20.王太女?
いよいよトルヌ皇国に向けてに向けて旅立つ時が来たらしい。
俺は言われるままにやるだけだ。
ていうか何もしないんだけど。
荷造りすら誰かが全部やってくれるんだよ。
着る服や一日の予定も全部誰かが決める。
俺の都合なんかお構いなしだ。
貴族って楽なのか面倒なのか判らん。
「ご不快なことがあれば何でもおっしゃって頂ければ、すぐに対処致します」
そう言われてもね。
何か文句言ったら担当者がどっかに飛ばされそうだ。
いや、それくらいならまだいいんだけど、前に飯の時に考え事をしていたら不味いので食が進まないと誤解されて、料理人や給仕の人たちが自決しそうになったからな。
うっかり態度にも出せないんだよ。
前に何かで読んだことがあるんだけど、日本の江戸時代辺りの大名とかも似たような状況だったそうだ。
戦がなくなって武士は用無しになったんだけど解雇できないため、しょうがなくて大名の生活の世話なんかをやることになる。
それでも仕事に比べて人数が多すぎるから、そんなこと必要ないだろうというような事まで担当の係がいたらしい。
大名が歩いていくと前方の襖を開ける係とかね。
飯にしても作る人と運ぶ人と配膳する人がそれぞれ違ったりして。
そのどこかで粗相があったり大名がうっかり何か言ったりすると、担当の人は下手すればご無礼をはたらいたということで切腹だ。
お家は断絶。
こうなると大名の人はほぼ何も出来ないし言えなくなる。
支配者じゃなくて囚人だよ(泣)。
それを読んだ時はまさかと思っていたんだが、マジで自分が似たような状況に陥るとは。
考えると気が滅入ってくるので心を無にして朝練をこなし、朝飯を食う。
珍しく静かだと思ったらオウルさんのご一家がいなかった。
「オウル様はエラ王宮にお泊まりになりました。
奥方様とご子息様方もご一緒でございます」
ラウネ嬢が教えてくれた。
そういえばいよいよ帝国皇太子殿下がエラを去るというので、数日前から晩餐会やら舞踏会やらで大忙しだったんだよね。
俺は逃げたけど。
主賓であるオウルさんはそういうわけにもいかずに駆け回っていた。
タフだな。
奥方と息子さんたちも付き合わされてフラフラだ。
頑張って下さい。
「オウルさんたちは戻ってこなかったのか」
「晩餐会が長引いたそうでございます。
その後、王族の方々とのお話があったとかで、あちらでご宿泊なさいました」
おそらく奥方や息子さんたちを王族に引き合わせておきたかったんだろうな。
エラ側が。
近未来の帝国皇帝ご一家なんだよ。
知古を得ておいて損はない。
「じゃあオウルさん達は戻ってこないと?」
「王宮に馬車を回しました。
途中で合流することになります」
ユマさんが教えてくれた。
それは良かった。
混雑が減るかもしれない。
俺が外出しようとすると野次馬が大量に沸いて出るからな。
出来るだけ目立ちたくない。
ルミト陛下には事前にご挨拶してあるから、俺はこのままトルヌに向けて出発できる。
一人で。
そう思っていたんだけど駄目だった。
「マコトさん!
来ました!」
王太女殿下が来てしまった。
何で?
「なるべくヤジマ大公殿下と親しいところを周囲に見せつけておく必要があります。
もちろんさりげなく」
影のようについているロロニア嬢が言った。
やる気になったらしい。
不本意でも任された仕事はきちんとこなすタイプだからね。
ルリシア王女が内々とはいえ王太女にされてしまった以上、その流れに乗るしかないと判断したんだろう。
「そういえばロロニアさんの役職は何になったの?」
聞いてみた。
「筆頭女官です。
上は女官長だけです」
それは凄い。
「ちなみに女官長はルミト陛下の退位と同時に退官すると言っています。
まったく忌々しいことです」
ロロニア嬢はお冠だった。
それはそうか。
女官長が引退したら当然次の女官長は筆頭女官だもんね。
しかもルミト陛下が退位するってことは当然、王太女であるルリシア殿下が戴冠するということになる。
マジで冗談じゃないな。
「まったくです。
この上は少しでも早くスキャンダルを起こして廃嫡を」
いや、まだ正式に王太女になってないんだから。
「戯れ言です」
さいですか。
ロロニア嬢も突き抜けてきたな。
おそらく真面目にやってられなくなったんだろう。
ルミト陛下やユリス王子なんかはみんな芸人だからな。
立場上、それに対抗せざるを得ないんだけど、芸人に正攻法で立ち向かっても駄目だ。
お笑いじゃないと。
「もはやルリの王太女登極は避けられそうにもありませんが、何としてでも戴冠だけは阻止してみせます。
でなければ私の人生は終わりです」
悲壮な覚悟だった。
そうか。
ルリシア殿下がエラの女王になってしまったりしたら、ロロニア嬢が女官長なんかで燻っていられるはずがない。
側付き、いやむしろ宰相くらいでないと駄目だ。
ユリス王子は王族なので宰相になれないからね。
いや貴族院とやらが承認すれば何とかなるかもしれないけど、せっかくロロニア嬢というコマがいるのに自分が苦労することはない。
影に回るつもりなんだろう。
ロロニア嬢もそういう思惑が見えるだけに迂闊に動けないか。
怖いなあ宮廷って(人事)。
「判りました。
一緒に行きましょう」
「ありがとうございます!」
あの、俺は外国の大公でルリシア殿下はこの国の王太女なんですが。
敬語を使うべきではないと思います。
駄目か。
この調子で王太女どころか女王になったらマジで軽小説化してしまうかもしれない。
現実であんなのやったら大変だぞ。
本気で人が死ぬ。
「大丈夫ですよ。
私はマコトさんの近衛騎士なんですから。
敬意を持って遇するのは当たり前です」
明るく笑う王太女殿下。
だからそれが拙いので。
「ルリの言う通りです。
ヤジマ大公殿下。
ここは多少不自然でもヤジマ大公殿下とルリが親しい所を大いに強調しておくべきです」
いやいや!
そもそも今俺たちがいるのはヤジマ商会のエリンサ支店だか何だかの中だからね?
そんな場所で演技してもしょうがないでしょう。
「普段からの行いが重要です」
駄目だ。
ひょっとしてロロニア嬢、早々にスキャンダルを起こして解放されたいと願っているとか?
そんなこと、ユマさんが許すわけがないのに。
「そうでもございませんよ?
そうなったらなったでどうにでもしますから」
さらっと怖い事言うねユマさん(泣)。
こんな殺伐としたハーレム展開は嫌だ。
「ならば出発致しましょう」
というわけで俺たちは有耶無耶のまま出発した。
俺が乗るのは新型の大型馬車だ。
収容人数には余裕があるので俺のお付きであるラウネ嬢の他、今回は特別にルリシア殿下とロロニア嬢も同乗する。
ハマオルさんは御者席。
ユマさんは別の馬車だった。
ノールさんたちも一緒だから、また何か陰謀(違)を仕込むつもりだろう。
帝国皇太子の御一行は随行の官僚団と一緒にエラ王宮から出発したとのことだった。
儀仗兵が並ぶ中、派手な見送りだったそうだ。
本当ならルリシア王太女殿下もそこに混じっていなきゃならないのでは?
「まだルリの王太女登極は内々の事。
それにあんな大勢の中にいきなり出されたらルリは取り返しのつかない失敗をする」
「酷い!
私はちゃんとやれます!」
「無理。
これからトルヌに着くまで特訓する。
眠っていてもきちんと王太女に見えるようになるまで仕込むからそのつもりで」
「……判りました。
受けて立ちましょう!」
何かロロニア嬢が海兵隊の教官みたいになっているぞ。
ルリシア殿下が生意気な新兵で。
確かに今のルリシア殿下にいきなり王太女やれというのは無謀かもなあ。
いや、ルリシア王女殿下だって正規の王族でそれなりの教育を受けていることは認める。
軽小説みたいに下町で育って働いていたのにいきなり王女にされたわけじゃないのだ。
北方諸国の宮廷や舞踏会では上手くやっていたからね。
でもそれは単なる「王女」もしくは「高位貴族令嬢」としてのそれであって、俺が思うに王太女を演るには足りない。
王太子は主役級の役者でなくてはならないのだ。
良い例がソラージュ王太子ミラス殿下で、あの人は公的な場では銀河帝国皇帝陛下になるからね。
あの人を人とも思わないような冷たい視線。
尊大な態度。
仮面を貼りつけたような感情に乏しい表情。
それこそが王太子のあるべき姿だ!
「……頑張ります」
いや、冗談ですから!(泣)




