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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五部 第五章 俺が支配者?

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24.前皇王陛下のお願い?

 注目を集めてしまったフレスカさんは珍しくどもりながら答えた。

「直接お目にかかったことはございませんが……御身の特徴に心当たりが。

 ですが、お隠れになられたはずでは」

 似顔絵か何かを見たらしい。

 フレスカさんって帝国軍の元参謀将校だからな。

 各国の重要人物については調べてあるんだろう。

 特にフレスカさんは参謀将校といっても帝国皇女でもある。

 高位身分の貴族を知りませんでしたでは済まないんだろうね。

 でもオウルさんはともかくユマさんも知らないのか?

 ちらっと見ると略術の戦将(ユマさん)は微笑みを浮かべていた。

 知っているらしい。

 それはそうか。

 この会合自体、教団とユマさんの手配だもんね。

 つまりユマさんはこの恐ろしいほどのイケメン北方種(エルフ) と俺を会わせたかったと。

 スウォークの人たちも同じか。

 それほどの重要人物なのか?

「いや、今はそんなことはない。

 かつてはともかく、今の私は引退の身でね」

 イケメンの純北方種(ハイエルフ)の人はそう言いながらソファーに腰を降ろした。

 ラヤ様は何も言わない。

 治外法権ですか?

「ふむ。

 ラヤ。

 この方が?」

「そうですよ。

 これがヤジママコトです」

 何か俺、人間じゃなくて高価な美術品とか評価が難しい物件みたいに思われてない?

 ていうか誰も紹介してくれないんですか?

 フレスカさんもなぜか黙っているし。

「紹介します。

 トルヌ皇国前皇王のラルレーン殿です」

 ラヤ様があっさり言った。

 前皇王?

 つまりセレイナ皇王(さん)を皇王にした人?

 確かお隠れになっ(死亡し)たんじゃなかったっけ?

 まあいい。

 紹介されたからには返すしかない。

「ヤジママコトです」

 肩書きはいらないよね?

「ラルレーンだ。

 今は何の肩書きもない無職だがね。

 ちなみに家名もない」

 イケメン純北方種(ハイエルフ)の人、じゃなくてラルレーン殿が言ってソファーの背に寄りかかる。

 家名がないってことは、つまり元はラルレーン・トルヌだったわけね。

 セレイナさんの家名もトルヌだったからな。

 引退というか皇王を外れるとそうなるのか。

「フレスカ・セダン・エル・ホルム帝国皇女でございます。

 ラルレーン陛下」

 まずフレスカさんが礼をとった。

「失礼ですが、ご存命とは存じ上げませんでした」

 そういえばセレイナ皇王陛下(さん)も前皇王はお隠れになったと言っていたっけ。

 つまり亡くなったと。

「対外的には。

 それから私に肩書きは必要ない」

 ラルレーン前陛下(さん)が肩を竦める。

「当時のトルヌ宮廷の重鎮共を道連れにして消える必要があったのでな。

 私が隠れ(死な)なければ連中(やつら)を排除できなかった。

 おかげでセレイナには苦労をかけてしまったが」

 なるほど。

 ラルレーン前皇王(さん)はトルヌ宮廷の大掃除をしてからセレイナ皇王(さん)に引き継いだのか。

 道理でまだ若くて女性であるセレイナ皇王(さん)が何とかやっていけてるわけだ。

 五月蠅い既得権益者(老害)が一掃されているんだもんな。

 もっともそのせいで宮廷の維持には苦労してるみたいだったけど。

 経験者がごっそり抜けたせいで。

「ホルム帝国皇太子オウル・ホルム・セレ・ホルムです。

 ラルレーン殿。

 生前(・・)のお噂は聞いていた」

 オウルさんが礼をとった。

 聞いていたのか。

 それはそうだ。

 トルヌ皇国の皇王だったんだよ。

 噂くらいは聞いていないはずがない。

 というよりはおそらく、オウルさんは帝国皇子から見た政治的な要素として認識していたんだろうね。

「ラルレーンだ。

 よろしく」

 余計な事は言わないか。

 言う事もないのかも。

 トルヌ皇国は超弱小国と言ってもいいけど北方諸国を結びつけているミルトバ連盟の象徴的な代表国だ。

 古代帝国であるミルトバの直系と自称しているらしいんだよね。

 もちろん正式に認められているわけじゃないが、否定もされていない。

 そもそもミルトバ帝国自体の存在があやふやというか、伝説みたいなもんだから。

 俺が聞いたところではアトランティスとかムーよりはマシ、という程度の認識だったような。

 でも北方諸国はそのミルトバを同盟の名に選んだ。

 つまりトルヌ皇国は北方諸国に対して一定の影響力を持っていることになる。

 名前だけだとしても。

 それにラヤ様の動きから見て、教団はトルヌと何らかの関係を持っている。

 ていうかセレイナ皇王(さん)を俺に紹介してくれたのがこのラヤ様だったからな。

 そして教団の大教堂の一般人が入れない場所で平気で寛いでいるラルレーンさん。

 結論。

 トルヌ皇国は間違いなく現在でも教団(スウォーク)と深い関係がある。

 オウルさんもフレスカさんも、そこんところを見て慎重になっているんだろう。

 何せ帝国は教団の最大の被護国ということになっているからね。

「初めまして。

 ラルレーン殿。

 ユマ・ララネルでございます」

 ユマさんが恭しく言って頭を下げた。

 肩書きはなしか。

「ユマ殿か。

 噂はかねがね」

 ラルレーンさんが微笑した。

 ユマさんもラヤ様と一種の協力関係にあるみたいだからね。

 そういえばアレスト市で司法官をやっていた頃から妙に親しかったっけ。

 いずれにしても今回の件の黒幕の一人だろうし。

「ハマオル・ムオでございます」

 ハマオルさんが深く頭を下げた。

「うむ。

 ラヤから聞いている」

 ラルレーンさんが優しい声で応えた。

 聞いているのか。

 そういえばハマオルさん、この中では一人だけ場違いという気がするけど、ここにいる理由があるのか。

 そんな俺の疑惑を魔素翻訳で感じたのか、ラルレーンさんが俺に向かって言った。

「私が会ってみたかっただけだ。

 ヤジママコト殿。

 御身が最も信頼する護衛であり、またラヤからも無条件の信用を得ている男だからな」

 そんなことが!

 いや、確かに俺はハマオルさんの言う事だったら何も聞かずに従うけど。

 ラヤ様も暖かい視線を注いでいる。

 そういえばハマオルさんってラヤ様に育てられた? んだったっけ。

 ハマオルさんは居心地悪そうに縮こまっていた。

「過分な評価でございます」

「そんなことはない。

 ヤジママコト殿の身の安全は御身にかかっていると言っても良いのだからな。

 それはつまり、世界の安全を預かっているということだ」

 大袈裟ですよ!

 しかしハマオルさんは顔を上げた。

 瞳が真っ直ぐにラルレーンさんに向けられる。

「ご安心を」

「うむ。

 任せる」

 何かよく判らないけど心が通じ合ったらしい。

 ふと異様な気配に気づくと、俺の隣に座っているオウルさんから物凄い圧力(プレッシャー)が発散されていた。

 失敗(しま)った!

 オウルさんは俺の第一の従者を自称しているんだぞ!

 これではまるでハマオルさんだけが俺を任されたみたいじゃないか!

 いや、そもそもラルレーンさんに何の権限があってそんなことを決められるのか不明だけど。

「そう急ぐな。

 オウル殿」

 ラルレーンさんが笑いながら言った。

「御身はヤジママコト殿の『従者』であろう。

 そしてそれ以上に『矛』だ。

 役割を間違えてはいけない。

 『盾』はハマオル殿に任せてヤジママコト殿の前に立ちふさがる障害を粉砕するのが御身の役目だ」

 オウルさんから圧力(プレッシャー)が嘘のように消え去った。

 晴れ晴れとした表情で顔を上げるオウルさん。

「そうでありました。

 ラルレーン殿。

 あやうく私の役目を忘れるところでした」

 口調が丁寧になっている!

 凄え。

 やっぱラルレーンさん、いや前トルヌ皇国皇王陛下だけのことはある。

 口先三寸で何もかも支配できそうだ。

「その評価は酷いなヤジママコト殿」

 読まれました(泣)。

「でもまあ、そう言われても仕方がない所ではある。

 私の取り柄は口だけだからな。

 ところでヤジママコト殿」

 ラルレーンさんの口調が突然重々しくなった。

 怖いよ!

「何でしょうか」

「御身は今や、世界を支配していると言っても過言ではない立場だ。

 そのような方に対して今の私の立場では僭越であるとは思うが、是非とも叶えて頂きたいお願いがある」

 そう来ましたか。

 いや、俺が世界を支配しているとかいう戯れ言は別にしても、かつては小なりとも一国の支配者にあった方の「お願い」だ。

 「依頼」とかじゃないんだよ。

 元皇王陛下が願わなければならないほどの事だ。

 一体どんな無理難題を?

 ラルレーン殿は真剣な表情で俺を見据えて言った。

「私はどうしてもヤジマ商会本舎の舎員食堂(レストラン)で食事をしたい。

 さらに噂の鯨公演を聴いてみたいのだ。

 手配をお願い出来ないだろうか?」

 それがかつて一国の支配者(トップ)だった人の願いかよ!

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