17.滅亡の理由?
見捨てられた。
つまり人々が北方種を見限ったと。
「そうです。
我等はほとんど人前に出ませんからミィルトーヴァの民衆が頂く支配者は北方種でした。
魔王が顕現した後、ミィルトーヴァの首都は機能を喪失しました。
記録によれば大半の北方種は生き残ったようなのですが、残念な事に我等が耐えられなかったと」
「全滅したと?」
「そうではなく、的確な指揮を執れなかったようです。
そのような事態は誰も想定しておりませんでした。
明白な弱点がそれまで放置されていたのです」
よく判らないな。
スウォークが耐えられなかったって、体力的に?
するとラヤ様は淡々と言った。
「災害対処の指示が出せなかったようなのですよ。
我等が直接ミィルトーヴァの人間に指示するわけにはいきませんからね。
神託を持って間接的に支配していた事が裏目に出たようなのです。
当時は大混乱だったようで、残されている記録はかなり後になってから追想形式で書かれたと思われるものばかりです。
いずれも深い悲嘆と後悔の念が溢れています」
「つまり、書いたのは当事者だったと」
「そのようですね。
私も直接読んだわけではありせませんが、我等の研究者がそれらの記録をまとめた論文を読みました。
結論としては、当時の二重統治構造が仇となったとのことです」
なるほど。
何となく判ってきた。
つまりミルトバ帝国の政府? は緊急事態の対応能力に欠けていたわけか。
中央集権組織の欠点だよね。
当時のミルトバ帝国って、国というよりはやはり宗教団体だったのかもしれない。
教祖じゃないんだけど予言者か預言者かは判らないが頂点に北方種がいて、他の人たちが従うという単純な構造だったんだろう。
トルヌ皇国もそうだけど、皇王がすべてを決めるわけだ。
極端な独裁体制と言ってもいい。
政治学で習ったけど秦の始皇帝とかがそうだったみたいな?
あるいは「銀河英○伝説」の銀河帝国か。
ナンバー2が存在しない状態で支配者が突然いなくなると組織全体が機能不全に陥ったりして。
もちろん残った重鎮たちが後継者を決めればいいんだけど、落ち着くまでは混乱が続くことになる。
そしてミルトバの場合、魔王の顕現の被害がでかすぎてなかなか体制を立て直せなかったんだろうな。
有功な手を打てないミルトバの支配体制に対して民衆が信頼を失ってしまったわけか。
しかしそれでも疑問は残る。
繰り返すけど、その程度で国が滅亡するだろうか。
いくら混乱が続いたとしてもまがりなりにも国家だ。
大部分の人材とインフラは無事だっただろうし、支配層が失墜すれば別の勢力が台頭してくるはずだ。
まあ、確かに何らかの原因で国が滅びてしまう例は少なくない、というよりはほとんどそうなんだけどね。
地球の歴史では大抵気象条件とかの変化でその土地に住めなくなったとかなんだけどな。
原因不明の場合もある。
東南アジアのアンコール・ワットなんか立派な建物が残っていて周囲も別に人が住めないというわけでもないのにそれを作った人たちは消えてしまったらしいし。
「原因は、むしろ人為的なものだったのですよ」
ラヤ様が言った。
「それも我等のせいだと言って良いでしょう。
ミィルトーヴァの建国と維持にあたって当時の我等が取った方法が間違っていたのです」
何と。
方法というと、つまり北方種が統治するというやり方ですか?
「正確に言えば『我等の神託に従って北方種が統治する』という方法ですね。
しかもミィルトーヴァ政府はあってもその構成員に決定権はない。
支配者に従うだけの単純な上意下達体制だったのですよ」
それはそうだろうね。
宗教団体はそんなもんだ。
教祖がすべてを決めるし、構成員がそれに逆らうことは許されない。
ミルトバもそうだったと?
「はい。
問題は、それで上手くいっていたことでした。
期間は不明ですが、その状態が数百年間続いたとすると、上から下まで上意下達に馴れきっていたはずです。
そこに魔王の顕現です」
そういうことか。
硬直した支配体制故の悲劇だな。
でもそれってスウォークのせいというにはちょっと無理があるのでは。
人間が何とかするべき問題でしょう?
ラヤ様が静かな声で応じた。
「最初に私が言った通り、ミィルトーヴァは我等が意図して作りあげた国、いえ体制でした。
そのためにわざわざ北方種という人種を創造しさえしたわけです。
我等は人類という種族を誤解していたのですよ。
優れた指導者が民衆を指導することで上手くいくと」
「……それは間違いなのでございましょうか」
ユマさんが口を挟んだ。
そういえばいたっけ。
あまりにも静かなので忘れていたりして。
「限られた少数の者が多数を支配する。
それは現在の多数の国で採用されている封建制度そのものの概念です。
また、先ほどラヤ様がおっしゃいましたがミィルトーヴァは現在のホルム帝国と似た方法で指導者を選んでいたと聞きました。
これも紛れもなく『統治するに相応しい者が統治する』方式でございます。
同じ事なのでは?」
「決定的な違いがあります」
ラヤ様が顔を伏せた。
「ミィルトーヴァの支配層は我等が選び、我等の指示に従って統治していたのです。
重要な決定はすべて神託に頼っていたようです。
これがどういうことなのか判るでしょう?
マコト」
ラヤ様が俺にボールを投げてきた。
そうですね。
判ります。
「お判りになられると?」
いやユマさんだって判るはずですよ。
重要な決定を全部人に丸投げして、その人の言う通りにしかやったことがなかったとしたら、突然その人が消えてしまった時にどうなるのか。
「それは」
「しかも魔王の顕現の最中です。
迅速な決定が必要とされる時に、肝心の指導者は何の指示もしてくれない。
それどころか顔を見せすらしない。
人材はいても組織的に動けなくなって被害が拡大していったと」
そうですよね?
「その通りです。
北方種の権威は失墜しました。
尚悪い事に、ミィルトーヴァの首都機能が喪失したために当地はおろか地方への組織的な救援活動や復興が出来ない状態になってしまったのですよ。
そして北方種はそれに対して何の対処も出来なかった」
「庶民の間から新しい指導者が台頭したりはしなかったんですか?」
それが不思議なんだよね。
普通は旧支配層が没落すると新しい支配層が出てくるものだ。
ていうか出てこざるを得ない。
国が滅んでも人間が絶滅するわけじゃないからな。
みんな生活していかないといけないし、そのためには組織が必要だ。
どんな体制でも支配者がいないとまとまらないから、最終的には誰かが登極することになるわけで。
「出ませんでした。
人々はすっかり馴れていたのですよ。
北方種が統治してその他の者が従う。
命令されるまでは何もしない。
それが本能とも言うべきレベルにまで達していたと」
ああ、そうか。
だからミルトバは為す術もなく滅びた。
国としての体制を維持できなくなって、人間は集落単位という所まで分裂していったんだろうな。
それが北方諸国になったと。
「記録は嘆きに満ちていたそうです。
良きことだと信じて行った事が滅亡を招いたと。
ですが、それはやはり我等の罪なのでしょうね」
だから教団はトルヌ皇国に肩入れするわけか。
一種の罪滅ぼしなんだろうな。
本当はラヤ様たちが責任を感じる必要ってないんだけどね。
だってミルトバを作ったのはラヤ様たちのご先祖様であって、現代のスウォークとは関係がないから。
でも教団としてみたらやはり無関係だからと言って放置するわけにはいかないんだろうなあ。
多分、教団の存在意義に関わる問題なんだろう。
大体判りました。
北方諸国に北方種がむしろ少ない理由もそれなのかもしれない。
もちろん今の北方種が当時のミルトバ支配層の直接の子孫というわけじゃないだろうけど、当時のミルトバの版図からは逃れた北方種が多かったんだろうね。
だからその血統はエラとかソラージュに多く伝わったと。
うーん。
まだ何となくもやもやするけど、まあいいか。
そう思っていたらラヤ様が言った。
「北方種については以上です。
ではマコト。
次の疑問にお答えしましょう。
南方種について」
何と!




