19.騒乱?
「いえ、その試み自体は成功したと聞いています。
というより当時のスウォークが目指したのはむしろ自立出来る人種を作ることだったようなのです」
北方における失敗を踏まえて、とラヤ様は言った。
どういうことかというと、ミルトバが失敗したのはあまりにも北方種の指導力を強化し過ぎたせいだという結論になったらしい。
しかもその北方種はスウォークの神託に頼り切っていた。
だからいったんスウォークからの指示が途絶えると、たちまち無能者の集団と化してしまったそうだ。
尚悪い事に、ミルトバの指導層である北方種が行う施政があまりにも的確過ぎたため、一般庶民も従う事に馴れきっていた。
宗教団体なんだからしょうがないけど。
教祖の言う事さえ聞いていればすべて上手く行くんだもんね。
ていうかその命令に逆らったりしたら追放されてしまう。
命令が正しければ尚更だ。
「つまりスウォークの指示が正しすぎたと」
「そういうわけでもないでしょうが、少なくとも人間よりは上手く統治出来ていたようです。
スウォークには人間と違って自己の複製に対する思い入れがありませんから」
なるほど。
スウォークは卵生だということだけど、これが人間との一番大きな違いだと思う。
人間は胎生だから、少なくとも女性は子孫に強い思い入れを抱くからね。
男親も似たようなものだ。
つまり子孫を守り育て、自分の財産や権勢を相続させたいという欲が出る。
でも卵生の場合、誰が自分の血を引くのか判らないからな。
そもそも子孫を「育てる」という行為がむしろ社会的な義務になってしまうだろう。
家族の仕事じゃないんだよ。
人間で言えば独身で子供も作らずに成人した人しかいない社会みたいなものだ。
昔のSFに試験管ベビーというのが出てきたけど、親や子といった概念が社会通念から切り離されてしまうんだよね。
するとどうなるのかというと、例えば自分の「家」を繁栄させようとか財産を子供に相続させようといった欲求が無くなる。
子供の方も、自分の親が誰だか判らないんだから地位や財産を受け継ぎようがない。
必然的にお家騒動とか相続争いみたいなもんは消滅するというか存在しなくなる。
家系もない。
もっとも個人的な要求はむしろ強くなるからヒロインと悪役令嬢の逆ハー合戦みたいなものはもっと激しくなるかもしれないけどね。
前に誰かに聞いたけど、スウォークは聖人君主じゃなくて自分がやりたいことについては結構我が儘だというのはそういう意味なんだろう。
自己の欲求には素直なのだ。
だから人間に入れ込んだりするスウォークが出てきたりして。
話が逸れたけど、つまりスウォークが南方でやりたかったのは自分で判断して行動出来る人種を作ることだったわけか。
それも家系や親族による依怙贔屓がなるべくないような形で。
後は個体差の解消とまではいかなくても低減。
北方種は個体としての能力とは別に、外見的に際立った特徴があったからね。
前トルヌ皇王陛下とか嫁とか、存在しているだけで周りを圧するような人がいたら必然的に指導者にされてしまうからな。
だからとりあえず人種的な特徴を均一にしようとしたと。
それでも個人ごとの優劣は出てしまうよなあ。
「帝国皇太子なんか凄いですよ。
外見はともかくあの威圧は北方種に勝るとも劣るとは思いませんが」
思わず反論するとラヤ様が応えた。
「個々の能力や資質が違ってくる事は仕方がありません。
スウォークもそうですが個体差は存在しますし、優越した個体が指導的な立場に就くのは必然です。
またそういう個体でなければ集団をまとめることなど出来ませんので」
それはそうか。
人間は平等だとか言っている共産主義にしても優秀な人間がいることは認めているからね。
優れた人が「党員」になって他の者を指導するわけだ。
なるほど。
判ってきた。
南方種は北方種と違って民族、というか主に南方地域に住む人の呼び方なんだろう。
「日本人」とか「中国人」「インド人」みたいなものだ。
中身は色々混ざり合っているけど、全体としてみたら均一の集団。
だとすれば俺の脳がそう認識したのも頷けないこともない。
日本人もインド人も、もちろん「人間」という分類に入るけど、例えば「アメリカ人」とか「ヨーロッパ人」なんかとは明らかに概念が違うからね。
例えば多民族国家であるアメリカは世界中から移民が来て定着するため、人種が色々いて統一されているとは言い難い。
ていうか主要民族みたいな概念がない。
碧い目で金髪なイケメンだからアメリカ人、というわけにはいかないのだ。
これが中国になると、あそこも一応は他民族国家なんだけど漢族が圧倒的だ。
後は少数民族だからな。
よって「中国人」と言われるとどうしても漢族の民族的特徴を持つ人のイメージになる。
「インド人」も同じだ。
南方種もそれなんだろう。
俺の目には地球における「地中海地方の人」に見えるけど、それがこっちの「南方種」なわけだ。
うーん。
言われて見れば単純な事だった。
でもどうして「ドワーフ」なのかは謎だよな。
北方種と違って和製ファンタジーのドワーフには全然似てないのに。
まあ、それで思い出したんだけどエルフの耳が尖っているとかドワーフが短躯だとかいうのは日本のサブカルの常識であって、本来のエルフやドワーフって特に姿形が決まっているわけではないらしい。
トロールなんかと同じ妖精の一種だそうだ。
俺の脳ってそんなことまで考えていたのか(泣)。
「続けて良いですか?」
ラヤ様に言われてしまった。
すみません。
頭が飛んでました。
「お待ち下さい。
我が主。
私にはまだ」
ユマさんの「物言い」が入った。
いや、俺の頭の中を乱れ飛んでいるいい加減な情報を全部解釈しようとしないでいいですから。
「後で説明します。
ユマ、いいですね?」
「はい。
申し訳ありません」
珍しい。
ユマさんがしゅんとなっているぞ。
「マコト。
聞いてますか?」
「はい。
すみません」
俺も怒られた。
いつの間にか教室、いやむしろ生徒指導室みたいな雰囲気になっていたりして。
ラヤ先生の指導を上の空で聞いていた俺とユマさんの考課が下がってしまった。
「南方における当時の我等の試みは一応の成功を見ました。
人間はそれぞれの集団ごとに同族の中から指導者を選び、順調に発展を遂げていきます。
我等は教団を作り、庶民層を手助けしながらなるべく人間の政治に口出ししないようにしつつ見守っていたのですが」
が?
「大規模で強力な集団つまり国が出来る頃になると、集団同士が衝突するようになったのですよ。
勢力争いです。
理由は様々でした。
個々の『国』が抱く指導者の考え方やその『国』の立地条件、あるいは飢饉や豊作によっても摩擦が発生しました。
当時の我等は困惑したとの記録が残っています。
我等には理解出来ないとまでは言わないまでも、あまりにも異質な思考方法でしたから」
「僧正様にはそういった衝突がないのですか?」
ユマさんが聞いてくれた。
そうだよな。
生物ならどうしても争いが出てくるはずだ。
だって生存競争だから。
自己の勢力を広げようとするのは本能だろう。
いや違うか。
果てしなく拡大しようとするのは人類だけなのかもしれない。
野生動物なんかは個体や群れ同士で争うことはあっても、際限なく争い続けたり無限に勢力を拡大しようとするような状況は聞いたことがないからね。
「ありません。
そもそもある集団が一人の指導者に従って他の集団と争う事自体、考えられません。
我等は個人主義ですからね。
誰かに全面的に従うというような事はあり得ないのですよ。
何かの目的のために協力することはありますが、その場合でも上下関係は存在しません」
あー。
昔のSFに出てきた奴か。
究極の共産主義体制、じゃなくてむしろ無政府主義という奴かもしれない。
卵生の生物が社会活動を行うとそうなるのかなあ。
まあいいけど、だったら当時の状況をスウォークが理解出来なくて当然だ。
スウォークが人類の行動を制御すること自体、無理なんだよ。
根本原理が違うから。
「マコトには判りますか」
「まあ。
つまりスウォークはまたしても失敗したんですね。
失敗というよりは必然の結果だと思いますが」
「そうですね。
その通りです」
ラヤ様は人間そっくりに肩を竦めて見せた。
「南方だけではありません。
北方やその間の地帯でも騒乱が始まっていました。
それぞれが『国』と呼べるほどの大きな集団を作り、小規模な衝突が発生するようになったのです。
我等は為す術もなく見守るだけだったようです。
北方種も南方種も解決策ではありませんでした」
そうだろうね。
スウォークは根本的に誤解していたんだろう。
人間の本性は魔素翻訳があっても変わらないし、どんな社会形態や指導者がいても結果は同じだ。
「人間同士の争いに介入するわけにもいきません。
当時の我等の間ではもうすべてを捨てて引き籠もってしまおうというような極論まで出るようになったようです」
それが百年前の状況だったわけか。
当時の南方は国同士が争いあっていたみたいだし、今のエラの辺りでも勢力争いに敗れた連中がもっと南方に逃れてソラージュの元になる国を作ったりしていたと。
そして山脈の南側にあった小国は連合して土地? を求めて北上を開始。
ソラージュは慌てて軍を編成して何とか押し返したりしていたと。
末世だな。
「そうですね。
そんな時でした。
突然、何の前触れもなく当時のホルム王国に異世界から一人の騎士が降り立ったのです」
勇者召喚?




