7.エラ代表?
ルリシア殿下がロロニア嬢を従えて舞台(違)に上がると、広い客席が静まりかえった。
そして次の瞬間にはなぜか上がる歓声。
なんで?
「ここがトルヌだからでございます」
ユマさんが教えてくれた。
いきなり後ろから話しかけられるとビビるんですが。
「失礼致しました」
「それはいいんですが、なぜトルヌだとルリシア殿下が歓迎されるんですか?」
ルリシア殿下は確かに美人の北方種だけど、俺の隣に座っているレネ王女殿下だって同じくらいの美女なのに。
北方種の血が混じっているから髪も金に近いし。
「古代ミルトバ帝国は北方種によって統治されていたという伝説がございます。
そもそも北方種という呼称も『北方を統べる者』の略であるという説もございますほどで」
そうなのか。
確かに変だとは思っていたんだよね。
だって俺、親善旅行で北方諸国を回ったけどあまり北方種を見た覚えがない。
王家の中には北方種に近い人もいたけど、純血じゃないみたいだったし。
むしろエラとかの方に多かったような。
エラ王国は北方とは言い難いからな。
ソラージュやララエと同じく「中つ国」という位置付けだろう。
帝国は南方だ。
でも北方種は「北方の種」なんだよね。
「かつての統治者だからと?」
「そういう風潮がございます。
古代ミルトバの伝統を受け継ぐトルヌ皇国の皇王陛下も代々北方種でございました」
そういえばあの元トルヌ皇国皇王陛下は純血の北方種だったっけ。
でも現皇王陛下は北方種じゃないよね?
その特徴もあったけど、南方種との混血だったような。
「それは前皇王陛下の改革というか伝統破壊の成果でございますね。
とはいえ、現在でもトルヌというよりは北方諸国では北方種は貴顕の象徴という認識でございます」
さいですか。
だから純血の北方種に見えるルリシア殿下はウケると。
もっともルリシア殿下も純血というわけじゃないような。
母方のカルート男爵家の先祖には人間や南方種が結構いると聞いたことがある。
でもなぜか生まれる子供はみんな北方種になるらしいのだ。
極端な優性遺伝子でも持っているんだろうか?
ルリシア殿下の父親であるルミト陛下はかなり純粋に近い北方種らしいから、その間に生まれたルリシア王女殿下が北方種なのは当然だけど。
でも純血の北方種じゃないよね。
前トルヌ皇王陛下がそうだったように、純血の北方種って別に純粋な北方種というだけではないみたいなんだよ。
人種というよりは種族が違うと言いたいくらいの差がある。
例えば俺の嫁だ。
アレスト伯爵家は確かに北方種の家系だけど、やっぱり先祖には人間や南方種がいるらしい。
それでもアレスト家の人たちはみんな北方種と断定出来るだけの特徴を持っていたから、北方種の家系と言ってもいいんだろう。
だけど俺の嫁は違う。
まさに純血の北方種だとしか思えないんだよ。
何が違うのかよく判らないんだが、とにかく違うと言うことだけは判る。
でも普通の人はそんな事、知らないだろうな。
だって純血の北方種ってめったにいないから。
俺の知っている限り、そう断言出来るのは前トルヌ皇王陛下と傾国姫の二人だけだ。
どっちも異能臭がバリバリだよね。
ていうかそれが純北方種の条件なのかもしれないけど。
そんなことを思っている間に舞台(違)では司会者が紹介を始めていた。
「エラ王国王女殿下……いえ、失礼しました!
ルリシア王太女殿下でございます!」
メモを見て一瞬絶句した司会者? だが、次の瞬間には冷静に切り替えていた。
さすが。
だが客席? は違った。
シン、と静まりかえる出席者の人たち。
「……王太女殿下、と言われたか?」
誰かの自信なさげな声が上がる。
司会者より早く応える声。
「はい。
ルリシア・エラ王太女殿下でございます。
エラ王国貴族院の承認を得てこの度登極致しました」
抑揚のない声で告げるロロニア嬢。
「何と!」
「エラは王太女を立てたのか!」
「信じられん。
あの伝統に凝り固まったエラが」
勝手な言葉が飛び交う中、澄んだ声が響く。
「初めての方も、旧知の方もおいでになりますが、改めてご挨拶を申し上げます。
ルリシア・エラでございます。
よろしくお願い致します」
何の気負いもない純粋に親しみが籠もった声だった。
ルリシア殿下ってそういう人だからね。
誰とでもすぐに親しくなれる。
むしろ王女としては異端かもしれない。
「おお!
確かにルリシア殿下だ」
「王太女になられたとは……確かヤジマ親善大使とご一緒に我が国をご訪問されたのでは」
「ヤジマ大使と?」
「ヤジマ商会所有者だ」
「今はソラージュのヤジマ大公だぞ」
「そうか。
なるほど」
「そういうことか!」
納得しちゃった人がいるらしい。
あちこちで私語が飛び交い、収集がつかなくなりかけた時にロロニア嬢の声が響いた。
「皆様ご静粛に。
疑問にお答えさせて頂きます。
ルリシア王太女殿下は登極に先立ち、ソラージュ王国ヤジマ大公殿下より『近衛騎士』に叙任されました。
これはエラ王国国王ルミト陛下も認めております」
そこで口を噤んでしまうロロニア嬢。
いや、疑問に答えてないでしょう。
しかし参列者は納得したみたいだった。
「おお、ヤジマ大公が」
「ヤジマ大公の後ろ盾があれば」
「どうなることかと心配していたが、これでエラもとりあえず安泰か」
「さすがはヤジマ大公。
そういうことなら」
なんでみんなそれで理解出来ちゃうの?
ていうか俺、露骨に黒幕扱いされてない?
「扱いというよりは黒幕そのものでございますね」
ユマさんのツッコミも虚しい。
もういいです。
オウルさんの満足そうな微笑みや、初めて知ったらしいレネ王女殿下の表情も気になるけどそれも無視だ。
勝手にやって下さい。
舞台(違)ではルリシア王太女殿下が闊達な口調で演説していた。
特に内容はなかったけどウケていたようで、終わると万雷の拍手が沸き起こった。
人気あるなあ。
「ルリシア殿下ご自身の人気もありますが、むしろ王太女登極に対するものでございますね」
ユマさんが説明してくれた。
「というと?」
「北方諸国の方々は列強の動きに敏感でございます。
特にエラ王国およびララエ公国については一部の国が国境を接しているため、その動向は常に注目されております。
そのエラではこのところ、王子が次々に逃げているという話が伝えられておりまして、国の安定が危惧されていたとのことで」
なるほど。
それは気になるよね。
エラは列強の中では国力が低い方だとはいえ、それでも北方諸国に比べたら強大な国家であることは間違いない。
しかもすぐ近くにあるのだ。
そんな国が安定を欠いていたら北方の国は気が気じゃないだろう。
「そこにルリシア王太女殿下が登極したと」
「それだけではございません。
我が主の後見を受けているわけでございます。
これほど強力な後ろ盾があれば、その立場は盤石であろうと」
そうかよ。
いいのかねえ。
だって俺、エラとは何の関係もないのに。
よその国の大公の後見を受けた王太女なんかトラブルの原因でしかないのでは。
「普通の大公であれば。
ですが主上はヤジマ大公でございます」
オウルさんが割り込んできた。
俺は普通じゃないと(泣)。
「当然でございます。
主上は『大王』でございますからな」
そういうことはあまり開けた所で言わないで下さい。
色々誤解が広がりそうですので。
「これは失礼致しました。
ですがここに参列している者共は皆知っております。
主上が何者であるのかを」
俺、何者なんですかね?
いや知りたくないけど。
混乱しているうちにエラ王国代表者の挨拶は終わったらしい。
ルリシア王太女殿下は舞台(違)を降りると、真っ直ぐにこっちに向かって歩いてきた。
「マコトさん!
私の話、どうでした?」
そんなに親しげに話しかけられたら益々誤解が広がるんですが。
もう手遅れか。
まあ、上手くやれたんじゃないでしょうか。
あまりよく聞いてませんでしたが。
「そうですか!
良かった。
ロロに言われて、なるべく内容がなくて曖昧なお話で通したんですよ。
何せ私はいずれスキャンダルを起こして失脚する身ですからね。
エラの王太女として言質を取られるような事は絶対に避けないと!」
軽小説じゃあるまいし、そんな王太女は駄目だろう!




