19.器(うつわ)?
粘って何とか公式の表明を伸ばして貰った。
俺がエラにいるうちにルリシア王女が王太女に登極してしまうと、その後ろ盾である俺がどんな目に遭うのか判りきっているからな。
面会申し込みが殺到して身動きが取れなくなるのはユマさんとしても不本意だったらしい。
エラ王室も似たようなもので、案外あっさり承知してくれた。
ていうかこの件、どう見てもエラ王室側というよりはユマさんが主導権握っているんですけど?
恐るべしヤジマ財団。
列強の一つに数えられるエラ王国すら属国扱いかよ。
「そのような事はございませんが。
どちらにしても我が主のご威光があればこそ。
私などは所詮『手の者』に過ぎません」
しれっと言い放つユマさんをロロニア嬢が暗い瞳で見ていた。
あれはいつか何かやる目だ。
今はまだ力が足りないから雌伏するけど、いつかきっと。
「ロロニアは当分の間、ヤジマ財団の無任所理事として自由に動いて貰います。
ルリシア王女殿下の王太女登極に当たって色々とやることも多いでしょうし、とりあえずはお付きの女官ということでよろしいでしょうか」
「承知した。
宮廷長に伝えておこう」
ルミト陛下とユマさんの間で話が進んでいく。
気がつくといつの間にかユリス王子が消えていた。
逃げたな。
そういえばいつも一緒にいるはずの弟王子殿下は最初からいなかった。
徹底している。
あの人たち、面倒を避けることにかけては天下一品なんじゃないの?
エラ王宮という修羅場で生き残るための技能というわけか。
「それではマコト。
トルヌに行く時はルリシアを同行して貰いたい。
もちろん費用は出す」
「判りました」
逆らってもしょうがない。
「王太女登極の表明はルリシアが立った後に行う予定だ。
トルヌなら貴族共も近づけまい。
お前達がいない間に貴族院に命じてルリシアの登極を承認させる」
「結構でございます」
これはユマさんだ。
俺はもう引き金を引いたからね。
用無しだ(泣)。
「それでは失礼させて頂きます」
俺とユマさんはルミト陛下に礼を取ると退出した。
ルリシア王女とロロニア嬢はまだルミト陛下に話があるそうだ。
ロロニア嬢のことだから色々要求するんだろうな。
手強い交渉者だもんね。
「ロロニアは上手くやります。
ひょっとしたら女官長くらいにはなるかもしれません」
「そこまで?」
「王太女専属女官が下っ端では色々不都合がありますので。
この件に関しては、ロロニアにヤジマ財団の自由権限を渡してあります」
それにロロニアも我が主の近衛騎士でございますから、とユマさん。
その「力」をバックにすれば出来ないことなどほとんどないそうだ。
そこまでやるのね。
まあ、俺がルリシア王女の後ろ盾についたということになっている以上、そのくらいでないと信用されないか。
金を使いまくられたりしない?
「ロロニアは心得ておりますよ。
我が主の信頼を失えば主人もろとも破滅でございます。
何があろうがそのようなことはしません」
いつも思うんだけど、ユマさんってどうしてそこまで確信出来るんだろう。
人の心を思うがままに操る、というわけではないんだけど、大抵の人がユマさんの都合がいいように動かされている気がする。
やっぱ異能?
「違います。
余りにも明白で、間違いようがない事を組み合わせているだけです」
それはユマさんにとってだけだと思うけど。
あれ?
ユマさんの口調が変化してる?
敬語が抜けたような。
「でもマコトさんのお心だけは判りません。
いえ、判らないという言葉は違いますね。
判っていても動けないという所でしょうか」
「よく判らないけど、つまりユマさんは俺の行動は読めると?」
「そのような畏れ多い事は致しません。
私はただ、我が主の行く道を均すだけでございます」
また敬語に戻ってしまった。
この辺りの微妙な感情って俺には判らないからなあ。
特にユマさんみたいな天才が相手だと五里霧中だ。
まあいいか。
ユマさんが間違うはずがない。
いや、間違えても俺が気づく前に修正されている。
そういう意味ではユマさんも試行錯誤を繰り返しているのかもなあ。
「さすがは我が主。
私のことをよく判っていらっしゃる。
ノールなどは私がどう弁解しても叡智の女神扱いしかしてくれないのですよ。
私も普通に間違いを犯す人間でしかありませんのに」
「その間違い自体を利用してチャンスに変えるんだからしょうがないと思うけど。
まあ、俺はユマさんのことを人間だと思っているから」
「そのお言葉、何よりのご褒美でございます」
微笑むユマさん。
何というか、軽小説なら間違いなくヒロイン枠の一人ではあるな。
でもこの人はあまり売れない気がする。
ヒロインはもっとこう、どっか抜けた所がないとウケないと思う。
嫁はその点、結構抜けているからね。
でもあれくらい女神だと、やっぱり人気出ないんじゃないかなあ。
むしろ運命の女神的な立場にされて脇役かも。
「我が主の思考はよく判りませんが、私は誰にどのように思われても構いません。
我が主のお側に侍れるのであれば」
そのためならばどんな悪事をも為してご覧にいれましょう、と囁く略術の戦将。
怖いから止めてね?
「戯れ言でございます」
さいですか。
そんな軽口を叩きながらようやく屋敷に帰ってきた俺はたちまちオウルさんに捕まった。
「主上。
エラ国王陛下とは何を」
「あ、うん。
ちょっとルリシア王女の王太女登極について色々と」
隠せないよね。
でもオウルさんは予想に反してやはり、と言っただけだった。
「知ってたんですか?」
「いえ。
ですがエラ王国の現状についてはユマ殿から聞いておりましたので。
そのくらいの手は打ってくるのではないかと愚考しておりました」
そうなのか。
俺は全然気づかなかったのに。
「失礼ながら、主上と私とでは判断基準が違うように思います。
主上は常に大局的に判断なさいます。
大業を成し遂げるための方策はひとつではございません。
どのような方法をとるか、というような些細な事についてはお目に留まらぬのも当然かと」
ええと、判りにくいけどアレね。
世界征服するのにまずどこの国から潰すのかについて首領はあまり考えなくてもいいと。
特撮の悪の組織の首領の考え方だな。
方法はどうでもいいのだ。
結果だけが重要か。
「エラ王国の統治者がこれから採用する方策はいくつかあるということでございます。
ルリシア殿下の王太女登極はその一つであると」
ユマさんが解説してくれた。
オウルさんが続ける。
「統治者にとってはその方法が重要でございますからな。
人材がいれば、どうしても利用価値を考えてしまいます。
そういう点から見てルリシア殿は十分その用途に役立つと推察します」
さすが。
本物の王族とか皇族ってそうなのか。
ユマさんはもっと凄いかもしれない。
でもお二人にはルリシア王女ってそう見えるわけですか。
王位継承権もない使い捨て王女だと思われていたみたいなのに。
「ルリシア殿下の価値。
まずは我が主との縁が大きい。
北方親善の際、我が主のそばに侍ったという事実は注目に値します。
さらにお役目を果たした後もヤジマ学園に留学して活動なさっておられました。
そして極めつけは近衛騎士の叙任」
それはあなたの指示でしょうユマさん!
「その通りでございます。
エラは帝国やソラージュなどと違って若年支配者層に主上と縁がある者が極めて少ない。
ルリシア殿はその数少ない例外ということですな。
ですが」
オウルさんは言葉を切って俺を見た。
「私は帝国の皇族や領地貴族共を長年にわたって見て参りました。
色々な者がおりますが、ある程度慣れてくると自ずから見えてくるものがございます。
大抵の者は2つの種類のどちらかに属します」
ほう。
支配者と被支配者ですか?
「上手く言えないのでございますが、少し違います。
器と申しましょうか。
それは支配側か被支配側かに囚われず、その者の容量を示します。
力のない者は何事も為し得ません」
そうなのか。
ユマさんも興味深げにオウルさんを見ていた。
帝国皇太子の言葉だ。
最近まで現役だった帝国軍大佐でもある。
それは間違いなく、オウルさんから見た一つの基準ではあるんだろうね。
思わず聞いてしまった。
「するとルリシア王女はその器を持っていると?」
「私の目から見て十分と感じました。
ルリシア王女殿下は運命に流されるのではなく、切り開く方でございます。
であるからにはエラの王太女に登極されても不思議ではないかと」
そうなのか。
あのルリシア王女がねえ。
俺の目には脳天気な天然にしか見えないんだけど。
まあ、それは俺の目が腐っているからだということか。
「オウル様の目に我が主はどう映っておられるのでしょうか」
突然ユマさんが言った。
そんなこと聞かないで(泣)!
「主上は、どちらにも属しておられぬよ」
オウルさんが片膝を突いた。
「私ごときの器で主上を計ろうなどとは不届き千万。
伏してお詫び申し上げます」
訳判んないから止めて(泣)。




