14.文盲?
「実のところ、ミィルトゥーヴァがどのような国家であったかはよく判っていません。
帝国と呼称していますが、それが現在の意味での『帝国』なのかどうかも不明です。
ただ記録によれば、ミィルトゥーヴァの統治者は現在のホルム帝国皇帝に近い方法で選ばれていたと思われます」
スウォークの元に残っている記録では現代で言う「国」だったかどうかすら不明だそうだ。
名前もよく判らないのではなく、そもそも命名されていなかったのではないかということだった。
まあ、人類最初の国家だから殊更に国の名前を決める必要がなかったのかもしれない。
地球だってそうだよ。
だって「地球」って星の名前じゃないよね。
地面の球という意味だ。
火星とか木星とかは「星」なんだけど、地球は人類が住んでいる唯一無二の存在だから名前をつける必要がない。
「テラ」とかいうのもラテン語の「地球」で、その語源はローマ神話に出てくる大地の女神だからな。
星の名前じゃない。
まあいい。
「でも国家ではあったんですね?」
「そうですね。
統治者が存在して政体があって組織的に統括された役所も整備されていたことは判っています。
技術面はともかく制度的にはかなり進んだ組織体だったようです」
あー。
昔のSFにもよく出てきた奴だ。
今の軽小説とかだと現代の地球人が異世界にチート技術とか魔法とかを持ち込んで文明を進歩させるけど、あれはSFというよりはファンタジーだからな。
SFだったら魔法にしても科学的に解説出来ないものは使えないから、文明を一挙に進歩させるようなことは受け入れられない。
でも内政チートなら可能だ。
いや民主主義を導入するとかじゃないよ?
むしろ異民族による征服に近いような。
つまり組織体としての効率を高めて相手を圧倒してしまうわけだ。
そして征服して吸収する。
実を言えばこれってSFというよりは歴史なんだよね。
何度でも出てくるけどローマ帝国がそうだった。
ローマは兵隊の強さじゃなくてローマ軍という組織的な軍隊の構成と戦い方で敵を圧倒したとされている。
具体的に言うと集団戦技術だね。
当時の国の軍は、各有力領主や部族の首長がそれぞれ自分の部下を率いてバラバラに戦うというものだった。
国といっても統一された軍隊を持ってなかったんだよ。
酷い場合にはそもそも軍隊じゃなくて武器を持った群衆みたいなものだったらしい。
でもローマ軍は将軍が率いる軍団という単位で戦った。
方陣や隊列、統一された指揮系統による合理的な戦術で勝利をおさめたと。
そして征服した土地を属州という形で制度的に組み込んでしまう。
そうやって勢力を拡大していったわけだ。
征服された方も、それは最初は反抗するだろうけど数世代もたてばもうローマ帝国の一員だ。
それと同じ方法でミルトバを統治していたんだろうな。
「マコトの故郷の話ですか。
同じような歴史があるのですね」
「そうですね。
俺も余り詳しいわけじゃないですが」
大学の講義で教えて貰ったのと、後は先生に誘われて安い居酒屋とかでずっと話してくれた時に聞いた知識だ。
SFや軽小説と驚くほど似たような話が現実にあったんだよ。
ていうかむしろ昔のSF作家の人とかって地球の歴史を元にして創作していたらしいからね。
初期のSFに出てくる銀河帝国って大体ローマ帝国そっくりだったらしいし。
「元老院」とかあったりして(笑)。
まあそれはいい。
でもミルトバってローマより上手くやっていたみたいですが。
何故かというと、ローマ帝国が辿ったような戦争と征服をやったような気配がないから。
「その通りです。
理由もマコトなら判るでしょう?」
「それは判りますよ。
そもそもまだ国という概念すらなかった時代にいきなりそんなに進歩した組織体が出来るって、どう考えても誰かが主導していたからに決まっている」
そう、間違いない。
スウォークがいたのだ。
いやむしろ「やった」と言った方がいいのかもしれない。
でも方法が判らないんですが。
そう言うとラヤ様はコロコロと笑った。
アニメ美少女の笑顔が見えたぞ。
魔素翻訳って凄い。
「ですからマコト、謙遜はお止めなさい。
判っているはずですよ」
「お判りなのですか。
我が主」
ユマさんが切ないような視線を向けてくる。
何それ?
いや判っているというか想像はしているけどね。
何度でも言うけど合っているかどうか判らないから。
言うのは面倒くさいし。
「さあさあ」
しょうがない。
面倒なので一気に行くぞ。
「神の降臨から始まって宗教集団化した組織体トップの祭祀に神託の形で指示を出した、でしょうか」
ユマさんが瞳を彷徨わせた。
混乱したらしい。
異質すぎる概念だったか。
「お見事です、マコト」
ラヤ様がぱちぱちと手を叩く。
だってそれしかないでしょう。
民主主義だの選挙だのは絶対無理だ。
暴力で解決できる問題でもない。
だったらやっぱり「神」ということになる。
これも大学の歴史の講義で習ったんだけどね。
世界中に似たような建国神話があるそうだ。
「王権神授説」だったっけ。
つまり誰かがある日神から「お前は王になるのだ!」とか言われて建国するという。
その証拠として宝剣とかそういう物理的なモノを神から貰う事もある。
あるいは神の不倫で生まれた半神半人の英雄が国を建てたりして。
そっちは「天孫降臨説」というか、もともと神の一族だった人? がやってきて国を作ったという話も含まれる。
大抵の場合は支配者が自分の支配権の権威付けのために謳うんだけど。
ギリシャ神話とかは大半がそれだし、日本も天皇家は天孫降臨したから神の血筋だとかいう話が何となく信じられていたりしていたそうだ。
要するに神の「力」をバックにして国をまとめようということなんだよね。
それは物理的な力でもいいし、予言とか奇跡とかでもいい。
更に言えば統治者自身が神とかその子孫である必要もない。
その言葉を下々の人たちに伝えるというだけでも権威になるからな。
卑弥呼とかそうだったりして。
でしょう?
「それで、でございますか」
ユマさんがため息をついた。
追いついたらしい。
さすがは天才。
「我が主がおっしゃりたいことは、そのミィルトゥーヴァの統治者の裏には僧正様がいたと」
「そうだと思う。
進んだ制度とか社会的な組織とかが導入されたのはもっと後で、最初は『神』として人類の前に現れたんじゃないかな」
奇跡なんか簡単だ。
魔素翻訳があれば野生動物たちにも協力して貰えるからね。
ていうか最初はむしろそっちが目的だったんだろう。
魔素が広がっていくと野生動物の知能が上がって、人類と対等以上に殺りあえるようになるから。
魔素の効力は前にラヤ様に確認したけど、情報の中継や異言語翻訳による意思疎通の他に、感染した個体の知性の底上げがある。
これ、どうも限度はあるみたいなんだよね。
人類も魔素に感染するんだが、あまり知能が上がったような気配はない。
いやユマさんみたいな天才は存在しているけど、このくらいの人は魔素が存在しない地球でも時々出るからな。
一方、野生動物たちは俺の見るところ軒並み知能が向上しているようだ。
もちろん個体差はあるが、優秀な個体は人類を凌駕する。
これ、実は人類にとっては致命傷なんだよ。
殺りあったら絶対に負ける。
道具を作れたりすることなんか問題じゃない。
野生動物のパワーとスピード、そして身体にもともと装備されている武器は人類なんか問題にしないからな。
牙とか爪とか。
人間なんか、猫と殺りあっても負けるぞ。
「国を作るつもりではなかったと?」
「それは判らないけど、とにかく当初の目的は野生動物対人類の戦争を止めることだったと思う。
スウォークにしても血なまぐさい展開は好みじゃなかっただろうしね」
実際にはもっと切羽詰まっていたのかも。
だってそのままだと人類という覇権種族が滅んでしまうかもしれないのだ。
そしてそれは必然的にスウォーク自身の種族的生存にも関係してくる。
ひとつの種族を滅ぼしてしまった野生動物たちが、次にどう出るか判らないからね。
スウォークは魔素の供給源として滅ぼされる事はないかもしれないけど、血の味を覚えた野生動物がお互いを相手として殺戮を始めない保証はない。
「その通りです。
マコト。
貴方は本当に理解しているのですね。
些か驚いています」
ラヤ様がアニメ美少女声で言った。
あまり驚いておられるようには思えないんですが(笑)。
「驚嘆していますよ。
前にお話したと思いますが、こちらの世界の生物には魔素の支配に対する耐性があります。
スウォークの制御を受け付けない、というよりはかなり抵抗出来る」
「だから当時のスウォークの方々は危機感を持ったんですね」
本当は干渉なんかしたくなかったんだろうな。
でもほっといたら人類が滅びかねなかった。
野生動物たちは、その当時でも知性と意志疎通能力を与えてくれたスウォークを崇拝はしていたけど、そんなあやふやなもんにいつまでも頼っていていいはずがない。
スウォーク種族自身の安全のためにも、人類には滅びて貰っては困る。
「だからスウォークは神となって人類の前に降臨した」
「実態がどうであったかは判りません。
当時の記録はほとんど残っていないのですよ。
まだスウォークに文字がなかった事もありますが」
スウォークって文盲だったんですか!




