20.信仰?
結局その物流拠点をそのまま通り過ぎて、俺たちはもっと奥の屋敷街に入った。
護衛隊や帝国軍の騎馬隊などは物流関連の宿泊施設に泊まることになっているという。
馬の世話なんかも出来る設備があるらしい。
護衛隊の一部はもちろんついてきていたけど、実際にはもうこの辺りは一般人の進入禁止だそうだ。
「関係者以外立ち入り禁止」という奴だね。
日本とかでも大企業の生産施設や研究施設なんかは当然そうなっているからな。
ヤジマ商会もその辺りは気をつけているんだろう。
でもエラ王国王都でよくそんな場所を確保出来たね?
「王都は国王陛下の直轄地でございます。
ヤジマ商会の事業についてはルミト陛下が後ろ盾になってくださっておりますので」
ユマさんが教えてくれたけど、そういえばそんな話もしていたっけ。
王都はエラ王家の領地になるからルミト陛下の許可があれば何でもやり放題なのだ。
例えば外国の企業に便宜を図ってやるとか。
エラの領地貴族は自分の領地でこそ絶対者だけど、王都では一般人に毛が生えた程度の権力しかないからね。
それにヤジマ商会は当時からそれなりに力を持っていたし。
今はどうやらエラの流通を支配してしまっているらしいから物流拠点が必要なのだとか言えば何でも通るんだろう。
「現実的な理由もあるそうでございます。
野生動物の方々が当たり前に出入りするので、王都民がみだりに接触することがないようにとの方策で」
それはこじつけっぽいな。
エラ王国でも野生動物たちはそれなりの力を持つようになってきている。
王都には犬類連合や猫撫でとかの会舎もあるし、セルリユ興業舎のサーカスなんかも進出して定着しているそうだ。
野生動物を隔離する必要ってないんじゃないの?
「エラの野生動物たちは輸送業務に従事しておりますから」
何でも知っているユマさんが教えてくれた。
「輸送って、物の?」
「何でもでございます。
交易品は当然として物資、情報や人材まで」
そうか。
つまりは輸送ルートやその内容の問題だな。
おそらく街道なんか通らないんだろう。
エラは内陸国だから、国内の物資の流通を握るということは生権与奪の鍵を独占しているようなものだ。
そういうモノを管理するためには治外法権的な拠点が必要ということか。
何かもう、色々とヤバい分野に踏み込んでいるような気がする。
こっちの世界では魔素翻訳のせいで隠し事が難しいけど、巨大すぎる陰謀はかえってバレにくくなっているからな。
そんなものがあるとは誰も気がつかないような隠し事とかね。
ヤジマ商会の事業は多岐に渡りすぎて全体を把握するのはほとんど不可能だし、エラの場合はそもそも秘密主義が蔓延しているせいで尚更だ。
そこに、例えばエラ王室の庇護を受ける某業者が何かしようとするならやり放題ということか。
まあいいけどね。
俺には関係ない。
好きにして(泣)。
馬車が止まったのはでかい屋敷の玄関だった。
いや屋敷というよりはもう館か。
いっそ迎賓館とかに近い気もする。
「ここですか?」
「妾もよく知らないのですが、おそらく」
何でも知っているユマさんも、そんなところまでは報告を受けていないらしい。
馬車を降りると片膝を突いた人たちの集団に迎えられた。
それはそうか。
だってソラージュ大公と帝国皇太子一家だもんな。
面倒くさいので対応はユマさんたちに任せてさっさと屋敷に入る。
「それでは主上」
「ゆっくり休んで下さい」
無敵のオウルさんや元帝国軍人の奥方はともかく子供さんたちが疲れて眠そうだったからね。
「ありがたく休ませて頂きます」
そういうのはいいから。
俺が案内されたのは貴賓室だった。
ていうか多分そうだろうと思える部屋だ。
いつも忘れているけど、俺って大公なんだよな。
旅というとどうしてもビジネスホテルで、という感覚が消えてくれない。
サラリーマンの習性のようなものだ。
そもそも俺が貴族なんてのがおかしいのだ。
似合わない。
まあ、豪華な部屋に泊めて貰えるというのなら吝かじゃないんだけどね。
観光旅行で星五つのホテルに泊まるようなものだ。
とりあえずシャワーを浴びてから浴衣に着替えて居間に行くとお茶の用意がしてあった。
ハマオルさんとラウネ嬢が礼をとってくれる。
「御用がございましたらお呼び下さい」
「ありがとうございます」
二人は息の合ったコンビのように、まったく同じタイミングで頭を下げてから消えた。
プライバシー重視の姿勢が素晴らしい。
前はラウネ嬢がずっと同じ部屋で待機していたんだけど、気になるからと止めて貰ったんだよね。
俺はそういう感覚、嫌だし。
生まれながらの貴族の人たちって、同じ部屋に召使いとか護衛がいても完璧に無視できるらしいんだよなあ。
「人間」ではなくて物みたいに思う事が出来るそうだ。
無理。
ていうかそんな人になりたくないし(泣)。
浴衣のままベランダに出てみると、そろそろ日が暮れかかっていた。
そろそろ夕食か。
寝ている暇はなさそうだ。
でもやることがない。
これが本職の経営者とか領主とかだったら時間なんかいくらあっても足りないだろうけど。
俺はヤジマ財団の理事長ということになっているけど実際にはニートだから何の義務もないんだよ。
何かあったらユマさんが報告してくれるだろうし。
軽小説に出てくる怠惰な貴族みたいになってきているなあ。
いや、ああいう小説の貴族って例え無能でも結構忙しかったような。
貴族だったら悪徳だろうが何だろうが一応ちゃんと仕事していたしね。
仕事してない人は美女といちゃついていたりして。
俺みたいに何もすることがなくてボケッとしている奴はいなかったと思う。
でも現実には存在するんだよ。
ソファーでお茶を飲みながらまったりと過ごす。
日本だったらこういう時は雑誌とか読むんだけど、俺は未だにこっちの文章は苦手だからな。
あまり読みたくない。
英語の雑誌があっても積極的に読まないのと一緒だ。
しばらくすると何か気持ちがよくなってきた。
俺、こういう生活が合っているのかも。
「主殿。
よろしいでしょうか」
はいはい。
「何でしょう」
「夕食の準備が出来たとのことでございます」
「判りました。
すぐに行きます」
「お心のままに」
待機時間も終わりか。
ちなみにメニューはお任せだ。
俺もなってから気づいたんだけど、貴族の食事って自分の思い通りにならないんだよ。
サラリーマンみたいに今夜はカツ丼にしようとか選べない。
全部料理人にお任せだ。
これは無理ない話で、貴族に出す食事は冷蔵庫を開けて残っていた材料ででっち上げるというわけにはいかない。
随分前から食材とかを集めて準備が必要なのだ。
勢い、料理人次第ということになる。
何か食いたかったら少なくとも数日前に希望を述べておくべきなんだよ。
そんなの面倒だからやらない。
俺、あまり食道楽じゃないからな。
まあヤジマ家の飯は何でも美味しいんだけど。
ていうかどこに行っても俺専属の料理人さんがいるようになってしまった。
長期の旅の間は料理人さんが同行してくれるし、どっかに泊まる場合は希望すればその人が作ってくれる。
宿の側にもメンツがあるから俺は大抵出された物を食うけど。
でもやっぱヤジマ家の飯に比べたらイマイチなんだよなあ。
いかん、ぼーっとしていた。
急いでソファーテーブルの上に用意されていた室内服に着替える。
部屋を出るとハマオルさんとラウネ嬢の他に執事服を着た人が待機していた。
すみません遅くなって。
「それではご案内致します」
執事だか何だからしい人はガチガチに緊張していたりして。
まあそうか。
俺はソラージュの大公とか以前にヤジマ商会のオーナーだもんね。
ここに勤めている人たちにとっては雲の上の雇い主だ。
俺が北聖システムの会長か誰かを案内するようなものだろう。
「というよりは、伝説の主殿を前にして心が乱れているのかと」
ハマオルさんが囁いてくれた。
「伝説ですか」
「むしろ神話に近いのかもしれません」
これはラウネ嬢。
「ヤジマ帝国皇子殿下は既に崇拝の対象でございますから」
信仰かよ!




