14.エリンサ犬類連合再び?
先頭を進んでいたヤジマ財団の派遣隊が止まった。
遠すぎてよく見えないけど、エラ王国の兵隊さんと話しているようだ。
しばらくすると先頭から俺たちの所までざらっという感じで道が開けた。
いや、騎兵や野生動物たちで埋まっていたからね。
街道を完全に埋め尽くしてその両側まではみ出している。
まだあまり家とかがないから何とかなっているけど、ここから先はまずいのでは。
騎兵が道を一直線に向かって来た。
俺の馬車の前で止まり、騎手が飛び降りて片膝を突く。
ヤジマ財団の護衛の人だった。
「申し上げます!
エラ王国王都守備隊の代表がお目通りを願っております!」
さいですか。
いいんじゃないでしょうか。
俺が頷くとハマオルさんが声を上げた。
「許可する」
「は!」
騎兵の人は頭を下げてから立ち上がり、騎乗して前方に去った。
面倒くさいなあ。
でもこれが正しい手順だ。
軽小説と違って身分が絡むと礼儀が大変なのだ。
俺の隣には帝国皇太子と帝国皇女がいるし、俺だってソラージュ大公だ。
しかも公式に身分を明らかにしている。
これ、普通だったら王宮の謁見室で名乗りを上げて許可を求めるレベルなんだよ。
しかも平民では駄目だ。
下級貴族でも難しい。
まあ兵隊とか警備隊の人は任務ということで直接会えるけど、その場合でも何かの役職がないときついからね。
隊長とか。
ああ面倒だ。
そんなことを考えていたら、ヤジマ財団の騎兵と帝国軍の騎士に伴われた立派な制服を着た騎士が向かって来た。
貴族か。
その騎士は下馬するとその場で片膝を突く。
「エラ王国騎士ナトア殿でございます!」
ヤジマ財団の人が声を上げた。
これで紹介したことになるんだけど。
「ホルム帝国皇太子オウルである。
直答を許す」
そうしないと口を利けないんだよ。
ちなみにここでオウルさんが出たのは、この隊列の主人が帝国皇太子ということになっているからだ。
つまりエラ王国を公式に親善訪問しているのは帝国皇太子であって俺は付け足しだ。
良く言って同行者というところか。
だから名乗りを上げるのも使者に対処するのもオウルさんがやる。
ていうか本当は副官であるフレスカさんがやるべきなんだろうけど、オウルさんはそういうの気にしない人だからな。
面倒くさいことはさっさと自分で片付けるタイプだ。
「エラ王国王都守備隊第一隊隊長、ナトア・タダーシュでございます。
ルミト陛下に代わりましてオウル殿下のエリンサ入都を歓迎させて頂きます」
ナトアと名乗った騎士は渋い声で述べた。
うん。
身分を言わなかったけど、この人貴族だね。
それも下級じゃない。
騎士団長か近衛隊の隊長レベルの人だ。
俺もそういうの、判るようになってしまった(泣)。
だって違うんだよ。
近衛騎士や子爵だった時に会った人と。
伯爵や大公にされてから相手をしてくれる人って何と言うか重いというか、代々積み重ねられた身分が感じられたりして。
「ありがたくお受けする。
ナトア侯爵殿。
どうぞお立ちあれ」
オウルさんが丁寧に言った。
でも身分言ったっけ?
ナトア侯爵? は「は」と言ってから立ち上がると顔を綻ばせた。
「ご存じでございましたか。
オウル殿下」
「皇帝陛下より伺っている。
ナトア殿によしなということで」
「まだ覚えておいででしたか。
ありがたいことでございます」
ナトア侯爵は遠い目をした。
何かあるんだろうな。
見るとナトア侯爵は中年を通り越して初老といった年代だった。
そういえば皇帝陛下とエラ国王、それにソラージュ国王は個人的に友誼があるとか聞いたっけ。
皇帝や国王が単身で知り合うはずがないから、ナトア侯爵は仲立ちとかの役目だったのかも。
ナトア侯爵はもう一度オウルさんに礼をとってから俺の方を向いた。
「ソラージュ王国ヤジマ大公殿下。
エラ王国国王より歓迎のご挨拶を申し上げます」
「あ、はい」
いきなりだったから慌ててしまった。
「ご伝言をお預かりしております。
『帰還を歓迎する』とのことでございます」
さいですか。
ていうか「帰還」って。
何か俺、エラでも変なことになっている臭いぞ。
まあいいか。
今回、俺は単なる同行者だからな。
面倒は全部オウルさんに被って貰おう。
ということで挨拶が済むと、ナトア侯爵は街道に出来た「道」を駆け戻って行った。
しばらくして道を塞ぐように展開していたエラの守備隊が整然と隊列を組んで移動を始める。
こっちはその後に続く形だ。
なるほど。
エラの守備隊が街道やその周辺から人を一時避難させているのか。
てことは俺たち、この大軍のまま王城に乗り付けるの?
それはいくら何でも失礼というものでは。
「ご心配なく。
帝国軍と派遣隊の収容場所は用意してございます」
ユマさんがそう言うのなら大丈夫か。
そのうちにヤジマ財団の部隊が分かれた。
街道から横道に逸れて行く。
帝国軍部隊も一部を残して後に続く。
残ったのは全部で百人くらいか。
あとは狼騎士隊ね。
周り中にいる野生動物たちはそのままだったけど。
これ、どうするの?
「当然、ご同行頂きます」
いいのか?
この連中、文字通り「野生」動物だよ?
統制がとれているとは言い難いんだけど。
不安だ。
そんな俺を置いてけぼりにして隊列は進む。
前方にエラ王城が見えて来た頃には俺たちの馬車と騎兵隊は野生動物の海に浮かぶ島みたいになっていた。
狼騎士隊がそばにいることが唯一の救いだ。
こんなことをしてマジで大丈夫なの?
周りを見回すと、いつの間にか馬車の周囲が犬の人たちで埋まっていた。
そういえば前もこんなだったっけ。
王都エリンサの犬類連合が護衛? についてくれたと。
「この者共も主上の配下なのでございますか?」
オウルさんが聞いてきた。
さすがに心配になったんでしょうか。
「いえ。
先ほどまでの者共に比べてあまりにも統制が取れすぎているようですので。
主上の直属の者どもかと」
違います。
ていうかそもそも野生動物は俺の配下とかじゃありませんので。
そう言おうとしたけどユマさんに肯定されてしまった。
「その通りでございます。
エラ王都エリンサの犬類連合は我が主の古くからの配下として」
また変な伝説を捏造しているのか。
いや、何か思い出してきた。
エリンサの犬類連合とは直接契約を結んだ気がしてきたぞ。
契約自体はよく覚えてないけど当時のエリンサ犬類連合の首長はライラさんと言ったっけ。
毛並みの良い女性だった。
それだけは記憶にある(泣)。
だんだんはっきりしてきた。
確かルミト陛下は王城に居なくて、代理のユリス王子殿下と会ったんだった。
何と言うかこれぞ王子! というカッコいい人だったなあ。
だって俺が名前覚えているくらいだ。
あれで王太子じゃないというのも不思議だけど、今はどうなっているのか。
「主殿」
御者席のドアを開けてハマオルさんが呼びかけてきた。
「犬類連合の方がご挨拶をと」
「あ、はい」
馬車の窓から外を見ると、並行して走るすらりとした犬がこっちを見上げていた。
「お久しぶりです。
マコトの兄貴」
「ライラさん!
来てくれたんですか!」
「マコトの兄貴のご命令とあらば、我等エリンサ犬類連合はどこへでも参ります」
さいですか。
しかしタイミングが良すぎる気がするけど。
「ライラ殿、ご苦労様です」
ひょい、と俺の隣に顔を出したユマさんが言った。
「ユマ殿でございますね。
ご指示通りに」
「それではよろしくお願いします」
符丁めいたやり取りの後、ライラさんはすっと離れて行った。
やはりユマさんの仕込みか。
じゃあ、俺は別に何もしなくていいよね?
「やはりでございますか。
エラもまた、主上の手中にありと。
感服致しました」
深々と頭を下げるオウルさん。
もうどうにでもして(泣)。




