3.装備?
「君らは今、何やっているんだ?」
「3つの班に分かれて、それぞれ訓練中です。ボクはリーダーということで、予備班の監督とかしています」
「予備班?」
「はい。まだ雇われていない子たちがいるんですけれど、シルさんの好意でここの裏庭を貸して貰って、青空教室を開いています。
それと、お昼だけですが、この倉庫で食堂もやっています。それ目当てに来る子もいるんですよ」
「食堂って?」
「ボクたち子供組のお給金の一部で、まとめて食材なんかを購入して、アレスト興業舎の炊事設備を使ってご飯を作っているんです。
ボクたちの食事ももちろんですが、青空教室に来ている子供の中にはお昼を食べられない子もいるので、その子たちに食べさせています。
この頃は正規の職員さんたちも資金を負担してくれて、みんなで食べるようになっているんですよ」
社員食堂、いやこの場合は舎員食堂を作ってしまったのか。
しかも、青空教室の子供たちを飯で釣っているらしい。
色々やっているなあ。
イケメンだけではなくて、有能ということか。
冒険者に向いているかと思ったけど、ジェイルくんみたいに商人というのもアリかもしれない。
「そうだ、もうすぐお昼ですけど、マコトさんも是非食べていってください。
あ、ごめんなさい。マコトさんの口には合わないかも」
「とんでもない。喜んでご馳走になるよ。じゃなくて、俺も資金提供に加わるから」
ここで昼飯を食えるとはありがたい。
アレスト興業舎は、土地が広いだけあってアレスト市のはずれもいいところで、この辺りには飯屋なんかないからな。
俺も、わざわざ街中やギルドのそばまで行って食わなくて済むというものだ。
これはいいことを聞いた。
ぜひ、ご馳走になろう。
じゃなくて、出資者に加わろうではないか。
お昼まではまだ時間があったので、シイルに案内させて、各班の訓練とやらを見て回ることにする。
倉庫じゃなくてアレスト興業舎の建物に入ると、奥の方でフクロオオカミと何人かの人影が動いているのが見えた。
人間の方は、騎士団の制服を着ている。
何てったっけ、あの人。
思い出せない。
「ロッドさん! ちょっとお時間いいですか?」
シイルが大声で叫んだので、助かった。
そうそう、ロッドさんだ。
副官はセラムさんだったっけ。女性は覚えているんだけどな。
「おお、いいぞ。ちょっと休もうと思っていたところだ!」
ロッドさんが答える。
騎士団の制服を着こなした、細身のハンサムだ。俺は、この人のことは一生覚えられないと思う。
ババゥッと吠え声がして、フクロオオカミの言葉が聞こえた。
「まことサンノ兄貴!」
「オ疲レサマデス」
ちょっと片言だけど、綺麗に聞こえる。
しかし、もう変えられんのかその呼び名。
俺は兄貴とかじゃないっての。
でも、挨拶された以上は返さないわけにはいかない。
礼儀は、サラリーマンの基本だからな。
「おう、元気か? 悪いが、まだ覚えられないんだ。何て名前だったっけ?」
ボ、バウッ!
「はりるッス!」
「てりデス」
大したもんだな。
ハリルが男で、テリが女性だということがはっきりと判る。
言葉の意味だけじゃなくて、口調やニュアンスまで男/女は別に聞こえるんだよ。
それにしても、フクロオオカミはアベックか。
てっきりみんな男だと思っていたけど、違うみたいだな。
そういや、引率のミクス三番長老も女性だったし。
この国の場合、仕事に関しては男女差別というか区別がないとは思っていたが、フクロオオカミまで同じだとは知らなかった。
「判った。ハリルとテリ、どうだ? 面白いか?」
バウッ!
「面白イッスヨ! 特ニコノ上着ガイイッス」
「上着?」
みると、確かに二人【フクロオオカミ】は、布とも革ともつかないものを首から肩にかけて纏っている。
「郵便班は、とりあえずフクロオオカミを伝令として使う予定だ。
野生のフクロオオカミと間違えられないように、何か目立つ印をと考えていたら、本人達が言い出してな」
ロッドさんが呆れたように笑った。
「印ですか」
「そうだ。よく観てくれ。そっくりだろう?」
ロッドさんが、フクロオオカミのハリルと並んだ。
なるほど。
騎士団の制服を真似たわけか。
確かに、色合いとデザインがよく似ている。
「俺たちの制服がカッコいいと言われてな。確かに派手だが、この制服は目立つためにデザインされているから、言っていることは正しい」
うん。
騎士団は、警備隊と違って、多分に「ここにいるぞ」という存在感を示すことが重要だからね。
公的な力が動いているぞ、という示威行動が仕事の一つなんだろう。
だから、騎士団の制服は警備隊より派手だ。
伝令も同じで、遠くから観て伝令だと判ってくれた方がいいに決まっている。
フクロオオカミが突進してきたら誰でも驚くだろうが、騎士団の制服まがいの恰好をしていたら、野生動物と間違えられることもない。
「ま、そのためにはフクロオオカミの伝令がいる、ということを周知しなければならないが、おそらく広まり始めたらあっという間だ。
3年、いや1年でこのフクロオオカミ伝令隊は当たり前のものになっているぞ」
ロッドさんは意気揚々と言ったが、それはどうかな。
アレスト市だけで受け入れられても、あまり意味はないんだけどね。
この州くらいは網羅しないと話にならないだろう。最終的には、国全体で。
有効性が証明されたら、確かにあっという間に広まっていくのかもしれないけど、あっちこっちの利権や既得権に干渉しそうだしな。
それは騎士団に任せればいいか。
よく考えたら、アレスト興業舎の事業目的はフクロオオカミ雇用の有効性の証明であって、別に事業を拡張したり採算がとれるようにするまでの責任は求められていない。
試作機を作ってとりあえず飛ぶことができることを証明できれば、それでいいわけだ。
だったら大丈夫じゃないの?
「うむ。近日中には結果を出してみせよう。マコトさん、いや舎長代理。楽しみにしていてくれ」
ロッドさんは、あいかわらず熱血というか、ポジティヴだった。
もう一人の騎士団員であるセラムさんは、何も言わずに黙々と仕事をしている。
なんか、この二人の関係って丸わかりだな。
郵便班は、その他にもシイルと同じか、少し年下と思われる子供が数人所属しているらしい。
今は下働きだが、フクロオオカミと組んで伝令として働けるかどうか試す予定だそうだ。
「伝令というと、やはり背中に乗るんですか?」
「それも考えたが、フクロオオカミは人を乗せにくいというか、馬と違って背中の形状がな。一応、試作はしているが」
なるほど。
鞍みたいなものをつければ別だろうけど、それはフクロオオカミが嫌がるだろうし。
まあ、フクロオオカミ自身が伝令くらいできる程度の知性があるから、本人だけでもいいか。
そこら辺も含めて、実験ということだろう。
大体判った。
まあ順調だな。
ロッドさんたちに別れを告げて、俺とシイルは次の目的地に向かった。
警備班は、郵便班とは倉庫の反対側で訓練を行っている。
といっても、今日はホトウさんたちはいないようで、警備隊の人とフクロオオカミ、それにやはり数人の子供達が動き回っていた。
「あら、舎長代理。ご苦労様です」
確かスラウさんと言ったっけ。
警備隊の女性の方の人が挨拶してくれた。
名前忘れたけど、マッチョでイケメンな男も頷いてくる。
そしてフクロオオカミたちも、やかましく吼えた。
「まことサンの兄貴!」
「オ疲レサマデス」
こっちも男女ペアみたいだな。
わざとか?
それにしても、ホントにどうにかならんのかその呼び名。
俺は兄貴じゃねえって。




