13.秘密会談?
「よく来てくれました」
ラヤ様の第一声。
今回はお一人だった。
トルヌ皇国にも担当の僧正がいるはずなんだけど、今回は遠慮したのか出てこないらしい。
ラヤ様ってそれが出来るくらい偉いの?
「人間で言う身分や職位の差はありませんよ。
ですが私はマコト担当の僧正です。
マコトに関する事なら私に第一の決定権があります」
そうなのか。
担当というよりは縄張りのようなものかもしれない。
帝国やエラで結構大勢の僧正に会ったけど、あれは僧正様の人たちが俺を見たいとかいう理由での面会だった。
つまり仕事じゃない。
それが可能だったのはラヤ様が許可したからなんだろう。
逆に言えば、ラヤ様が拒否すれば俺を誰とも会わせないことも可能だということだ。
もちろん責任はラヤ様が取るんだろうけど。
「その通りですよ。
それにしても、あいかわらずマコトの思考は面白いですね。
何というか……結論が先にあってそこに至る論理過程を後から構築しているように感じられます」
さいですか。
それはアレだな。
俺が軽小説とか大学の講義とかで知った事を状況に当てはめて考えているからだろう。
理屈と膏薬は何にでも付くとか言う諺があったっけ。
でもまあ、それは推論の方法論のひとつではあるんだけどね。
論理学の講義で習ったけど、確か帰納法という奴だ。
まず最初に仮説を立てて、それを証明する事実を集める。
事実に反していたらその仮説は間違いということになる。
そうやって証明された事実に最後まで反しない仮説が正しいという方法論だったっけ。
シャーロック・ホームズとかが推理に使っていたりして。
でもホームズの方法って最初から決め打ちしているんだけどね。
俺のも同じだ(泣)。
「本当に。
我が主は深淵でございます。
思考を辿ることは出来ますが、どうしてそうなるのかが判りません。
私などには理解出来ない程深い所でお考えになっていらっしゃるのではないかと」
ユマさんも過大評価しているな。
俺は何も考えてないですって。
たまたまSFとかアニメに出てきた状況を覚えているだけで。
「まあ、よろしいでしょう。
とりあえずお掛けなさい」
ラヤ様に言われて俺とユマさんはソファーに座った。
ユマさんが用意してあったお茶を配膳してくれる。
この人、公爵家令嬢で元司法管理官で現ヤジマ財団理事長代行なのに、こういうメイドさんがやるような仕事を平気でこなすんだもんなあ。
何でも出来るって給仕の仕事も含まれるのか。
「以前、配膳させて頂いた時にご指摘を受けましたもので、練習致しました。
今後も我が主のメイドとして働く機会がないとも限りませんので」
意味不明だよね。
まあ、確かに今はそんな状況だけど。
教団の僧正とソラージュ王国大公、そしてソラージュの公爵令嬢しか部屋にいないんだったら、それは一番身分が低いユマさんがお茶を配膳しても不思議じゃない。
だけど普通そんな状況って考えられるか?
考えたんだろうな。
天才だから(泣)。
俺がぼやっとしている間に素早くお茶の配膳を終えたユマさんが慎ましく礼をして着席する。
ラヤ様はそれにかまわず、人間そっくりの動作でお茶を一口含んでから言った。
「さてマコト。
エラで約束した事を覚えていますか?」
「トルヌで全部話す、とかおっしゃられたような気がしますが」
「その通りです。
全部というよりは、おそらくマコトが推察している通りの事です。
その裏付けと言った方がよろしいでしょうか」
ユマさんがなぜかキラキラした瞳で俺を見た。
「我が主は既にご存じなのでしょうか。
さすがでございます」
いや、知りませんって。
確かに想像している事はあるよ。
ていうかSFとかファンタジーにはよく出てくる状況だし。
むしろ陳腐なほどだ。
今時はSFどころか軽小説だってこんなテンプレな設定はなかなかないと思えるくらいで。
「さあさあマコト。
話してしまいなさい」
ラヤ様が無情に命じてくる。
恥辱プレイじゃないよね?
しょうがないか。
俺は座り直して言った。
「ここトルヌが、かつて存在したミルトバ帝国の首都だった、ということですか」
ああ、嫌だ。
こんな事を偉そうに喋りたくない!
「その通りです。
やはり判っていましたね」
「誰でも判ると思いますが。
証拠も揃っているし」
俺の言葉にユマさんが首を傾げた。
「証拠でございますか?
トルヌ皇宮建設はそれほど古い時代ではないと判明しておりますが」
ユマさんにも知らないことがあったんだ。
それはいくら天才でも何でも知っているはずはないか。
「学校」でも教えて貰えなかったんだろう。
ていうかむしろトルヌ皇宮の建設年代を知っているだけでも凄いけど。
「街道ですよ」
面倒くさいので簡単に言う。
ユマさんならこれだけで判るはずだ。
「街道……そういうことでございますか!」
一瞬だったな。
ユマさんの表情が輝いた。
「思い至りませんでした。
そのような事がミルトバの実在の証拠になると」
「そういう推論方法もあるのですね。
マコトは実に興味深い」
ラヤ様のアニメ美少女声が響く。
違ったの?
証拠としてはこれだけで十分と思いますが。
確かホス教授も指摘しているという話を聞いたことがある。
まあ、それだけではトルヌ実在の証拠とは言えないんだけど。
あまりにもあからさま過ぎて存在が当たり前になっているせいで、かえって誰からも顧みられないという奴ね。
エドガー・アラン・ポーの「隠された手紙」方式だ。
ちなみに吸血鬼の話じゃないぞ。
あれは日本の少女漫画だ。
「つまりはこういう事でございますね。
古代ミルトバ帝国は実在し、トルヌはその首都であった。
その領土は現在の北方諸国を覆うほど。
なぜならすべての街道がトルヌに通じているからと」
ユマさんが上擦った声で話す。
興奮しているらしい。
俺の中では既成事実的な知識になっているからちょっと引くね。
そんなに意外ですか?
だってこれ、地球で言ったらローマ帝国が実在していた事の証明と同じ程度の話なんだよ。
二千年前以上の街道とか城壁の跡がまだ残っているのだ。
そのかなりの部分が改修されつつ現在でも使われている。
だったら昔、それを作った国があることは確実じゃないか。
こっちでも同じだ。
ミルトバという名前だったかどうかは判らないけど。
アトランティスが本当にそういう名前だったかどうか不明なのと同じで。
「そうですね。
我々の間に伝わっている話では、その国家は『ミィルトゥーヴァ』というような発音で呼ばれていたそうです。
ただしこれが正式な名称であったかどうかは判りません」
ラヤ様があっさりばらした。
ていうか教団も知らないんですか?
当時の文書とか残っていないので?
「我々は記録魔ですが、残存している文書が極めて個人的なものしかないのですよ。
スウォークはあまり公的な歴史といった物には関心がないので。
自分が興味のある事しか記録に残しません。
この場合は歴史というよりはむしろ個人的な日記のようなものですね」
だから断片的な記録がバラバラでしか存在しないので、とラヤ様。
うーん。
それは別にスウォークだけの事じゃないよね。
地球でも、最初から「これは歴史だから詳細に記録しておこう」とか考えて文書化するのは稀だ。
中国とかではあったみたいだけど、どっちにしてもそういう公式文書って時の為政者が都合良く書き換えるからな。
それを又後世の為政者が書き換えたりして、矛盾だらけになっている事は珍しくない。
日本の王朝と言える天皇家だって、最初の頃は訳が判らなくて明らかに創作と思われる記述が続いているもんね。
「日本○紀」とか「○事記」とか。
しかもそれって政府の公式文書なんだよ。
つまり記録じゃなくてドキュメンタリーだ。
最低でも編集されている。
下手するとやらせとか誇張表現が乱発されているかもしれない。
当局がやっているんだからやり放題だ。
誰も検閲とかしないからね。
まあいいや。
「でもそういった記録からミルトゥーバ、いえ面倒なのでミルトバで通しますけど、その国の事は知られていると」
「はい。
実在した事は確かですし、その建国から滅亡まで比較的詳しく判っています。
それについての記述は多くあるのですよ。
当時のスウォークたちにとっても特別に興味を覚える事だったのでしょうね」
そりゃ、国が興って滅ぶんだから一代イベントだった事は間違いないだろうけど。
でもここは地球の常識で考えちゃ駄目だ。
ミルトバ帝国なんだよ。
おそらくこっちの世界で人類史上初めて成立した大帝国。
だけどその国を支配していたのは人類ではなかった!
ああ嫌だ(泣)。
これってUFOは上位次元の遣いだったとかピラミッドは宇宙人が作ったとか、そういうヨタ話と同じじゃないか!
まさか俺がそんな厨二病的な話をマジですることになるとは。
でもこっちでは事実らしいんだよなあ。
宇宙人じゃないけど僧正様が実在しているし。
もう仕方がない。
認めましょう。
古代ミルトバ帝国は人類以外の手によって建国された!
「さすがは我が主!
感嘆の余り言葉もございません!」
止めて(泣)。




