11.そろそろ?
ソラージュのヤジマ大公がエラ王国ルリシア王女の後見に立った。
このニュースは瞬く間にエラの貴族界を駆け巡った。
商人や庶民の間でも話題にのぼったそうだ。
ヤジマ商会の名前はエラ社会に結構浸透しているからな。
主に娯楽業界で(泣)。
そういう人たちにとってはむしろ「ルリシア王女って誰?」という反応だったらしいけど。
実際問題として今のエラ王室には王子や王女が多すぎてよほどの人材でないと庶民には認識されない。
ユリス王子なんかは結構知られているらしいけどね。
エラ王室は純粋じゃないにしても北方種の家系だから美形揃いだ。
でもみんなイケメンだったらそのうち飽きられるし、その中でも飛び抜けた美形じゃないと埋もれてしまう。
ユリス王子は王政府のお役目を果たしたりして露出する機会が多かったんだよ。
それに比べてルリシア王女はかろうじて認知されて王室に連なっているだけのモブだったりして。
いや美人な若い王女であることは間違いないんだけど、軽小説と違ってそれだけではどうにもならないからな。
そもそもルリシア王女は今まで公式行事とかに出ることもなかったし、俺と一緒に北方諸国とかを回っただけで、むしろ外国で有名だったくらいなのだ。
それがいきなりである。
ソラージュのヤジマ大公と言えば最近何かとお騒がせな男で、帝国皇太子と一緒にエラに来たとか歓楽街の所有者だとか物凄い金持ちだとか、色々な噂が乱れ飛んでいるだけだったそうだ。
その謎の男が無名の王女の後ろ盾になる。
何かどうでもいい話に聞こえますが。
「違います」
ユマさんに一言で否定された。
「でも大したことにはならないのでは」
「エラ王国の特殊事情と言えましょうか。
実際にはどこの国にもある課題ですが、エラでは特に王位継承問題が拗れております」
さいですか。
まあ、聞いた話だと王太子にされるのが嫌さに王子が何人も逃げているとか。
現国王のルミト陛下ご自身すら、若い頃に一度逃げて行方不明になったくらいだからな。
結局戻って来て王位についてからは賢君の誉れ高く、領地貴族の力が強くてゴタゴタが収まらないエラ王国を見事にまとめあげて平穏な統治を続けてきたんだけど。
それが仇となって、次代の国王に誰も成りたがらないという問題が大きくなっていると聞いている。
後を継いだ人は絶対比較されて叩かれるからな。
「そうです。
王子が逃げるたびに庶民の間でも話題になるそうです。
最初は面白がっていたらしいのですが、今では不安が増すばかりだと」
なるほど。
自分の国の王子様が逃げる。
一度や二度なら笑い話だろうけど、それが何度も続くとウチの王家って大丈夫なのかという心配が出てくる。
王家がヤバいということは、国自体のヤバさに直結するからね。
王家が倒れでもしたら良くて内乱だ。
下手すると外国が攻めてきたりして。
今の世界情勢ではまずないだろうけど、とりあえず国内が乱れることは間違いない。
庶民にとっては何もいいことないんだよ。
でも待てよ?
地球の常識だと違ったような。
「ちょっと聞きたいんですが、エラでは王家の問題を庶民が論じたりするんですか?
文盲の人も多いと聞きましたが」
日本にいたころに読んだ歴史小説とかでは、庶民というか例えば農民なんかは支配者が代わってもあまり関係なかったと聞いている。
そもそも接触の機会がないんだよ。
納税にしても庄屋がやるから、普通の小作農なんかは会う事すら無い。
その土地で認識できる一番偉い人は代官か何かで、その上なんか五里霧中だ。
だから、その地方を支配していた大名や貴族が戦争か何かで領主の立場を追われても庶民にはほとんど関係がない。
別の領主と別の代官が来るだけだからだ。
庄屋レベルですら領主にお目通りするのは一生に一度くらいだったそうだから、庶民にとってみたら神様みたいなものだろう。
そんな存在の動向を論じたりするだろうか。
「ああ、我が主は迷い人でございましたね。
つい忘れていました」
ユマさんはあっさり言った。
忘れていたのかよ(笑)。
「文字が読めなくとも庶民は上流階級の動きにかなり敏感でございます。
これはエラに限ったことではございません」
ユマさんによれば、下々の人たちも貴族や王家の動向には並々ならぬ関心を持っているそうだ。
あまり娯楽というものがない世界だからね。
ニュースなんだよ。
字が読めなくたって情報は伝わる。
そう、魔素翻訳で。
むしろ字が読めない分、印象が強化されているそうで、例えば嫁の噂なんか当時のソラージュ王都セルリユを文字通り席巻したという。
「あれ?
ミラス殿下とのスキャンダルというか」
「そうです。
傾国姫の印象は強烈ですからね。
詳しい内容は判らなくてもそういった事があった、という噂はあっという間に拡散します」
インターネットのフェイクニュースのようなものか。
全部嘘というよりは起こった事実を歪曲してばらまくわけだからな。
こっちの噂は絵入り新聞みたいなものだ。
脚色されまくりの。
嫁が傾国姫と呼ばれるほどの美女だという話は、それは拡散しただろうなあ。
イメージで。
「ああ、そうか。
つまり王室の話は庶民に格好の話題なんだね」
「そうですね。
もちろん詳しい事は判らないでしょうが、それでも我が主がルリシア殿下の後ろ盾に立ったという『事実』は抜群のネタです。
庶民レベルでも数日で広まります」
何てこった。
まあ、確かに俺自身が庶民だからね。
というか精神は。
だからこの状況は納得出来る。
俺だって一介のサラリーマンだったら面白がって噂するよ。
日本で言うと、例えばヤ○ーのオーナーとかホリ○モンが有名とは言えないアイドルの後ろ盾に立った、というようなニュースか。
噂話程度には聞くかもしれない。
「でも庶民には関係ないのでは」
「ですね。
あくまでもネタ話としてです。
我が主は有名人ですからすぐに色々な『小話』が生まれそうですね」
ユマさんはクスクス笑った。
さいですか。
で、小話って何?
「それはもちろん、外国の大公殿下とエラの王女との」
「判りました!
もういいです!」
聞きたくないので逃げた。
マジでフェイクニュースだな。
あることないこと書き立てられるわけか。
知りたくなかった(泣)。
俺、考えてみたらそういう庶民の間の話なんか聞く機会がないからなあ。
転移してすぐの頃はマルト商会でど庶民やっていたんだけど、あの頃は食堂なんかで噂話を聞く機会があった。
でも今はもう駄目だ。
知らない人と話すどころか接触すら難しい。
まさに「殿上人」になってしまった(泣)。
まあいい。
どんな噂だろうが俺の耳に入らない以上はないも同然。
我思うに我有り。
思わなければいないのだ(違)。
そういうつまらないことは忘れよう。
そう考えて屋敷に閉じこもっているうちに時間が流れた。
じっとしていても情報は伝わってくる。
ララエの方の魔王顕現は一応収まったらしい。
でもハムレニ殿やサレステ防災舎はまだ油断出来ないと考えているという。
「どうやらララエだけのことではなさそうだという話でございます」
ある日、夕食の席でユマさんが言い出した。
「そういえば被害が一部エラの領地や北方諸国にも及んでいると聞いております」
珍しく食事に参加していたフレスカさんが言った。
「それだけ広範囲だったと」
「土地は繋がっておりますし、国境線で隔てられているわけでもございません。
魔王の顕現を国や領地ごとに別個で対処する方法はもはや古いのかもしれませんね」
ユマさん。
謎かけしている?
それは前から俺たちの間では当然の認識だったよね?
だからヤジマ財団を作ったんじゃ。
「つまり、北方諸国にも大いに関係することですな」
オウルさんが割り込んだ。
フレスカさんに視線を振る。
「日数はあるのか?」
「一両日ということはないそうです。
ただ数年というほどの余裕もないと」
「そうか」
オウルさんは黙ってしまった。
色々計算しているのかもしれない。
やっぱそういう事ですか。
「というわけで、皆様準備をお願いします」
ユマさんがいきなり結論を言った。
「ミルトバ連盟の臨時総会の日付がほぼ確定しました。
それに合わせて出発します」
決定事項ね。
まあ、何もしないでボケッとしていた俺に文句は言えないけどな。
オウルさんはいいんですか?
「良いも何も。
私は従者として主上に従うのみでございますが?」
そうですよね(泣)。




