど。
「色々考えているようですが違います。
行き場を無くしたラルレーンを匿う時に教団が任命したのですよ。
位階がない者を教団内部に入れるのは難しかったものですから」
アニメ美少女声がちょっとトーンを落とした。
「私はそれについて関わっていません。
あのお調子者に位階を与えるのはどうかと思うのですが、仕方がなかったと聞いています。
祭祀について詳しいのは確かですから」
それはそうだろう。
トルヌ皇国は古代ミルトバの直系だ。
そもそも宗教国家なんだよ。
その皇王が儀式に詳しくなくてどうする。
しかし疑問がある。
「教団の儀式はトルヌと共通なんですか?」
それに答えてくれたのはセレイナさんだった。
「正確に一致するわけではございませんが。
それに、儀式の様式は厳密なものではございません。
むしろそれに臨む際の心構えが重要でございます」
師匠はそれの達人でございました、とセレイナさん。
そうか。
まあ純北方種だからな。
魔素翻訳効果を縦横無尽に駆使して場を盛り上げるエキスパートなんだろう。
地球での儀式と違って形よりむしろ心が問題になるんだよね。
邪な事を考えていたら一発でバレるから。
ラルレーンさんの事はもういい。
俺は何の用で呼ばれたのでしょうか。
「御用というよりは、お礼を申し上げたかったのです。
マコト殿は本当に救い主でございました。
『すべての国と組織の連合』の本拠地をトルヌにして頂けなかったのは残念ですが、考えてみればトルヌがそれだけの負担に耐えられるはずもございません。
設立の地として選んで頂けただけで十分でございます」
「それはいいんです。
どっちかというとヤジマ財団の都合もありましたし」
あとは教団の都合か。
「そうですね。
それでトルヌ皇国が救われた事は確かです。
今後は少しずつ政教分離を進めてゆけば良いでしょう」
政教分離ね。
もともと宗教国家だった国が政治と宗教を切り離すことだな。
地球だとトルコが有名で、昔はガチガチのイスラム教国家だったのが、今は政治的指導者と宗教的指導者が完全に別れているらしい。
ちなみにそれやってないと宗教戦争が起きる可能性が高くなるわけだ。
イランとかあの辺とか。
何せ国家としての判断を宗教的な理由でやってしまうから、違う宗教とか宗派とかの国とは損得勘定抜きで戦りあいかねないんだよ。
今の中東から欧州の混乱は、大半その理由だと聞いている。
まあいいか。
地球はもう俺に関係ないしな。
でもトルヌはまさしく宗教国家だから、政教分離が必要なのは確かだ。
ラヤ様もそこを心配しているのか。
「セレイナ、判っていますね?」
慈愛に満ちたラヤ様のお言葉にトルヌ皇国皇王陛下は平然と返した。
「もちろんでございます。
数年掛けて皇王の権限を皇国政府に委譲した後は、私も皇王を退くつもりなので」
そうなのか!
セレイナさんってトルヌ皇国と心中しそうな気がしていたけど。
「私はトルヌを愛しておりますが、そこまでではございません。
それに私にもやりたいことが出来ましたので」
嫌な予感がするから言わないで頂けますか?
「そんなにお知りになりたいのなら答えますが、私も皇王を辞めた暁には教団の司祭となってソラージュに赴き、ヤジマ学園で講師を」
さいですか。
別にいいですよ。
出来れば俺の知らない所でやって頂きたいんですが。
そうもいかないか(泣)。
「マコトは気にせずとも良いです。
この件は教団が責任を持って処理します」
大昔の我等の失態をなぜ今になって我等が尻拭いしなければならないのか釈然としませんが、とラヤ様。
教団にとってもトルヌって頭痛の種だったらしい。
それはそうだ。
スウォーク自身が精神的外傷になっている事をいつまでたっても主張し続けているようなものだからな。
とにかく俺には関係ないのでよろしく。
だからセレイナさんも別に俺に感謝する必要とかないですから。
「そのお言葉は嬉しく思いますが、実を言えば私がマコト殿に感謝しているのは別の件でございます」
セレイナさんが艶然たる微笑みを浮かべた。
妖艶という奴ですか。
まだ若いのに色々引き出しがある人だよね。
あいにく俺は妻帯者ですので。
「違います。
そうではなくて、私が心より希求していた事を叶えて頂けたからです。
それさえあれば、後は何もなくても良いほどに憧れた事でございます。
いえ、むしろそれ無しでは生きていく気力さえ摩耗しそうなほど」
セレイナさんは合掌すると宙を見つめた。
「それが叶えられた。
すべてマコト殿のおかげでございます」
さいですか。
そんなに凄い事、俺やったっけ。
でも何だろう。
トルヌ皇国の存続とかは違うよね。
「お湯のシャワーでございます!
夏ですら朝晩は冷えるこのトルヌの地では黄金の滝に勝るとも劣らない福音。
それが私の部屋に設置されたのですよ!
私は救われました。
救世主ヤジママコト殿を伏して寿がせて頂きます」
それかよ!




