23.来訪者?
何か俺、勇者認定されているらしい。
思い出してみると確かにあの時の騎馬戦では俺の精神衝撃のせいで敵味方のほとんどが戦闘不能に陥ったよね。
でもそれはお互いに全力でぶつかっている最中に不意を突いたからで。
攻撃の最中に気を逸らされたら相手の打撃をまともに食らうよなあ。
俺の正面にいたフレスカさんは気絶したし、馬だった手練れのオロサさんもフラフラになったもんな。
だから軽く勝てたと。
心の壁が無いが為の精神衝撃って結構使えるかも。
そういえばカールさんも共産主義者の旗印だった少女を内心の声を垂れ流すだけで昏倒させたらしいからね。
ある意味凶器?
「私は気絶して仕舞って覚えていないのですが、そんなに凄いのですか?」」
夕食後に居間でその話をするとフレスカさんが聞いてきた。
「俺にはよく判りませんが」
「では経験者に聞いてみます」
というわけで呼ばれた元帝国軍曹長が証言した。
「あれは凄まじい攻撃でございます。
遠距離から突然一方的に殴られるようなものです。
しかも予告もなく目にも見えないので避けようがございません。
対人戦では必殺でしょう」
そんなもんかね。
でも考えてみれば俺の精神衝撃ってその中身はただの情報だ。
それ自体が疑似物理的な衝撃力を持っているだけだ。
つまり受ける方は認識と命中が同時ということになる。
レーザー砲による攻撃みたいなもので、確かに避けようがないよな。
オウルさんは「さすが主上!」とか言って喜んでいるし、ユマさんも頬を染めている。
皇太子妃と息子さんたちなんか「凄い!」とか「是非経験してみたいものです」とか言う始末で。
いや皇太子妃がそんな血の気が多い事を言ったら駄目でしょう!
「そういえば我が主はアレスト市でも凄腕の警備隊長と決闘して一撃で葬ったことがございました」
ユマさん、止めて(泣)。
俺はただのサラリーマンで戦闘職じゃないんだから!
「当然でございます。
前衛は私共従者が務めます故、主上が前線に出る必要などございません」
「そうですね。
我が主にはもっと高所から全体の指導をして頂かなければ」
良かった。
俺は直接戦わなくて済むらしい。
戦闘職の冒険者なんか真っ平だぞ。
そういえば軽小説の勇者パーティってアレだよね。
少数だけで自分の肉体を危険に曝して戦うって、まともな神経じゃやってられないよ。
しかも正規の軍隊ですらない。
良くて傭兵、悪ければただの暗殺チームだ。
結局、人類側の正規軍が魔王軍と正面からぶつかっている間に手薄になった敵の本拠地に乗り込んで親玉をピンポイントで暗殺するのが仕事だからな。
前から考えていたんだけど、王様とか参謀とか、いや騎士団の団長なんかですら、現実では戦闘能力が高い必要はまったくない。
日本警察の警視総監や自衛隊の幕僚長が格闘や射撃の名人じゃないのと同じで、トップに求められる能力は断じて個人戦闘力ではない。
だとすれば魔王とか魔人参謀とかって実はあまり強くないんじゃないのか。
いや普通の魔物よりは強いかも知れないけど、少なくとも前線で王国軍と正面から殺り合っている魔人とかに比べたら弱いはずだ。
身分が高くて組織運営に長けているだけだったりして。
だからこそ、勇者パーティは単体で魔王城に乗り込んで魔王を倒せるわけだ。
そもそも魔王がそんなに強かったら自分が直接人間の王城に乗り込んでいって王様とか貴族とかをぶっ殺してしまえばいいのだ。
王様なんか村人より弱いぞきっと。
そして、ただそれだけで人類側は勇者を含めて継戦能力を失う。
王様が倒れると、専制君主制国家では誰かがすんなり跡目を継いで国を動かすわけにはいかないからだ。
民主主義とは違うんだよ。
次の王様はなかなか決まらないかもしれないし、だとしたら配下の者はうかつに動けなくなる。
勝手に動いたら反逆になってしまうかもしれないからだ。
勇者パーティもそうだ。
派遣したのは前の王様だから。
次の王様は違う方針かもしれないからね。
だから勇者も動けない。
さらに言えば、戦うための大義名分が失われるだけじゃなくて有形無形の後方支援が丸ごとなくなってしまう。
それなしの暗殺者チームなんざ無力だ。
いや軽小説の話はこの際関係ない。
少なくともこの世界の勇者はガチで魔王と殺り合わなくてもいいことが判ればいいのだ。
ていうかこっちの魔王は人間が倒したり封印したり出来るもんじゃないからな。
とりあえず、俺が戦闘職じゃないってことを判ってくれただけで十分か。
経営者でも支配者でもないことも判ってくれればもっといいんだけど(泣)。
俺は頑張って何とか無難な方向に話を持っていった。
このまま有耶無耶になってくれればいいんだが、さすがにそうはいかないだろうなあ。
北方諸国には色々な国があるけど、エラやララエに近いというか南の方は小さい国が多く、国境から国境まで2日しかかからないこともある。
これが北の方に行くとやたらと広くなるんだけどね。
前に行った時なんか、どこまで行っても国境がないと言われた国もあったっけ。
最北の国だったけど、そこから北には国交がある国がないということで。
国境は文字通り国の境だから、向こう側に国がなければ境も存在しないことになる。
理論上は無限に領土が続いていると。
そんなことはあり得ないけどね。
地球でも、例えば砂漠なんかはどこが国境かなんか判らないからな。
今は衛星軌道から撮った写真なんかがあるから地形とかもはっきり判るけど、中世ではそれこそ無限の彼方まで砂が続いているように思えたに違いない。
そんなことはいいんだけど、トルヌに近づくにつれて心配になってきた。
だんだんと思い出してきたんだよな。
俺、あそこでは救世主とかに仕立て上げられてなかったっけ?
腹黒皇王陛下に。
何でもやるからなあの人。
居ても立ってもいられなくなってユマさんに相談してみた。
「向こうの様子はどうなってますかね?」
ヤジマ航空警備の精鋭が頻繁に離発着しているからね。
ユマさんの元には常に最新情報が集まってきているはずだ。
「既に大半の国の代表が到着したとのことでございます。
ヤジマ財団の準備が間に合いまして、歓迎を堪能していらっしゃると報告を受けております」
やはりユマさんは略術の戦将だった。
旅の途中だというのにすべてをコントロールしている。
場所なんか関係ないんだろうな。
「歓迎って何かやったの?」
「特別なことではございません。
ヤジマ食堂やセルリユ興業舎派遣のサーカスなどを一通り揃えただけでございます。
北方諸国の方々にも遊興を提供させて頂きました」
さようで。
つまりは娯楽産業の売り込みね。
北方諸国の経済は全般的に持ち直しつつあると報告を受けている。
それはつまり、生活に余裕が出来たということだ。
衣食住がとりあえず足りたら次は娯楽だ。
何もかもユマさんの計画通りか。
いや別にいいんだけど。
会議場の方は、と聞こうと思ったけど止めた。
どうせ大丈夫なんだろう。
危なかったりしたらユマさんは俺に報告している。
それがないということはどうにかなる証拠だ。
俺が心配することじゃないか。
ルリシア王女、じゃなくて王太女殿下は帝国皇太子のご一家とすっかり打ち解けたようだった。
もともと誰とでも仲良くなれる人だからね。
しかも若くて美人。
帝国軍やヤジマ財団の部隊にも人気だ。
なるほど。
エラ王国もなかなかやる。
いやユリス王子かもしれないけど。
外交的な場面では、やはり嫌われる人より好かれる人の方が圧倒的に有利だ。
国と国のパワーゲームとはいえ、やっぱりそこは人間だからね。
嫌いな人相手だと、どうしても刺々しくなるからな。
逆に好かれる人だと有利な展開が期待できる。
そういう意味では新任のエラ王国王太女は最適な存在なのかも。
ロロニア嬢も暗躍しているらしかった。
ユマさんとは別に動いているんだよね。
独自のルートでヤジマ航空警備の航空便を使っている。
あの人も必死だな。
ユリス王子に任せていたら、気がついたらエラの宰相にされていたという結果すら考えられる。
ロロニア嬢はもともとエラでもかなり力がある家の出なので、そっちでも動いているらしい。
クレモン家って子爵だけど、どうもルミト陛下の影の配下臭いんだよね。
まあ、どうでもいいか(泣)。
明日にはトルヌに着きます、という時点でまた訪問者があった。
いや訪問というのはおかしいか。
つまり、街道を進む俺たちの馬車隊に追いついてきた部隊が面会を申し入れてきたんだよ。
ララエ公国の派遣隊だということだった。
そういえばララエ公国の代表も今度のミルトバ連盟臨時総会に参加するんだっけ。
俺もララエの名誉大公ではあるんだけど、代表というわけではないからね。
ソラージュや帝国の身分があるから、特定の国には関与出来ない。
とりあえず適当な場所で馬車を停めて待つ。
来訪者は意外な人物だった。
「お久しぶりです。
マコトさん」
「アレサ公女殿下じゃないですか!
ララエ公国に戻ったんですか?」
ツス大公家の公女のはずだけど、ソラージュの狼騎士隊にいたのでは。
「呼び戻されました。
大公会議に出頭したら急遽トルヌへ行けと」
さいですか。
どっかで聞いたような話だな。
てことは。
「はい。
こんなことは言いたくないのですが、大公会議の命令なので申し上げます。
出来ましたら私もヤジマ大公家近衛騎士に叙任して頂けないでしょうか」
パネェ。




