8.剣?
ロロニア嬢の両肩を鞘に収めたままの長剣で二度軽く叩く。
俺は剣なんか持ってないのでオウルさんから借りた。
最初はハマオルさんかその配下の人から借りようと思っていたんだけど、ハマオルさんも配下の護衛の人たちも長剣を持っていなかったんだよね。
ハマオルさんは凄腕の「剣士」だったはずなのにと思って後で聞いてみたら、この場合の「剣」は刃のついた獲物の総称だということだった。
確かに冒険者は長剣なんか使わないよね。
長剣は儀礼用の装備なんだそうだ。
ソラージュで近衛騎士を叙任した時は、誰かが用意してくれていたから気にしてなかったんだけど。
言われて見れば護衛の人たちは誰も長剣なんか持ってない。
建物内や人が密集した場所で、戦うというよりは防ぐために獲物を振るう必要があるからな。
長剣なんか室内で振り回したらすぐに壁や天井にひっかかって不自由この上ないそうだ。
だから短剣やナイフの類いが基本装備だということだった。
後は小型の盾や防具かな。
そもそも護衛は攻撃より防御が最優先だ。
前にどっかで読んだことがあるけど、剣というものは武器としては歴史的にみても意外なほど実戦では使われなかったらしい。
日本の武士も実戦場では刀なんか振るわなかったとか。
あれは平時の、さらに言えば接近戦専用の武器だから。
普通の刀って人を切ったら血糊や油がべったりくっついて切れ味が鈍る。
数人切ったらもはやただの鉄の棒だ。
しかも折れやすい。
そんなもんを戦場に持っていっても死ぬ確率が上がるだけだろう。
相手が多くても数人に限られる決闘の場や、あるいは殺傷を目的としない演舞くらいでしか使いようがないんだよ。
そもそも刀持ちの武士はあまり戦わない。
最前線でぶつかるのは足軽同士で、あとは騎馬隊が切り込むくらいか。
足軽が持つ獲物は槍だ。
なぜかというと、攻撃距離が刀より圧倒的に長いからだ。
刀を持った奴と槍持ちが戦ったら結果は見えている。
騎馬武者だって同じだ。
刀なんか馬上で振り回しても相手まで届かないもんな。
西洋の騎士も馬上の武器と言えば槍だったし。
鉄砲が出てこないうちからそうだったとどっかで読んだ覚えがある。
結論として、軍隊や護衛隊の実戦用装備には剣は存在しない。
地位や権威の象徴として腰に差しているだけだそうだ。
日本だと、太平洋戦争までの日本軍士官は軍刀持っていたらしい。
そんなもんは使いようがないので、完全に地位の象徴だ。
こっちの世界でもそれは同じで、剣で近衛騎士や貴族を叙任する事自体がその証拠だ。
剣持ちの地位にいる人が叙任するわけだね。
それはいいとして、問題は俺だ。
馬鹿な話だけど、なんちゃって貴族である俺はそもそも剣なんか持ってないんだよ。
普通の貴族は先祖伝来の剣とか王家から何かの褒賞として賜った宝剣なんかを最低でも一振りくらいは持っているらしいけど。
俺も貴族にされたときにソラージュ王家から貰ったはずなんだが見たことがない。
誰かがどっかに仕舞い込んでそのままなんだろう。
軽小説なんかでは地位の象徴として剣を釣っていることがあるけど、俺はいつも手ぶらだし。
儀礼式では装備しそうだけど、偉い人の前に出るのに武器なんか持っては行けない。
反逆かと疑われるぞ。
だから今まで気づかなかったんだよ。
そういうわけでヤジマ財団の部隊には剣を持っている人がいなかった。
手元にあるとすれば近衛兵や儀仗兵だろうけど、そんな部隊はヤジマ財団にはないからな。
国家の正規軍士官なら所有しているかもしれないけど、まさかエラ王国軍に借りるわけにもいかない。
エラ王国軍士官の人たちも所持しているかどうか。
少なくとも携帯はしてないだろうし。
困ってオウルさんに相談したら、すぐに持ってきてくれた。
さすがは帝国皇太子だけあって儀礼用の長剣を帝国から持ち込んできているそうだ。
何でも剣が正式装備になっている儀礼服があるらしくて、俺が借りた剣も宝剣と言えるくらいゴテゴテと飾りがついている。
おまけに装飾が凝っているせいかやたらに重い。
実用性皆無。
むしろ近衛騎士の叙任には相応しいかもしれないけど。
実は近衛騎士の叙任に使う獲物は剣でなければならないというわけじゃないんだよ。
長くて細いものなら何でもいいそうだ。
指揮棒はもちろん、ハタキや木の棒とかでも許されるというんだから徹底している。
なぜかというと、最悪戦場での叙任も考慮されているからだ。
槍が折れ矢は尽き、それどころか剣や鎧まで無くして満身創痍。
逃げ込んだ廃屋とかで叙任する場合、使う道具を選んではいられないということだね。
それにしては騎士が2人に高位貴族が必要とか条件がきつすぎるような気がするけど、それは後付けの設定だそうだ。
こないだユマさんに教えて貰ったんだけど。
ソラージュで近衛騎士を量産したときに儀式の執行役が出来なかったことに屈辱を感じたユマさんは猛勉強したとか。
天才だからな。
そんなつまらない事にも拘るんだろう。
それによって完璧な近衛騎士執行役の知識を得たユマさんだけど、その過程で副産物として近衛騎士の歴史とか由来とかの雑学にも詳しくなった。
近衛騎士は貴顕の護衛として生まれたけど、最初は褒賞などではなかった。
切羽詰まった状況において、平民に貴顕の側に侍るための身分を与えるための仕組みだったらしいんだよ。
帝国の成立以前はソラージュでも小規模な戦乱が絶えなくて、貴族や王族も結構頻繁に戦場に出る必要があった。
もちろん厳重に守られてはいるけど万一ということがある。
実際、司令部まで突入されて王族が負傷するような事態も発生したらしい。
這々の体で脱出しなければならない事もあったという。
そこで問題になるのが護衛だ。
貴族身分の者が周りに居ればいいんだけど、そうもいかない場合もある。
だからといって平民出身の兵士が玉体に手を触れるわけにはいかない。
王様を支えたり背負ったりしたら平民では無礼になるからな。
下手すると助けるつもりで肩を貸したら後で不敬罪で処刑されかねない。
そんなことがないように、とりあえず手っ取り早く平民を殿上人にするために出来た仕組みだということだった。
よって叙任の儀式は簡単で叙任される側の条件は何もない。
平民だから何も期待されていないと。
一方、あまりにも簡単過ぎて貴族を量産されては困るということで、後に叙任する側の条件が厳しくなった。
騎士位2名はともかく高位貴族が立ち会わなければならないというのが歯止めで、王族や公爵が自分だけで近衛騎士を叙任出来ないようにするための枷だ。
もし反乱とか企んでいるとしたら、高位貴族を最低一人巻き込まなければならなくなるからね。
しかもその高位貴族は授爵者と無関係な者じゃないと駄目だ。
さらに「自由」を与える一方、俸給を出さなければならないようにしたことで量産化を阻止すると。
というような歴史があると聞いたけど俺には関係ない。
叙任し辛いわけでもない。
騎士位はともかく高位貴族、というよりは帝国皇族が周りにゴロゴロいるし(泣)。
なるべく感情を込めないで淡々と言う。
「ロロニア・クレモン。
汝をソラージュ王国ヤジマ大公家近衛騎士に任じる」
これでロロニア嬢も近衛騎士だ。
ソラージュの貴族院だか審議院だかに書類を提出して認証されるまでは正規の身分じゃないけど、慣例的にはロロニア嬢はこの瞬間から貴族として扱われる。
だって近衛騎士は本来、一刻を争う状況で叙任される事を想定しているからね。
味方の騎士や兵士が死屍累々と転がっている中で、王様が唯一無傷の平民の兵士を叙任する。
騎士や高位貴族たちは立ち合えはするけど負傷していてもう王様を守れない。
だから近衛騎士に叙任されたもと平民の兵士が王様を守ってその場を脱出する。
その時点で貴族になっていなければ不敬罪ということで。
まあ、今の俺には関係ないけど。
「ロロニア近衛騎士。
立て」
命じられたロロニア嬢が立ち上がった。
きっちりとしたソラージュ式の礼をとる。
女性の礼じゃなくて騎士の礼だった。
アレね。
宇宙戦艦ヤ○トの奴。
さすがロロニア嬢、とっさによく出てくるもんだな。
「ありがとうございます。
このロロニア・クレモン。
ヤジマ無地大公殿下に忠誠を誓わせて頂きます」
淡々と述べるロロニア嬢はなぜか諦観が感じられる表情だった。
あまり嬉しくないらしい。
やっぱアレなんだろうなあ。
略術の戦将に嵌められたという。
横でオウルさんの「失敗った! 言うのを忘れていた!」とかいう声が聞こえたけど無視。
無事に終わって良かった。
さて休むか。
「ヤジマ大公殿下。
誓願がございます」
ロロニア嬢、いやヤジマ大公家近衛騎士ロロニア閣下が礼をとったまま奏上してきた。
珍しい。
ロロニア嬢が、しかも近衛騎士に叙任された直後にお願いを?
「何でしょうか」
俺も釣られて丁寧口調になってしまった。
「我が主人であるエラ王国王女ルリシア・エラの近衛騎士叙任についてご考慮頂きたく」
何それ?
いや無理でしょう。
だってルリシア王女ってヤジマ商会の舎員じゃないし……って、違うか。
確か俺が北方親善旅行していた時に建前上ヤジマ商会の見習い舎員にしたと思う。
それからどうなったんだっけ。
退舎したとかいう話は聞いてないけど、ひょっとしたらそのままなのか。
思わず振り返るとユマさんが頷いた。
「ルリシア王女殿下は現在でもヤジマ商会の見習い舎員でございます。
ただし休職中ということで無給になっております」
さいですか。
で、それが何か?
それだけじゃ近衛騎士にする必然性がないでしょう。
するとユマさんが驚くべき事を言い出した。
「我が主。
私からもお願いさせて頂きます。
是非、ルリシア・エラ王女殿下にヤジマ大公家近衛騎士の叙任を」
つまり、陰謀なんですね?(泣)




