8.ララエ代表?
舞台(違)から降りたルリシア王太女殿下は当然のように俺たちの近くに座った。
無表情のロロニア嬢が後ろに着座する。
その虚ろな瞳はユマさんに向けられていた。
呪っているのでは?
「当然です」
本当に呪っていそうだ。
情報統合思念体が何かしてくるんじゃないかと怖くなったけど、ここは現実だから。
でもユマさん、よく平気ですね?
相手は道化師の二つ名持ちなのに。
「ロロニアは損得の計算が出来ますので。
万が一にも我が主のご機嫌を損ねるような事はしません」
自信満々に言い切られてしまった。
つまり、今のユマさんに危害を加えたり呪い殺したりすると俺が黙っていないと。
それはそうだけどね。
恐ろしい世界だ。
出来るだけ関わり合いにならないようにしよう。
「始まりますね」
ユマさんに言われて舞台(違)を見ると、次の代表が現れた所だった。
またしても女性。
しかもドレスじゃなくて騎士服を着ている。
あれってセルリユ興業舎の狼騎士隊儀礼服なんじゃないの?
「アレサ様はセルリユ興業舎の舎員でございますので。
あの服を着用する資格はございます」
さいですか。
しかしララエの代表としての登場だよ?
セルリユ興業舎はソラージュの会舎なのに。
「ララエ大公国連邦代表、アレサ・ツス・ララエ公女殿下でございます」
司会の人もとまどっているようだったがそこはプロ。
そつなくまとめてアレサさんを紹介する。
アレサさんは騎士の礼を持って応じると進み出て言った。
「ご紹介にあずかりましたアレサでございます。
この度はララエ大公国連邦大公会議の代理としてミルトバ連盟総会に参加させて頂きましたことを嬉しく思います」
さすがは生まれながらの公族。
レネ王女殿下と同じくらい堂々たる挨拶だ。
ルリシア殿下のはちょっと、王族にしては軽かったからね。
ちなみにアレサ公女殿下の本質は結構ドジで慌て者だったりするけど、こういう席ではマイナス要素を微塵も感じさせない。
それだけの努力を積み重ねてきたわけか。
苦労しているんだろうなあ(泣)。
「初めてお目にかかる方もおられますが、懐かしい方もお見受けします。
ソラージュ王国ヤジマ親善大使のお供として皆様のお目を汚した事もありました」
やっぱそこから入るのね。
アレサさんは確かにララエ公国の公女殿下ではあるんだけど、逆に言えばただの公女だからな。
ソラージュ王国の第一王女であるレネ殿下やエラ王国王太女なルリシア殿下と比べたら地味だ。
別にララエ公国政府の役職についているわけでもない。
だから俺を持ち出すと。
そう思いながら眺めているとアレサさんが爆弾を破裂させた。
「私はララエの公族位にありますが、同時にソラージュ・セルリユ興業舎に所属する舎員でもあります。
私が着用しているこの制服に見覚えがある方はいらっしゃいますか?」
「……御身は狼騎士なのでございますか?」
誰かの声が上がった。
制服を知っている人がいたらしい。
狼騎士隊は俺の護衛として北方諸国を回ったからね。
でもあの時のアレサさんは騎手としてじゃなくてドレスを着て社交の席で俺の盾になってくれていたはずだけど。
「はい。
実は、以前に御国をご訪問させて頂いた頃から私は狼騎士でございました。
当時はまだ見習いでしたが、今は隊長の役職を頂いております」
そうなの?
こないだは贔屓で役立たずの穀潰しとか自分で言っていたんじゃ。
「臨時任命でございます。
休職を解除させて頂きました。
現在は狼騎士隊の特別調査隊長の任についておられます」
その調査隊にはフクロオオカミを含めて隊員が二人しかおりませんが、とユマさん。
ひでえ。
母国の都合で休職させられたかと思ったら今度はいきなり復職させられて。
適当な役職に任命か。
アレサさんの職位は係長だったはずだから、かろうじて隊長ではあるんだけど、特別調査って何をさせるのやら。
でも理解は出来る。
サラリーマンは役職がすべてと言っていい。
別の会社の人と会う時は、こっちの名刺次第で対応が変わってくるからね。
俺なんか北聖システムではペーペーだったから関係なかったけど、上司と一緒に初めてのお客さんに会って名刺交換する時に思い知った。
主任とか係長では御用聞き扱いなのに、部長の肩書きがあると相手も相当偉い人が出てくるんだよ。
中の人は替わってないのに。
つまりサラリーマンは本人より肩書きで評価されていることになる。
能力じゃないのだ。
なぜかというと、そもそもちょっと会ったくらいでは相手の実力なんか判らないからな。
しかも会社員は自分だけの力で仕事するわけじゃない。
会社の中での立場で仕事の仕方が変わってくる。
簡単に言えば、どれだけの人と金を動かせるかだ。
それを端的に示すのが肩書きだ。
主任や係長なら部下はいても数人だろうけど、部長クラスになると下手したら数十人を指揮しているかもしれない。
それともうひとつ。
部長って、少なくとも日本の企業ではその会社を代表すると見做されるんだよ。
どういうことかというと、例えば課長クラスが何かを話した場合、その意見は課長個人のものとして認識される。
でも部長が言った時は、それはその会社の意志だととらえられるんだよ。
正確に言えば部長職以上で、取締役やなんかも同じだ。
話が逸れたけど、つまりサラリーマンにとって役職はそれくらいでかい存在だということで。
だからアレサさんが「セルリユ興業舎の舎員です」というのと「セルリユ興業舎狼騎士隊の隊長です」と言うのでは全然違ってくる。
ある意味、セルリユ興業舎の狼騎士隊を代表して話していると見做されるからね。
アレサさんの話は続いていた。
「本日、私はララエ大国国連邦の代表としてここに参りましたが、今回の魔王の顕現対応につきまして、大公会議より皆様に説明するように仰せつかっております。
特に野生動物部隊の活動について解説させて頂きたく、私の相棒を連れて来ておりますので皆様にご紹介させて頂きます」
アレサさんが振り返って手を差し伸べると、通路から灰色の巨大な姿がのっそりと入ってくるのが見えた。
驚愕が走る。
さすがはミルトバ連盟の代表方だけあって悲鳴などは上がらなかったが、こんな席に堂々と入ってくる野生動物にビビッている雰囲気が見え見えだ。
狼騎士隊の制服を纏ったフクロオオカミが舞台(違)に上がり、アレサさんの隣に寝そべる。
アレサさんはフクロオオカミの巨大な顔に寄り添いながら言った。
「申すまでもございませんが、野生動物は人間と同等の知性やモラルを所持しております。
この者はセルリユ興業舎狼騎士隊における私の相棒で、当然ながらセルリユ興業舎の舎員でございます。
ご紹介します。
ティト・マラライク係長です」
フクロオオカミが吼えた。
「ティトです。
アレサ隊長と組んでいます」
意外にも若々しい声? だった。
ティトか。
知らないな。
まだ新参なのかもしれない。
「ティトはアレスト興業舎時代から狼騎士隊の任務を遂行してきたベテランでございます」
さいですか。
覚えてない(泣)。
男だから。
「ちなみにこのティトのセルリユ興業舎における職位は私と同階級でございます。
つまりティトも狼騎士隊の指揮を執ることが出来ます。
それだけの権限を持つ舎員であることをお判り頂けたらと思います」
アレサさんは平然と言ったけど、実際にはちょっと違う。
野生動物舎員の人事は今のところ人間のとは違っているんだよね。
別系統になっているというか。
具体的に言うとセルリユ興業舎に所属する野生動物は人間を指揮出来ない。
人間も野生動物に直接命令出来ない。
これは野生動物たちが群れの命令で動いているためだ。
例えばツォルが狼騎士隊で働いているのは、フクロオオカミのマラライク氏族の長老にそうするよう命令されたからだ。
「セルリユ興業舎の上司の命令に従え」と言った具合だ。
ツォルがシイルの命令で働くのは、そうするように長老から言われているからであって、業務命令に従っているわけじゃないんだよ。
もっともツォルは主任なので、セルリユ興業舎に所属している部下のフクロオオカミたちには命令出来る。
ていうか指揮出来る。
ツォルの奥さんのナムスなんか係長だから野生動物部隊の指揮だって可能だ。
野生動物全体が別会舎の業務請負部隊だと言えば判りやすいか。
ちなみに派遣と請負の違いは情報処理試験に出たりするので覚えておくように。
まあ、そういう面倒くさい所はアレサさんも説明するつもりはないんだろうな。
何する気なのか大体判った気がする。
野生動物の売り込みだ。
これってやっぱ、ララエ公国大公会議というよりは略術の戦将の作戦なんだろうなあ。
ていうかララエがユマさんの案に乗ったとか、あるいは何らかの利益供与があったという所だろう。
全部ビジネスか(泣)。
アレサさんの話が続いていた。
「皆様もお聞きになっておられると思いますが、少し前にララエにおいて魔王の顕現が発生しました。
結果として、ララエ公国はヤジマ財団のご助力で被害を最小限に留めることに成功致しました。
その顛末について、少しお時間を拝借してご説明させて頂きます」
アレサさんが手を差し伸べると、いつの間にか舞台(違)に上がっていた人が進み出た。
またしても女性だ。
制服姿だけど、あれってどこの会舎だったっけ。
「こちらはララエ公国が設立致しました魔王顕現の対応組織であるサレステ防災舎の舎長です。
レムル殿、お願いします」
やっぱレムルさんか。
「レムル・フィドでございます。
よろしくお願い致します」
レムルさん、既に死んでない?




