21.野生動物護衛?
王都エリンサの領域を出た所で帝国皇太子の馬車隊と合流する。
帝国製の長距離用大型馬車を帝国騎兵隊が護衛していた。
それだけで街道が埋まっているんですが。
ヤジマ財団も似たようなものだからしょうがないけど。
「主上!
ご尊顔を拝見させて頂き、安心致しました!」
相変わらずですねオウルさん。
昨日会ったばかりなんですが。
「申し訳ございません。
主上のお姿が見えないと不安になってしまい」
重傷だ。
ほぼストーカーと化しているような(泣)。
「ヤジマ皇子殿下!
お早うございます!」
「ヤジマ大公殿下!
お早うございます!」
オウルさんの息子さんたちも挨拶してくれる。
俺の呼び方がブレないのが凄い。
そして帝国の良心である皇太子妃殿下も優雅に礼をとってくれた。
「失礼致します。
ヤジマ大公殿下」
さすが皇太子妃殿下。
とても平民出とは思えない洗練された態度。
そして余計な事を言わない節制。
心が洗われるようだ。
常識人って素晴らしい。
「皆さん、お早うございます。
これから長旅ですがよろしくお願いします」
トルヌまでは結構遠いからな。
俺がオウルさんと話していると、後ろで帝国皇太子のご一家がエラ王国王太女(予定)と挨拶を交わしていた。
そういえば皆さん初対面でしたっけ。
お付きのロロニア嬢は帝国で遭っているはずだけど。
「これからよろしくお願いしますね」
ルリシア王太女殿下が早速社交スキルを発揮している。
息子さんたちは若くて美しい北方種のお姉さんにすぐに魅了されたようだ。
娘だとロリというよりはペドだからな。
その点、ルリシア殿下は既に大人の女性だし。
北方種だから見た目よりは若いらしいんだけどね。
ロロニア嬢より年下という話だから、まだ十代の終わりか二十代の始めか。
ロロニア嬢は嫁やラナエ嬢と同年代で、俺がアレスト市に転移した頃は17歳くらいだったはずだ。
あれから6年以上たっているから日本なら大学を出たくらいだね。
うん、合っている。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
「マコトさん!
私はロロと一緒に帝国の馬車に乗ります!」
ルリシア殿下が言ってきた。
なるほど。
ロロニア嬢、いやロロニア筆頭女官の仕込みだな。
俺とルリシア殿下が親しい所を見せるのはもちろんだけど、この際帝国皇太子ご一家との親密さも演出しようと。
いいんじゃないでしょうか。
俺も楽だし。
「それでは私は新型馬車に」
オウルさんが言い出したが、誰も反対しなかった。
もう諦められているのかも。
まあいいか。
ユマさんも俺の馬車に乗るというので、作戦会議でもしましょうか。
そういう訳で俺の馬車に乗るのは俺、オウルさん、ユマさんとラウネ嬢という構成になった。
俺以外が女ばかりじゃなくて助かった。
ハマオルさんは御者席だ。
こんな時くらい馬車に乗ればいいのに。
「身辺護衛は私に任せて頂いております。
この方たちもおられますし」
ラウネ嬢が示す先には数人の猫の人たちがいる。
みんな丸くなって寝ているんじゃない?
「そう見えますが、実際にはすぐに戦闘態勢に移行出来ます。
あれは擬態でございます」
さいですか。
野生動物護衛の人たちの実力は知っているつもりだけど、どうしても視覚的には怠けているようにしか思えないんだよなあ。
でもラウネ嬢がそう言うのならそうなんだろう。
ラウネ嬢はハマオルさんから俺の近接護衛を任されているからね。
俺の身の安全は護衛指揮官が全権を握っていて、実は野生動物護衛の雇用もハマオルさんが担当している。
それだけじゃなくて、例えば今俺たちの馬車を護衛しているヤジマ財団の部隊は全員、ハマオルさんの指揮下だ。
軍隊で言えば近衛隊司令官なんだよ。
何といっても予算を握っているのが大きくて、この件についてはユマさんすら口を出せない。
そのハマオルさんが俺の最後の盾として任命したのがラウネ嬢なわけで。
つまり、そんなラウネ嬢が野生動物達の実力を見誤るわけはない。
とりあえず折りたたみ式のテーブルを引っ張り出してみんなに座って貰う。
お茶の用意と配膳はラウネ嬢がしてくれた。
ユマさんは遠慮したらしい。
ラウネ嬢の仕事を奪うと根に持たれそうだからな。
「野生動物護衛ですか。
私も演習を拝見したことがございますが、凄まじいものでしたな」
オウルさんが言った。
「帝国軍は野生動物を採用しないんですか?」
「主上が定めた原則に触れるような事は行いません。
初代皇帝陛下も同様の遺言を残されたと聞いております」
そうなのか。
まあ、初代皇帝は野生動物たちに人間には近寄らないようにと言い残したらしいからね。
それどころか自分から接触を断ったみたいなんだよ。
まだ機が熟してなかったのかもなあ。
帝国を建国した後は混乱が続いたらしいし、落ち着いた頃にはもう高齢だったんだろう。
「ソラージュ軍も野生動物部隊の編成を見合わせておりますよ」
ユマさんが教えてくれた。
「そうですか」
「軍の上層部は乗り気で野生動物会議に話を持ちかけたそうでございますが、にべもなく断られたと。
『我々はマコトの兄貴以外とは契約しない』とけんもほろろだったそうでございます」
さいですか。
でも帝国では堂々と雇われていたような。
実際に戦ったわけじゃないけど示威行動をとっていたよね?
ていうかそもそも狼騎士隊だって軍隊みたいなものだし。
「皇帝選挙の決闘では我が主の配下ということで臨時に編成致しました。
あくまで派手に騒ぐだけで接触するなと厳命して、実際に牙を交えることはなかったと報告を受けております。
それに、狼騎士は今のところセルリユ興業舎の所属でございます。
つまり民間団体の舎員です」
「その通りでございます。
帝国軍も雇用というよりは協力関係を持ちかけたが断られたと報告にありました。
『野生動物の王』の配下は他の者には仕えないということですな」
オウルさんはなぜか満足そうに言ってお茶を啜った。
「何、問題はございません。
主上の従者である私が呼びかければ協力してくれるという言葉を貰ってあります。
軍ではなく民間業者として同行して頂ければ良いかと」
そういえばオウルさんって暴力団の親分さんとトモダチになっていたっけ。
ああいう形で囲い込めば良いと。
恐るべし帝国皇太子。
やっぱ世界最強の国家の次期トップだけのことはあるなあ。
「もちろん、そのような事は主上の直接命令がない限り行うことはございません。
帝国軍が野生動物と共同作戦を行うとしたら、例えばヤジマ財団の指揮の下に動く場合のみ」
そういう事か。
それは助かる。
野生動物たちを人間の争いに巻き込まない。
その原則は守られているらしい。
でも俺が絡むと歯止めが外れるのか。
何かヤバくない?
「そんなことはございません。
もっとも特定の勢力が我が主に危害を加えるような事があれば、野生動物の方々は一致団結して相手を殲滅することも厭わないでしょう」
やっぱり物騒な話になってしまった(泣)。
もういい。
相変わらず寝ているようにしか見えない野生動物護衛から視線を引き剥がし、無難な話題に移る。
「トルヌでは何かする予定ですか?
条約の締結とか」
「帝国としては特にございませんな。
官僚共が作成した進行表にも目立って重要な用件はありませんでした。
これまでも帝国は北方諸国と個別には条約を締結しておりませんので」
そうなのか。
まあ、確かに帝国から見たら北方諸国なんか地の果てみたいなもんだろうしね。
最低でもソラージュとエラを通過しないとたどり着けない。
海路なら一部の沿海諸国とは直接接触出来るにしても遠すぎて利が薄いからなあ。
よほどの特産品でもないと割に合わない。
つまりオウルさんは親善するだけと。
「いえ。
主上に任された重要な任務がございます」
オウルさんの目が光った。
何だっけ。
「『国連』の結成でございます。
このオウル、何としてでも主上の大望を遂げるための礎になって見せましょうぞ!」
何する気なの?




