11.降嫁先?
議場は騒然となったけど、帝国皇太子は構わず演台を降りた。
ただ、最後に「私もヤジマ大公家近衛騎士の爵位を頂いている」とか言ったもんだから大騒ぎに。
みんな噂では知っていたんだろうけど、まさか本当だとは思ってなかったらしい。
だって帝国皇太子、つまり次の帝国皇帝がソラージュ大公の紐付きであると暗に認めてしまったわけだし。
パニックになって当然だよ。
「そうとは限りません。
王族同士や王族から他国の貴族への爵位の進呈はよくあることかと」
ユマさんが言った。
「そうなの?」
「はい。
友好の証だったり支配権の継承や領地の寄贈に伴う処置の場合もあります。
昨今は珍しくなりましたが、昔は盛大に行われていたと記録にございます」
さすがユマさん、何でも知っているな。
なるほど。
確かにそうだよね。
地球でも似たような状況はあったと習ったっけ。
俺もぼんやりとしか覚えてないんだけど、ヨーロッパの各国って王族や貴族が国を越えて婚姻を繰り返して大半が血族関係だったりしていたはずだ。
当時の「国」は血というか血統が支配権の証だから、ある国のある地方を治める資格、つまり統治権を別の国の貴族や王族が持っていたりすることもあった。
それは戦争や内乱の原因にもなるため、王家が他国のその人に爵位と共にその領地を寄贈したりした事もあったらしい。
元々その領地を支配していた貴族の家系が絶えてしまい、先代の誰かが他国の貴族に嫁に行ったり婿に取られたりしたという事実があると、法的にはその子孫に領地の領有権が移ったりするんだよ。
もちろん子孫がその人だけとは限らないし、もっと遠い血族が国内にいたような場合は騒乱の原因になるから、王様が英断で他国の貴族に爵位と領地の継承を認めたりしたんだよね。
それはそれで戦争の原因になるんだけど。
「でも今回はそれに当てはまらないんじゃ。
ヤジマ大公とオウルさんたちは本来関係がないし」
別に領地がついてくるわけでもないからね。
ていうか近衛騎士の叙任ってのは本来は護衛を作ることなんだよ。
今は褒賞の意味で使われているけど。
「それでも我が主がオウル様やルリシア殿下に近衛騎士位を贈ったのは紛れもない事実でございます。
これは本来、友好や信頼の証と見做されます」
近衛騎士の場合は後ろ盾ですね、とユマさん。
そうなるのか。
王族が誰かに世襲爵位を贈る場合、領地がくっついていることが多いそうだ。
というよりは領地を渡すために爵位を贈るのが普通だと。
ララエ公国が俺に無理に男爵位を押しつけたのもそれだ。
あるいはもともと相手が統治している場所を正式に認めるとかね。
世襲爵位は本人だけじゃなくて子孫に受け継がれるので、ご本人というよりはその家系に対する贈与になる。
だけどソラージュの近衛騎士は一代限りだ。
叙任された本人に対する純粋な褒賞なんだよ。
さらに言えば、贈った者がその近衛騎士本人の人格や能力を保証するという意味でもある。
現在のソラージュでは近衛騎士位は日本で言う文化勲章的な意味で使われていて、つまり長年に渡ってソラージュの文化その他の発展に尽くしてきた功績を称えて叙任されることになっている。
日本の文化勲章と違うところは贈った者からその近衛騎士に対して俸給が出ることで、これは年金と考えると判りやすい。
近衛騎士位を贈ることが出来るのはソラージュにおける「陛下」または「殿下」の称号で呼ばれる者だけで、そういう人たちは基本的に統治者だ。
国王は言うまでもなく国の支配者だし、公爵も必ず領地を持っている。
無領地の公爵とか存在しないみたいなんだよ。
領地を失ったらその貴族位は廃止されたりして。
だから俺は「無地大公」とかいう変な爵位をわざわざ作って叙爵されてしまった。
「無地」と断っている所にそこはかとない悪意を感じたりして。
まあそれはいいんだけど、話を戻すと近衛騎士を叙任出来る人はそれなりの収入があるだけじゃなくて、基本的に国や領地の統治者なわけだ。
だから近衛騎士の俸給は長年仕えてくれてご苦労さん、的な年金支給になる。
これってつまり、国や領地の統治者がその近衛騎士を認めて後ろ盾になるってことだよね。
なるほど、判りました。
俺は近衛騎士にしたみんなの庇護者というわけか。
実際にはみんなが俺を守ったり支えてくれたりしているんだけど。
「もちろん我が主はとうにご存じとは思いますが、オウル様がソラージュのヤジマ大公家近衛騎士である以上、ヤジマ大公が帝国皇太子に庇護を与えていることになります。
それはエラ王国王太女であるルリシア様やララエ公国公女のアレサ様も同様でございます」
さいですか。
つまりヤジマ大公ってソラージュを除く三大列強の貴顕の後ろ盾なわけね。
ただの貴顕じゃなくて帝国とエラは次期支配者予定者だよ!
どうするんだよコレ?
いや聞きたくないから教えてくれなくていいです。
いつものように俺は忘れますので。
舞台(違)ではオウルさんが演台を降りてしまったので、司会の人が「これにて終了でございます」とか何とか言って総会を終わらせた。
するとトルヌ皇国の官僚らしい人が出てきて何か言い始めたけど、俺は興味を失って座席に蹲った。
冷えてきたなあ。
部屋に帰ってシャワー浴びたい。
オウルさんが戻って来て俺の前で頭を下げる。
片膝を突かないだけでもマシか。
「あれでよろしかったでしょうか」
いや、そんなこと聞かれてもね。
俺が脚本書いたわけでもないし。
でもスルーすると面倒なので応えておく。
「満点だと思います。
ご苦労様でした」
「さようでございますか!
私としましては自分がヤジマ大公家近衛騎士である事実を最初に述べておくべきかと迷っていたのですが」
いや、それやったら大混乱になっていたでしょうからやらなくて正解です。
「ありがとうございます。
それでは今後の予定でございますが」
オウルさんがそう言うと、なぜかユマさんは当然としてルリシア殿下とロロニア嬢、アレサさんなんかも集まって来た。
目立つから止めて!
列強諸国の代表が密談しているように思われるよ!
「その通りでございます。
ここでは確認だけに致しましょう。
予定通りお願いします」
ユマさんが訳の判らない言葉で締める。
みなさんは頷いた。
判っているらしい。
俺と違って(泣)。
まあいいです。
俺たちはそれからみんなでミルトバ連盟の総会会場を去った。
列強諸国、そろい踏みだ。
ひょっとしたら外からはヤジマ大公が皆さんを直卒しているように見えたかもしれない。
勝手に思ってくれていいです。
今さら手遅れだし。
宿舎に戻って熱いシャワーを浴び、夕食まで寝る。
ニートだからいいのだ。
夕食の席にはなぜかユマさんしかいなかった。
ハマオルさんとラウネ嬢は少し離れた所で食事しているけど。
ルリシア殿下やアレサさんはともかくオウルさんが来ないのは珍しいな。
「トルヌ皇国皇王陛下主催の舞踏会に参加していらっしゃいますので」
ユマさんが教えてくれた。
そんなのあったのか!
まあ、総会の開催国国王が主催する舞踏会ならミルトバ連盟の代表の人たちも出席せざるを得ないよね。
どうせヤジマ財団が仕切っているんだろうし。
てことは美味い飯とかが満載なわけで。
ちょっと心が動いたぞ。
でもオウルさんはともかくルリシア殿下たちは何で?
会議場で最後に言っていた事と何か関係があるんですか?
「建前上は帝国皇太子殿下ご一家の親善社交でございます。
この機会に北方諸国の皆様は次期帝国皇帝陛下と親しくお話しなされては? という趣旨で。
ソラージュ王国の第一王女殿下もお披露目と言いましょうか、ソラージュの存在感を示す意味もございます」
そうか。
列強諸国の貴顕がそろい踏みしているのだ。
その一角たるソラージュが顔を出さないのはおかしいと。
それにレネ様って今まであまり表に出てこなかったみたいだからな。
本当ならどっかの王家と婚姻の話が進んでいてもおかしくないはずなのに。
「現在のソラージュには第一王女を差し上げる必要があるほど重要な他国はございません。
帝国皇太子殿下は既婚、ララエの公族との婚姻は意味を持ちませんし、エラに至ってはこれまでは王太子すら決まっていない状態でした」
そして北方諸国は論外と。
軽小説と違って王族の結婚は完全に政治だからな。
自国の一領地程度の国力しか持たない小国に第一王女を嫁がせる意味はない。
でも、だったらどうしてソラージュは第一王女を送り込んで来たんだろう。
ミラス王太子殿下の代役というほどの立場でもないし。
「実績作りでしょうね」
「何の?」
「何のというよりは誰の、でございます。
グレンですよ。
まだ近衛騎士でしかありませんが、ミラスが戴冠する前に世襲貴族に上がるはずでございます。
そうなれば次期国王の側近の立場からして第一王女を娶っても不自然ではないと」
そうなのか!
確かにグレンさんはともかくレネ様は露骨に好意を示していたからな。
王女の恋って叶うんだなあ。
ソラージュはその辺り、かなり捌けていそうだし。
そもそもグレンさんの先祖にも平民に降嫁した王女がいるらしいしね。
「本来なら第一王女の降嫁先としてはこの方以外にはあり得ない、という方が国内にいらっしゃるのですが」
ユマさんが言った。
そうなんだ。
だったらなぜその人にしないの?
「レネ様がその方の元に降嫁されますと最悪国が滅びますので。
傾国姫の怒りを買えば少なくとも国は傾く上、経済も壊滅的な被害を被ることが判っております。
それ以外にもかなりの高確率で他国との関係が悪化し、野生動物との協調にも支障が出ることが考えられます。
そのような危険は避けるべきが妥当かと」
俺かよ!




