17.後ろ盾?
俺はとりあえず目の前のお茶を飲んだ。
美味い。
ユマさんってマジ何でも出来るのね。
でも今はそんなことは関係ない。
問題というか、この状況はすでに詰んでいる。
エラのルリシア王女殿下はヤジマ大公だか皇子だか名誉大公だか、あるいはヤジマ財団の理事長だかの後ろ盾を得てエラ王国次期国王候補に躍り出たということか。
ていうかユリス王子がそういう風に持っていったんだろうけど。
そういえばルリシア王女を近衛騎士に叙任した時はちょっと不自然だったもんね。
ユマさんの誘導で何となくそうしなければならないような気になってしまったわけで。
ロロニア嬢は、あの時点ではまだ気づいていなかったんだろう。
何かあると疑ってはいたらしいけど。
でも略術の戦将には勝てなかったわけだ。
謀略をやらせたら天下一品、世界最高の謀将だからな。
「お褒めのお言葉として受け取っておきます」
ユマさんがにっこり笑って言った。
ちょっと怖い(泣)。
「マコト。
ユマ殿を責めるな。
こちらの事情もあってな。
実の所、私の後継者問題だけではないのだ」
ルミト陛下が珍しく真面目に言った。
本質は芸人なのに、こんな時は国王だもんなあ。
「ご説明させて頂きますと、つまりは世界標準の問題です」
ユリス王子が浮かれたような口調で話し始めた。
嬉しさが言葉から滲み出ているぞ。
勝ったと思っているんだろう。
この人も謀略の達人ではあるからな。
でなければそもそも王太子候補なんかにはならない。
それについては失敗して逃げ遅れたという説もあるらしいが。
そんなことはいい。
「世界標準ですか」
グローバリズムとかそういう問題?
確かにエラ王国ってソラージュやララエ、あるいは帝国に比べたら旧態依然とした体制みたいだけど。
「近年、世界情勢は激変しています。
例えばソラージュ王国では余り評判が芳しくなかったはずの王太子がたった数年で大いに業績を上げ、帝国皇女を娶るなど進捗著しい」
そうなのか。
そう言われて見れば確かにミラス王太子殿下って評判いいみたいだな。
貴族からは満場一致の支持を受けているし、国民の人気も高い。
本人は王太子モードなら銀河帝国皇帝みたいな美貌で、最近綺麗な帝国皇女を娶ったと。
そういや俺が転移してきた頃は何か駄目王子的な風評だったような。
俺の嫁とのスキャンダルの噂が燻っていたりして。
「帝国にしてもそうです。
経済的な混乱や内乱の噂すらあったはずが、オウル殿下の皇太子登極と共に急速に安定してきていると報告にあります。
新規事業が次々に立ち上がり、経済的にも回復しつつあると」
そうなのか。
まあヤジマ商会というかナーダム興業舎が頑張っているみたいだからな。
ロロニア嬢凄い。
「ララエは更に先を行っているとの噂です。
内陸国のエラでは望むべくもない鯨公演とやらを中心に経済が活性化しており、今回の魔王の顕現も画期的な方法で対処したとか。
そして北方諸国。
差はあるものの、基本的にはすべての国が勃興しつつある」
そうですね。
で、それが何か?
「今挙げた国々に共通した要素があります。
これほどの空前の奇跡を成し遂げた原動力。
国を越えて存在する巨大な『力』。
もうお判りでしょう?」
いやユリス王子、途中から講談みたいになっているから。
ていうかあまり判りたくないんですが。
「マコト。
お前だ。
お前が各国を押した。
あれらの繁栄はすべてお前が主導したものだ」
ルミト陛下が言ってきた。
違います。
俺は何もしてません。
全部、嫁とかユマさんとかの俺以外の人がやったことで。
「お前はいつもそう言うがお前が存在しなければ何も起こらなかった。
いい加減に現実を認めろ」
さいですか。
まあ、俺が引き金だというのならそうなんでしょう。
でも、それがルリシア殿下の王太女登極にどう繋がるんですか?
するとユマさんが言った。
「僭越ながら申し上げます。
繁栄を享受している国には先ほどルミト陛下がおっしゃった通り共通点があります。
例えばソラージュは次期国王であるミラス王太子殿下が我が主の後見を受けております」
ああ、そうでした。
何だか知らないけどミラス殿下とフレアさんの婚約式でそうされたんだよね。
仲人みたいな立場らしい。
だからと言って何かやれとか言われたわけでもないから忘れていたけど。
「ララエでは我が主ご自身が名誉大公位にあり、またヤジマ男爵領という拠点を持っております。
帝国は皇太子殿下が自ら従者であると公言しておられる。
そして北方諸国において、我が主は既に庇護者として認識されております」
そうなの。
だから?
「エラだけが取り残されております」
ユリス王子が沈んだ声で言った。
「でも、エラでも交易ネットワークが発達したのでは」
「それはそうですが、民間団体が活性化しただけです。
エラ王室や貴族界は旧態依然としたまま勢力争いが絶えない。
それでは駄目なのです。
このままでは王太子が登極しても混乱が続くばかりか更に広がる可能性すらある!」
ユリス王子が激高した。
熱血だな。
やっぱカッコいいなあ。
などと現実逃避している俺にユリス王子が迫ってきた。
「ヤジマ大公もお判りでしょう!
エラ王室にも後ろ盾が必要なんです!
身分だの伝統だのに拘る領地貴族共を問答無用で黙らせる圧倒的な『力』が!」
「そうかもしれませんが俺に何の関係が」
逃げは許されなかった。
「そう!
ヤジマ大公殿下はエラとは関係がない!」
そう言われてもね。
するとユマさんが口を挟んできた。
「エラ以外の国家の支配層は各国が独自の方法で我が主と関係を構築しておられます。
それぞれの国王や王太子と友誼を結び、多くは爵位を献上し、その見返りと言っては何ですが庇護を受けている。
特に次代の王は我が主と個人的な関係を持つことで、将来に渡る安定を確保してございます。
ですがエラについては」
「そうだ。
我が国にはそれがない。
陛下こそヤジマ大公と親しいと言って良い関係を結んではいるものの、貴族界では未だにヤジマ商会の排斥論が囁かれている始末だ。
次の国王たる王太子すら決められないような国と関わり合いになりたくないというヤジマ大公を誰も責められない」
ユリス王子が自虐に走った?
違ったようだ。
「だから!
ここは是非ともルリシアの登極が必要なのです!
エラ王室で唯一ヤジマ大公と個人的な友誼を結び、ソラージュの爵位を直々に贈られたルリシアが立てば、エラは世界標準から外れないで済む!」
熱血なユリス王子はカッコいいけど、言っていることはメチャクチャな気がするんですが。
でもユリス王子、あんた自分が国王になりたくないだけだよね?
いや言っている内容は間違ってないと思うけど。
つまり、エラ王室も俺の名前が欲しいということか。
ルリシア王女は、確かにエラ王室の中では俺に一番近い存在かもしれない。
でもそれって一緒にちょっと旅をしただけで、別に友誼を結んだとかそういうんじゃなかったような。
「それが本当かどうかは問題ではない」
ルミト陛下が言った。
口調が芸人になっているぞ。
真面目ぶっても本質は隠せない。
ルミト陛下は遊んでいるだけだ。
「要は、貴族共を納得させられれば良いのだ。
ヤジマ大公の名は世界中に鳴り響いておる。
その庇護を受けた娘が王太女に登極するというのなら、貴族共は諸手を挙げて歓迎する」
そうなんですか?
俺、エラの爵位も持ってないのに。
それどころか外国人ですよ?
「自分にそれだけの『力』があることをマコトだけが信じていないらしい」
ルミト陛下が面白そうに言った。
「ユリス、教えてやれ」
「陛下のおっしゃる通りです。
ヤジマ大公。
エラ貴族は御身に従うでしょう。
その絶大なる経済力に抗するすべがない故に」
パネェ。




