7.難題?
幸いあまり待たされることなく謁見の許可が出たらしくて、ルリシア王女とロロニア嬢はエラ王宮に出かけていった。
割合早く戻って来たルリシア王女は釈然としない様子だった。
「何だったの?」
「それが。
よく判らないのです。
私は陛下と少し話してすぐに退出させられて」
「ロロニアさんは残されたと」
「はい。
上の兄上も同席していました」
暗躍していたユリス王子が出てきたか。
明らかに何か企んでいるな。
そしてルリシア王女がコマに使われると。
でも本当に何かさせられるのはロロニア嬢なんだろうなあ。
それ、間違いなくヤジマ財団が噛んでいるぞ。
カカワリアイにはなりたくないけど気になる。
だってどう考えても俺の所まで火の粉が飛んで来そうだし。
「ルミト陛下に何か言われた?」
聞いてみるとルリシア王女は首を傾げた。
「私の覚悟、でしょうか。
エラのために働く気はあるかと」
そんなの「ない」とか言えるはずがないよね。
言質を取られたか。
「それからマコトさんの事も聞かれたような。
嫌われていないか、とか」
何ソレ。
今になって俺の嫁に押しつける気なんじゃないだろうな。
ルリシア王女が万一俺の所に降嫁してきたりしたら、身分から言って嫁を押しのけて正室になってしまう。
そんなこと出来るはずがないのは判っているだろうし。
「あ、それはないです。
兄上も言っていましたが、マコトさんの怒りを買ったら我が国は滅ぶと」
そこまでは……行くか?
まあ、行かないにしても碌な事にはならないよね。
そんな横紙破りは俺や嫁の前にユマさんが許さない。
俺の嫁について悪しき前例を作ってしまうと歯止めが効かなくなるからな。
その結果、ヤジマ商会が崩壊する恐れすら考えられる。
もちろん俺も嫁も断固拒否だ。
でも、だとしたら何を。
ルリシア王女は正規の王女殿下とは言っても王位継承権を持っていない。
これ、実は使い勝手がいい立場なんだよね。
エラ王室というか王政府にとって。
身分は最高位だけど王位継承権がないからどこにでも嫁にやれる。
恩を売ったりコネを作ったりするのに便利この上もない。
しかも本人は若くて美人で人に好かれる性格。
さらに言えば北方種だ。
これはますます何か陰謀がありそうな。
「なるようになります。
ロロもいてくれますし」
ルリシア王女の強さはこれだな。
悩まない。
しかもそれなりに頭が切れて環境の変化に即座に対応出来る。
手札としては最高だ。
まあいいか。
後でロロニア嬢に聞けば判るだろうし。
そのロロニア嬢が王城から戻ってきたのはかなり遅くなってからだった。
夕食には間に合ったので招いて一緒に食事したけど憔悴が酷い。
ルミト陛下、よほど面倒な事を押しつけたな。
気がつくと何か俺に恨みみたいなものが籠もった視線を向けていたりして。
俺、何かした?
「はい。
元々はマコトさんの示唆だと聞きました」
何だよそれ!
知らないよ!
「判っています。
すべてルミト陛下とユリス王子が悪い。
これは八つ当たりです」
良かった。
いや良くないけど。
何があったか聞きたかったけどそんな雰囲気じゃないな。
押し黙ったまま飯を食っていると、当然のように夕食の席に参加している帝国皇太子殿下が言った。
「ロロニア殿。
それは主上の意に添う事か?」
帝国のナンバー2に突然話しかけられてもロロニア嬢は微動だにしなかった。
この人も傑物だよね。
「はい。
マコトさんの向かう方向で間違いはないかと」
「そうか。
ならば何も悩む事はあるまい。
方向さえ間違えなければ、進むべき道はいくらでもある。
自分にしか進めない道も存在する」
含蓄がある言葉ですね。
でもオウルさんの進みたがる方向ってアレだからなあ。
ロロニア嬢は見習わないで欲しい(泣)。
だがロロニア嬢はしっかりと頷いた。
「そうですね。
ありがとうございます。
オウル様」
ロロニア嬢の口調には本当に感謝の念が含まれていたような。
びっくりした。
ロロニア嬢は打って変わって晴れやかな表情になると、猛然と食べ始めた。
小柄な癖に結構な健啖家だからね。
それなことはどうでもいいけど。
ユマさんはそんな俺たちを楽しそうに見ていたけど、食事が終わって居間になっている割と大きな部屋に全員で落ち着くと俺に向けて言った。
「我が主。
何かお忘れではございませんか」
そう?
覚えがないけど。
でもユマさんがそう言うってことは、俺は確実に何か忘れているはずだ。
事態の変化と言えばルリシア王女とロロニア嬢が来たことくらいで。
あ。
そういえばそうでした!
「ロロニアさん」
ルリシア王女と何か話しているロロニア嬢に声をかける。
「何でしょうか」
「聞いているかもしれないけど、実はソラージュにいる時にヤジマ商会の幹部、というよりはヤジマ財団に関係する人たちを近衛騎士に叙任したんだ。
もちろん希望者だけ」
そうなんだよ。
あの時、ロロニア嬢は帝国に島流し(違)に遭っていてセルリユに来られなかったのだ。
だから叙任を断った人たちを除くヤジマ商会の幹部の中で唯一、ヤジマ大公家近衛騎士に叙任されていない。
あの時はどさくさに紛れてオウルさんやフレスカさんまで叙任させられたからね。
これまでヤジマ商会に多大な貢献をしてくれたロロニア嬢を省くことなんかあり得ないんだよ。
もちろん本人が嫌だと言えばやらないけど。
ロロニア嬢は立ち上がって言った。
「聞いています。
私も今まで忘れていました。
是非お願いします」
それは良かった。
みんなを見回しながら言う。
「じゃあこれからやろうか。
幸いここには役者が揃っているし」
高位貴族枠は帝国皇太子や帝国皇女がいるし、騎士位の人も揃っている。
ユマさんが呼んでくれたのかノールさんが控えてくれているからね。
ノールさんには執行役を兼ねて貰うとして、もう一人の騎士位はハマオルさんでいいか。
「オウルさん。
お願い出来ますか」
「勿体ないお言葉でございます。
ご命令とあれば何でも」
さいですか。
早速部屋が片付けられ、近衛騎士叙任の儀式の体裁が整えられた。
叙任役は俺、ヤジマ無地大公。
執行役は見届騎士兼任のノールさん。
もう一人の見届騎士はハマオルさんだ。
そして高位貴族役は帝国皇太子オウル殿下。
ラウネ嬢も帝国騎士だから騎士位ではあるんだけどね。
ソラージュの騎士じゃないから近衛騎士の叙任の見届け役として認められるかどうか判らないということで、ここは遠慮して貰う。
こういう場では証人が多い方かいいということでオウルさんのご家族も呼ばれた。
「父上。
何か」
「主上が行われるソラージュ近衛騎士の叙任式だ。
私もその栄誉に預かった。
お前達もいずれは主上にお許しを頂くことを目指せ。
そのくらいでなければ姫様の従者は勤まらんぞ」
いや、それは無理ゲー過ぎるぞオウルさん。
「はい!」
「頑張ります!」
息子さんたちはその気だ(泣)。
後ろに控えた皇太子妃が静かに頭を下げてくれた。
貴方だけが常識の光です!
オウルさんの近衛や帝国騎士、ヤジマ財団の護衛のうち主立った人たちが後ろの方に控える。
俺が中央に立ち、指示にしたがって右側にオウルさん、左側にハマオルさんとノールさんが並ぶ。
俺が頷くとノールさんが言った。
「ソラージュ王国近衛騎士の叙任式を略式にて執り行います。
執行役はララネル公爵家近衛騎士、ノール・ユベクト」
これ、何回目かなあ。
ソラージュで近衛騎士を量産したからな。
もう慣れてしまった。
「近衛騎士の叙任はソラージュ王国において陛下もしく殿下の称号を持つ貴顕が執行できる権利であります。
略式では見届け役として正騎士以上の騎士位2名、および立会役として授爵者と直接利害関係のない高位貴族1名が必要となります。
叙任者」
「ソラージュ王国無地大公ヤジママコト」
「確認しました。
見届騎士。
ララネル公爵家近衛騎士ノール・ユベクトが執行役を兼ねます」
「ソラージュ王国近衛騎士ハマオル・ムオ」
ハマオルさんの態度はごく自然だ。
そういう演技かもしれないけど。
「確認しました。
立会役」
オウルさんのバリトンの声が響く。
「ホルム帝国皇太子オウル・ホルム・セレ・ホルム」
「確認しました。
授爵者は前へ」
ロロニア嬢が俺の前に進み出る。
王宮から帰ってきて着替えたらしくて普段着のツナギだったけど、別にいいか。
「授爵者ロロニア・クレモン。
跪くように」
ロロニア嬢が俺の前で片膝を突いた。
面倒くさいとか言ったらヤバいか?




