9.蘇りの呪文?
レムルさんの表情や目は死んでいたけど、身体はてきぱきと動いていた。
もはやゾンビなんだろう。
ララエ公国統制官のヒロエさんに仕事を投げられて、それを片付けている間にどんどん出世するのと同時に精神は死んだと。
まだ魔王顕現の復旧で忙しいはずなのに、トルヌまで呼び出されてミルトバ連盟の総会で説明させられている。
アレサさんが茶番と言ったわけが判ったぞ。
全部、大公会議かどっかのシナリオなんだよ。
むしろヤジマ財団なのかもしれないけど。
アレサさんやレムルさんは生贄のようなものか。
そして首謀者は絶対に表には姿を曝さない。
ヒロエさんなんか明らかに諜報関係者だもんな。
そもそも「統制官」なんて肩書きはまさにアレではないか。
秘密警察とか。
だからあの人は表舞台には出てこないんだろう。
でもここには来ているはずだ。
そう思って探して見ると、すぐに見つかった。
少し離れた席で、護衛らしい人たちに囲まれてのほほんと座っている。
俺の視線に気づくと優しげな表情で頭を下げてきた。
怖っ!
あの気弱げな態度は何なんだろうか。
凄い切れ者であることは間違いないな。
さぞかし闇も深かろう。
「ヒロエ殿ですね。
ララエの内務省統制官という肩書きでございますが、実質的には現場のトップかと」
ユマさんが恐ろしい事実を教えてくれた。
やっぱそうか。
大公会議の代理とかで来たこともあったからなあ。
もはや大臣クラスなのでは。
「そこまでは。
『次官』といったところですね」
なるほど。
魔素翻訳で「次官」と聞こえたということは、つまり官僚のトップか。
俺の認識ではそうなる。
長官や大臣は政治家だ。
日本の場合、総理大臣に選ばれて任命されるんだけど専門家じゃないから実務は官僚に任せることになる。
大臣のすぐ下にいて役所を指揮するのは官僚として生え抜きの役人だ。
実質的な権力者と言っていい。
その官庁の役人としての最高位が日本では「事務次官」なんだよね。
テレビのニュースでも時々出てくるけど、つまりその役所の事実上のトップだ。
ヒロエさんってそんなに偉かったのか。
ていうか内務省だよ?
今はどうか知らないけど、太平洋戦争以前の日本帝国だと特別高等警察を持っていた役所だ。
対諜報組織というか、ナチスドイツにおけるゲシュタポみたいなもので。
ああ、嫌だ。
そんなのとはカカワリアイになりたくない。
忘れよう。
レムルさん頑張ってね。
そのレムルさんは舞台(違)で孤軍奮闘を続けていた。
今回の魔王顕現についての野生動物会議議長の警告から始まって、サレステ防災舎の設立および活動に至るまでの経緯を手際良く説明する。
聴衆(違)は熱心に聞いているようだった。
それはそうだよ。
魔王の顕現対処はどこの国でも頭が痛い問題だからな。
それを上手く躱した話なら金を払っても聞きたいだろう。
「あれは何が目的なんです?」
話し続けるレムルさんを見ながらユマさんに聞いてみた。
まあ、大体は判るけど。
「我が主もお人が悪い。
お考えの通りでございます」
ユマさんも当然のように返してきた。
俺に言わせたいの?
判りましたよ。
「つまり餌だと」
「はい。
魔王の顕現は北方諸国にとっては死活問題でございます。
正直に申し上げますと現状では顕現したら為す術はございません。
予測も不可能かと。
それをどうにか出来るというのでしたら」
何でもやるでしょうね、とユマさん。
だから「国連」か。
つくづく策謀家だよね。
全部、そこに持っていく作戦だったりして。
思わずオウルさんを見てしまったけど、ごく自然に頷かれた。
つまりオウルさんもご存じか。
ミルトバ連盟、終わったな。
「……このように、魔王顕現対処はまだ未熟ではございますが、今後の努力によってある程度までは可能になるとの結論を得ました。
もちろんララエ公国単独では不可能でございます。
ヤジマ財団のご助力があってこそ可能となったわけでありまして」
レムルさんがいつの間にか復活していた。
投げたな。
自分の責任じゃない事に思い当たったのかもしれない。
もういいです。
貴方はよく頑張りました。
この上は安らかに眠って下さい(泣)。
「……ありがとうございました。
ララエ大公国連邦サレステ防災舎のレムル殿でございました」
レムルさんが一礼して引き下がると、司会の人がなんとなくまとめた。
大変だな。
これで終わりかと思っていたら、アレサさんが進み出た。
「ララエ公国政府は今回の魔王顕現対処に関して近日中に報告書を公表致します。
私もララエ公国のみならず、セルリユ興業舎狼騎士隊の一員として調査を行う予定でございます。
北方諸国のご協力をお願い致します」
断れないよね。
さすが。
これでアレサさんのみならず狼騎士隊は北方諸国に立ち入り自由と。
着々と侵攻が進んでいるような。
でもそれ、ララエが独自にやるように聞こえるけど?
そんな心配は無用だった。
アレサさんが最後にぶちかましてくれた。
「ちなみに私はララエ公国公女ではなく狼騎士として国を越えた魔王対策組織に所属する予定でございます。
エラ王国王太女ルリシア殿下と同様、私もソラージュ王国ヤジマ大公家の近衛騎士に叙任されております故、所属はむしろヤジマ財団と考えて頂きたく、よろしくお願い致します」
何それ(泣)。
ここで言うことですか?
俺、完全に黒幕というか悪の大首領ですよね?
エラだけじゃなくてララエにまで俺の魔手が伸びていると。
俺が泣いているとユマさんが言った。
「皆様、ご納得されておられますよ?」
さいですか。
確かに出席者からはむしろ安心したような雰囲気が漂っていた。
いいのかね?
列強の代表がみんなどっかの得体の知れない大公の手先だとバレたのに。
「我が主は既に北方諸国を事実上征服済みでございますから。
ララエに踏み込まれるよりはマシだとお考えになられているかと」
さいですか。
もう何も言えない。
どうにでもして。
やさぐれて見ているとララエ公国席のヒロエさんにレムルさんが近寄って話していた。
ヒロエさんは笑っているけど、レムルさんは肩を落としているような。
そういえばアレサさんは?
「こちらに」
びっくりした。
ララエ公国公女殿下が俺の前で騎士の礼をとっていた。
ララエ席にいかなくていいんですか?
「私はセルリユ興業舎の狼騎士隊員ですので」
肩を竦めてからアレサさんが着座する。
ルリシア殿下の隣だ。
何これ。
ハーレムでも作るつもりなの?
「ルリシア様とアレサ様は我が主の近衛騎士でごさりますれば」
ユマさんの詭弁!
そういう風に持っていく訳ね。
レムルさんが来た。
アレサさんの後ろの席に着く。
何かこのフォーメーション、覚えがあるような。
美少女がどんどん増えていくんですが。
それも貴顕ばっか。
そういえばレムルさんも子爵家令嬢だったっけ。
「レムルは近日中にララエの大公会議より叙爵される予定です」
アレサさんがなぜか同情を込めたような視線をレムルさんに向けていた。
「今回の危機において、ララエに対して多大な貢献があったということで男爵に推されます」
「光栄でございます」
再び死んだような目つきに戻ったレムルさんが呟いた。
そうか。
ララエ公国はレムルさんをとことん使い潰す気か。
世襲貴族にしてしまえば大公会議の命令から逃げられないからね。
大公会議はマジで容赦ないから。
俺なんか突然名誉大公にされたんだぞ?
利用価値があると思えば露骨にえげつない手を打つことを躊躇わないからなあ。
レムルさん、このままだとゾンビを通り越して死者の王化したりして。
「その時は我が主が蘇りの呪文を唱えればよろしいのです。
さすれば確実に生き返ります」
ユマさん、勘弁してやって(泣)。




