13.失敗?
フラビアの事は忘れて、というよりは後で考えることにして他の問題に移る。
釣られて嫌な事を思い出してしまったんだよ。
今回のミルトバ連盟総会の開催地はトルヌ皇国だ。
古代ミルトバ帝国の直系の国ということになっていて、一般的には眉唾だと思われているんだけど、俺はたまたまそれが事実であることを知っている。
古代ミルトバ帝国は存在自体が疑われているような理想国家だったらしく、地球で言うとムーやアトランティスといったところだ。
それっぽい遺跡なんかはあるんだけど、実体はよく判ってないんだよね。
でもラヤ様が教えてくれたんだけど、ミルトバはスウォークが統治していた国だったらしいのだ。
直接統治ではないみたいなんだけど。
日本で言うと邪馬台国みたいなものか。
皇帝? は人間で、神のお告げというか助言というか啓示を受けて国を運営していたわけだ。
邪馬台国も卑弥呼は巫女で、神がかりで国を治めていたという話だからな。
ミルトバの場合はその「神」がトカゲ人だったということで。
出来の悪いSFみたいだけど、従ってかの古代帝国ではスウォークは人類の上に君臨していた。
ほとんど表には出てなかったということだけど、その存在は誰でも知っていたというんだよね。
ギリシャ神話とかに近いかもしれない。
人間の行動の裏に神の影がちらついていたりして。
そのミルトバ帝国が何らかの原因で潰れて広大だった版図は失われ、今はかろうじて首都だった辺りに残滓が残るのみ。
それがトルヌ皇国だという話だった。
「ユマさんも知っているんだよね」
「はい」
やっぱりか。
ユマさんってアレスト市で司法官やっていた頃からラヤ様と妙に親しかったからな。
そういう情報に通じていてもおかしくない。
「私だけではございません。
最高機密ではございますが、各国の王族階級には大抵伝わっております。
トルヌ皇国が実際にミルトバ帝国の継承国家であることも、教団がかつてのミルトバ帝国に関わっていた事も」
なるほどね。
それもあってスウォークは崇拝されているのか。
もちろん魔素の存在が大きいだろうけど。
現在のこっちの世界の状況はスウォークが作り出す、というか自動的に排出する魔素に依存している。
もしスウォークが滅んだりしたら魔素が失われ、その結果として人類や野生動物は意思疎通の恩恵を失ってしまうだろう。
バベルの塔みたいなものだ。
それどころか野生動物たちは魔素による知性の人為的向上が無くなる結果、単なる「動物」に戻ってしまうことになる。
その結果出来上がるのは人間に一方的に狩られて搾取される弱肉強食の世界だ。
まあ、俺の地球と同じになるだけなんだが。
でも地球の歴史が戦争と殺戮と種の根絶に満ちあふれている事を考えると、絶対にこっちの方がいいよね。
多分、王族や貴族だけじゃなくて庶民に至るまでそれを無意識に感じているんだと思う。
野生動物たちも同じだ。
だからスウォークは神もしくは神の子並に崇拝されているんだろう。
それはいいのだ。
俺には関係ないし。
問題は俺なんだよ。
思い出してしまったんだけど、俺ってトルヌでは「救世主」とか呼ばれてなかった?
「そのようでございますね。
報告が届いております」
やっぱしか!
何だよそれ!
セレイナさんの仕込みか?
「セレイナ皇王陛下は我が主のご帰還を殊の外お慶びで、トルヌ皇国最高礼を持ってお出迎えになるとのことでございます」
パネェ。
あの人、若くて綺麗な顔をして露骨にえげつない手を使ってくるからな。
そういえば前皇王の弟子じゃないか。
あの自由すぎるイケメンの精神的後継者だもんなあ。
しかも違った方向にぶっ飛んでいる。
生き残るためなら何でもやりそうだ。
「それって俺を利用するつもりなんじゃないの?」
聞いてみたけどユマさんは気にも留めていなかった。
「我が主を利用するなど言語道断、と言いたいところでございますが、残念ながらセレイナ陛下の計画は我々にも利用価値がございます。
ここはひとつ乗ってみるのも手かと」
さいですか。
そう言われたらどうしようもない。
俺はユマさんに全面的に依存しているからな。
お手柔らかにお願いします。
「とはいえ、どちらが主人なのかをはっきりさせておく必要はございますね」
ユマさんが低い声で言った。
何それ?
悪役の台詞だよ!
しかも組織犯罪の黒幕的な!
「あまり舐められると今後の活動に支障を来す可能性もございます。
判りました。
ご安心下さい」
いいんだろうか。
ユマさん、既に闇落ちしているような気がするけど。
でもどうしようもないからな。
セレイナさんの無事を祈ろう。
俺たちがそんな無駄話をしている間にもヤジマ財団は動いていた。
もっともその活動は俺には見えない。
軽小説と違って千里眼とか魔法による探知はないからな。
地球でも同じだ。
そもそも会社で仕事していて、自分や同僚、上司の動きくらいまでは何とか判るけど、その先にいる人たちがどう動いているかなんか五里霧中だもんね。
何か資料を作って誰かに渡したらそれでおしまい。
その結果何がどうなるのかは想像もつかない。
人間の社会ってのはそうやって動いているんだよ。
ユマさんのような天才だったら社会の歯車が噛み合いながら動いている所を把握しているのかもしれないけど。
「とんでもございません。
私も人に投げているだけでございます」
ユマさんが呆れたように言った。
「でもヤジマ財団はユマさんが動かしているんだよね?」
「そのつもりではありますが、実際の所末端でどうなっているのかは想像するしかありません。
私もしばしば間違います」
そうなのか。
ユマさんって「神の一手」を使えるような気がしていたんだけど。
「我が主にこのような事を申し上げるのは僭越という気が致しますが、敢えて弁解させて頂きますと、私も失敗します」
ユマさんは肩を竦めた。
「ただ、その失敗が我が主の目に留まる前に回復しているだけでございます」
それって凄いことだよね。
どっかで読んだことがある。
例えば軍の将軍とかで、一度も負けたことがない軍神のような人と、何度も負けた人とでは部下の兵士はどっちを信頼するか。
意外というか当然というか、実は後者だったりする。
一度も負けてない、つまり常勝不敗って事はルーレットで赤が出続けているようなものだ。
つまり運が続いているだけだという可能性がある。
もちろん本当に強いとか作戦が上手くいくからとかの理由かもしれないけど、それは誰にも判らない。
ひたすら弱い敵とばかり戦ってきたのかもしれないからだ。
一方、何度も負けている将軍は、負ける度に死なずに戻ってきているわけだ。
さらに、そんなに負け続けてもあいかわらず将軍をやれているのは、致命的な負け方をしていないということになる。
将軍は国王と違って自分の意志で戦うわけじゃないからね。
もっと偉い人に指名されて軍を率いるんだよ。
つまり、負け戦だったとしても偉い人からみて損害が許容出来る範囲に収まっていたり、負けた事で大損害を被って継戦能力を失うまでには至らなかったわけだ。
いくらお気に入りの将軍でも、あまり酷い状況になったら解任するはずだから。
つまり、その人は「上手く負ける事」が出来る事が証明されている。
そして負け戦にもかかわらず相変わらず部下の兵士たちがついていくということは、部下を大切にする事の証拠だ。
一将成って万骨枯るという状況だと部下がついてこなくなるからね。
結論。
何度も負けている将軍の配下は、負けたとしても生きて戻れる確率が高い。
兵士たちにとっては戦の勝敗より自分の生死の方が重要なのは当然だ。
同じように、ビジネスで成功し続けている人と、何度も失敗しても不死鳥のように立ち上がる人とでは、やはり後者の方が有望ということになる。
実際、アメリカなんかでは何度も会社を潰したようなベンチャー経営者ほど資金提供者がつきやすいらしいからね。
本当かどうかは知らないけど(笑)。
とりとめも無いことを考えていてふと気づくと、ユマさんがなぜか上気した目で俺を見つめていた。
「何か?」
「素晴らしい。
さすがは我が主。
そのような論理的な道筋で私の方法論を認めて下さるとは」
失敗った(泣)。
またやった。
ユマさん、慣れてきたのか最近俺の半無意識的な思考を結構読めるようになってきているみたいなんだよな。
今の「失敗した方が偉い」の論理もかなり読まれたみたいだ。
ていうか戯れ言ですからね?
ユマさんが失敗するから信頼できるというわけではなく。
「判っております。
我が主のお心は身に染みております。
このような主に尽くせて私は幸せでございます」
何かフラグ立った?




