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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第六章 俺が舎長代理?

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4.舎員食堂?

 スラウさんたちは、フクロオオカミを囲んで何やら布を広げているようだった。

「何をしているんですか?」

「型どりです」

 マッチョが答えた。そっけないが、それだけ作業に集中しているようだ。

 このマッチョ、何て名前だったっけ。

「フクロオオカミ用の装備を収納できるバッグ、というよりは装着具を作ろうと思っているんです」

 スラウさんが説明してくれた。

「装備ですか」

「はい。護衛班の目標は、フクロオオカミが警備隊や冒険者と共同して、遠隔地での商隊護衛などの活動ができるようにすることです。

 そのためには、せめて冒険者並の装備を持参できるようにしたいので」

 なるほど。

 しかし、フクロオオカミが装備を持っていても、うまく扱えないんじゃないか?

「取り出したり使ったりするのは、同行している人間です。あるいは、自分の食料を持参したり、救助活動における緊急支援物質の移送などにも使えるかと。

 フクロオオカミは、人間より速く移動できますし、人間や馬ではなかなか行けないような場所も平気で踏破できますから」

 凄いことを考えているらしい。

 フクロオオカミをレンジャーとして使おうというのか。

「でも、それってフクロオオカミの危険が高くなりますよね」

 マッチョが顔を上げて言った。

「我々もその懸念があったのですが、フクロオオカミ側から是非やりたいと」

 ボ、ボウバウッ!

「俺タチハ丈夫ッス! まことサンノ兄貴!」

「絵本ニアッタミタイニ、人命救助ガヤリタインデス!」

 絵本?

 フクロオオカミが絵本を読んでいるのか?

 シイルが遠慮がちに口を挟んだ。

「あの、いつの間にか青空教室にフクロオオカミが紛れ込んできて、今では生徒になっています」

 知らなかった。

 ていうか、体長3メートル以上ある野生動物が、紛れ込んでくるはずがないだろう。

 公認されたな。

 シルさんあたりに。

 その証拠に、シイルの奴はいけなかったんでしょうか、とか聞いてこない。もう許可が出ているんだろう。

「それはいいな」

「フクロオオカミたちはみんな、素晴らしいですよ。もうかなり字を覚えて、次から次へと絵本を読破しています。

 もっとも自分ではうまく本をめくれないので、誰かに手伝ってもらう必要はあるんですが」

 そのせいで青空教室は盛況ですし、ここで働いている子供達と仲良くなって、今ではお互いに仲間と認識しているようです、とスラウさん。

 続いて、マッチョも言った。

「驚くべき事です。こんな簡単で重大なことに、今まで誰も気づきませんでした。

 舎長代理の慧眼にはこのフォム・リヒト、恐れ入る他はありません」

 本当に頭を下げた。

 あ、そういえばこの人、フォムさんだ。

 いや違うだろ。

 俺は何もしてないし、慧眼なんかもない。

 何でみんな、自分の手柄を人に押しつけようとするんだろう。

 シイルよ、そんな目で俺を見るな!

 居たたまれなくなって、俺は必死で話を逸らせた。

「人命救助ですか」

「どうも、そういう絵本を読んだらしいです。人間の子供と親しくなった野生動物が、魔王の被害にあって困窮した人たちを助けるという」

 ババウッ!

「ソウ。食ベ物ト水ヲ届ケタ!」

「小サイ人ノ子供ヲ、安全ナ所マデ運ンダ!」

 あー。

 なんか地球にもあったっけ。

 アルプスの山岳救助犬とかそういうの。

 山で遭難した人に、首に下げた小さな樽に入ったお酒を届けて助けるんだよね。

 あと救助を呼んできたりとか。

 こっちでもまあ、当然あるわな。

 地球では実話だけど、こっちはファンタジーなのか。

 いや、かつてはそういうことが本当にあったのかもしれない。

 絵本になるくらい、有名な話なのかも。

 何せ、こっちの動物は人間と話が出来るのだ。

 フランダースの犬みたいに仲良くなった人間を、野生動物が友情に基づいて助けるというシーンはありそうだ。

 家畜では無理だろうけど。

「そういうわけで、警備班の目標が増えてしまって大変ですよ」

 フォムさんが、笑いながら言った。

「ちょっと考えただけでも、フクロオオカミを初めとした野生動物の雇用可能性は無限です。歴史が変わりますよ、舎長代理」

 騎士団の、何といったっけあの人と似たようなことを言うのね。

 はいはい、歴史でも何でも変えてください。

 俺には関係ないから。

 ていうか俺、もういらないんじゃない?

 後は勝手にやって欲しいものだ。

 その後、適当にみんなを励ましてから、俺はシイルを伴って逃げ出した。

 みんな凄いなあ。

 よくあれだけの事を思いついて、しかも実行できるものだ。

 考えることは誰にでもできるけど、それを実現するのは大変だよ。

 技能や知識の他に、パッションがなくちゃ出来ない。

 みんな、それがあるんだよなあ。

 俺みたいな事なかれ主義者から見たら、信じられないほどの情熱だ。

 俺にあれだけのパッションがあったら、会社でももっとうまくやれたかも。

 もう遅いけど。

「あの、そろそろお昼なので、少し早いけれど食堂に行きませんか」

 シイルが言うので、どうせやることもないし、早めの飯にしようか。

 その「食堂」は、倉庫の扉に近い場所に設けられていた。

 この場所、多分アレスト興業舎の仕事が増えてくるとそのうちに使われるんだろうけど、今はただの空きスペースである。

 そこに、どこから持ってきたのか古ぼけた長机と同じく長椅子が置いてあって、すでに数人の「客」が待っていた。

 その中に、俺はよく知っている顔があった。

「ホトウさんじゃないですか。久しぶりですね」

「舎長代理」

 ホトウさんが手を上げて挨拶してくれた。

 パーティ『ハヤブサ』のマイキーさんとセスさんの姿もある。馬のボルノさんはいなかったけど。

 それにしても、ホトウさんまで「舎長代理」か。

 仕方がないけど、ちょっと寂しいな。

「今日は、外だと聞きましたが」

「今日というか、ここ数日は少し遠出していました」

 ホトウさんにかわってマイキーさんが言った。

「フクロオオカミの他の氏族を回って、マラライク氏族の今回の雇用について説明していたんです。

 結構、大変だったんですよ」

「そうですか。ご苦労様です。それで、どうでしたか?」

 なんか俺、演技上手くなっている気がする。

 どうでもいいと思っていることについても、それっぽく聞けるもんな。

 あ、でもこれって顧客と話す時のテクか。

 まったく関心のない釣りとかプロ野球の話を聞かないと、仕事の話が始まらない社長とか結構いたからなあ。

 こっちに来てからは、サラリーマンとして培った変なテクニックばかり役に立っているな。

「感触はいいです」

 ホトウさんが話を継いだ。

「あまり関心がなさそうな氏族と、是非参加したいという氏族が半々で、先になりますが他のフクロオオカミの氏族とも雇用協定を結ぶことになるでしょう。

 しばらくは、それにかかりきりになりそうです」

 あ、そういうことか。

 ホトウさんはギルドの外部業者である『栄冠の空』の社員? だから、今の仕事が長く続けば続くほどいいわけだ。

 プロジェクトの成否は、あまり関係ないんだな。

 特にパーティ『ハヤブサ』は、タスク・フォースとして雇用されているわけだから、そういう仕事がずっと続くというのが望ましい未来なわけだろう。

 そうか。

 もう俺って『栄冠の空』の社員? じゃないからな。

 仕事に対する視点が違ってきちゃったのか。

 何となく鬱になりながら、それでもホトウさんの隣に座っていると、炊事場の方から誰かがやってくるのが見えた。

 その中に、何となく見覚えがある姿があった。

 見間違えようがない、ケイルさんの巨体がでかい寸胴鍋を運んでいた。

 その周りにいるのはいずれもシイルくらいの子供達で、揃いの前掛けをつけて食器などを運んでいる。

「ケイルさんにコーチして貰って、ボクたちの仲間が食事を作っているんです。まだ簡単なものしか出来ませんけれど、大量に作るので何とかなっています」

 シイルが説明してくれた。

 なるほど、これが舎員食堂か。

 それにしても、ケイルさんがコックとは。

「ケイルは、実は料理については拘りがあるんです」

 マイキーさんが言った。

「子供達が、ここで食堂をやりたいと言ってきた時、シルさんが助言してくれて。

 それ以来、ここでお昼ご飯の監督をしています。

 おかげで『ハヤブサ』から戦力が抜けてしまって大変です」

「まあ、今は荒事がないので大丈夫ですが」

 ホトウさんが補足する。

 二人とも敬語か。

 俺に対して。

 やだなあ。

 その時、いきなり倉庫の出入り口の方から、言い争うような声が聞こえてきた。

 トラブルか。

 止めてくれよな。

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