22.インターミッション~シイル~
ボクが、というよりはボクたちが救われた時の話をする。
ボクの名前はシイル。家名はない。
両親は健在だけど、家が裕福じゃなかったし、家業と言えるほどのことはやってなかったから、ボクの将来は暗かった。
アレスト市はいい街で、あまり犯罪も起こらないし、子供を働かせて搾取しようなどと考える大人もほとんどいなかったから、ボクたちは仕事にあぶれることになった。
アレスト市に限らず、少なくともソラージュ王国では、仕事というものは受け渡されるものだ。
師匠がいて弟子がいる。これが基本だ。
世襲が可能な職業だと、話は簡単だ。
親が適当な時期に子供を助手にして、あとは仕事を手伝わせながら教えていけばいい。
親が引退する頃には、子供は一人前になっている。
世襲できない仕事や、あるいは弟子をたくさん揃えられる場合などは、師匠は他人の子供を弟子にとって教えることになる。
でも、誰に教えるか、誰に後を継がせるかは師匠の自由だ。だから、コネとか付け届けがないと、なかなか弟子にはして貰えない。
というわけで、ボクたち家に家業と呼べるものがなく、さらに貧乏な家の子供は、将来が暗いことになる。
子供の頃から訓練しないと身につかない技能が必要な仕事には、一生つけないからだ。
そういう子供は、大きくなっても技能がいらない仕事、例えば畑仕事の手伝いとか、何かの工事の人夫として雇われるしかない。
しかも、そういう職業の報酬は安いから、技能がない人達には這い上がれるチャンスは巡って来ない。
さらに言えば、そういう家では子供といえど、遊んでいても食べられるというわけではない。
だからボクたち貧乏な家の子供は、街を当てもなくうろつきながら、半端仕事でも貰えないかと捜して回ることになる。
仕事がないとご飯抜きになったりするから、大変なんだ。
そんな状態だから、もちろん勉強なんか出来ない。字も読み書きできないのでは、大した仕事は回ってこない。
まともな仕事が貰えず、グレたりする人も出てくるけれど、そんなことしてもしょうがないから。
貧乏な家の子供は、そうやって毎日を何とか誤魔化しながら、大きくなって身体が肉体労働に耐えられるようになるのを待つ。
成長すれば、日雇いの仕事を得て街の徘徊から消えていく。
女だったら、あっちの方の仕事とかね。
ボクはその頃、もう少しで徘徊から卒業、という時期だったから、何となくそういう子供達のリーダーになって、適当に仲間に気を配っていた。
去年「卒業」した先輩たちに託された「役目」で、ボクもどこかに雇って貰えるようになったら、次の年長に託すことになる。
まあ、トラブルといってもアレスト市は平和で安全だから、せいぜい殴り合いとかカッパライとか、そのくらいだったけど。
それでもトラブルがあるのなら、誰かが対処しなければならない。
おかしな奴がいる、という情報が伝わってきたのは、夏が終わって秋になった頃だった。
冒険者なのに、外で絵本を読んでいる人がいるという話だった。
冒険者といっても色々いるけど、基本的には裕福だったらそんな仕事につく人は少ないので、つまり読み書き出来ない可能性は高い。
ボクたち街の子供も、ほとんどは文盲だからね。
噂によると、大きな冒険者のチームでは、所属する冒険者が字を覚えたいと思った時のために、教育用の絵本を揃えている所もあるらしい。
ボクは、てっきりその人も非番の時に絵本で勉強しているんだろうな、と思っていたのだが、何か変だという話だった。
ほとんど毎日、仕事もせずに空き地などで絵本を読んでいるらしいのだ。
それも、一箇所じゃなくて、街の色々な場所で。
居座る場所に規則性はないし、時には屋台で買ったものを食べながらずっと続けて絵本を読んでいるということだ。
どう考えてもおかしいだろう。
絵本を読むふりをして、何かをしているんだろうか。何なのか思いつかないけど。
あるいは、いつまでたっても字を覚えられないとか?
それでも、冒険者としての仕事もしないで、毎日というのは変だ。
それは置いておくとしても、毎日読んでいる絵本が違うというのは羨ましい。字を覚えられれば、将来就ける仕事の幅が大きく広がることはボクたちにも判っている。
でも、相手は大人の冒険者だ。
ボクたちのことなんか、気にもしてくれるはずがない。
だからボクは、仲間達にその人には近づくな、と言っていたんだけれど。
小さい子供達が、ついに絵本を読んでいるその人を囲んでしまったんだ。
知らせを聞いたボクが駆けつけた時には、子供達はその人を完全に取り巻いて、襲いかかりそうに見えた。
まずい。
そんなことをされたら、誰だって脅威を排除しようとするはずだ。
まして、相手は冒険者だ。
時には街の外に出て、荒事をこなすプロ。
子供なんか、何人かかって来ようが相手にもならないだろう。
ところが、ボクがあわてて子供達を引き上げさせようとした時、その人は声をかけてきた。
何か用なのか、と。
ボクは、思わず絵本を読ませてくれ、と言ってしまったんだ。
頭に血が上っていたんだと思う。
そんなこと、出来るはずがないだろう。
だがその人、マコトさんは優しかった。
まず、自分のことはマコトと呼んでくれと言った。
ヤジマという家名があるのだから、それなりの家の出のはずなのに、街の貧乏な子供相手にも気安く相手してくれる人だった。
そして、絵本は冒険者チームのものだから、ボクたちにあげたり貸したりはできないけれど、自分が見ている場所でなら、読んでいいと言ってくれた。
それからは毎日、夢のようだった。
マコトさんは約束通り、天気が良ければ毎日、絵本を持って来てくれた。
ボクたちは、シフトを組んで交代で勉強できるように、仲間うちでの街の徘徊メンバーを調整した。
もちろん、絵本に触れる前によく手を洗って、本が汚れないように気をつける。
マコトさんは、色々と考えてくれているようだった。
最初の時だけ絵本の読み方や基本的な字を教えてくれて、ボクたち年長組が何とか絵本を読めるようになると、後は青空教室だ、といって年長組が小さい子供達に教えるように言った。
判らない時だけ、自分に聞くように、と。
字を覚えた子が、覚えていない子を教えるようにすればいいのか。
確かに、この方法ならどんどん字が読める子を増やしていける。
しかも、やってみて初めて知ったのだけれど、人に教えることで、自分もよりいっそう理解できる。
凄い方法だ。
青空教室に参加する子供は、日増しに増えていった。
年長の悪ガキに目をつけられて、何度が絵本を盗まれかけたけど、ボクたちは必死でそいつらを叩きのめした。
マコトさんに迷惑はかけられない。
この幸せな場を壊すことはできない。
でも、物事には必ず終わりがある。
ある日、マコトさんがもう来られなくなった、と言った。
ショックだった。
泣き出してしまう子もいた。
ボクは、必死で見捨てないで欲しいと訴えた。
マコトさんは、ちょっと考えてから頷いてくれた。
何の責任も、関係すらないのに。
3日後に、有名な冒険者のチームの拠点に尋ねてくるように言われて、ボクは初めてマコトさんがそのチームに所属する冒険者だということを知った。
そして、ボクが仲間達とそのチームを尋ねると、シルさんという人が驚くべき話をしてくれた。
マコトさんは、実はギルドの偉い人なのだと。
ギルドでは、今度新しい仕事を始めることになっていて、マコトさんはその仕事のために使える人を捜していたのだと。
そして、ボクたちはまだ子供だけど、子供でも出来る仕事があるから、良ければ働いてみないかと。
もちろん、給金は出ると。
その結果、ボクはここにいる。
ボクの仲間たちも一緒にいる。
もしこの仕事がうまくいけば、もっとたくさん雇って貰えるかもしれないと言われている。
もう読み書きも出来るし、シルさんの好意で、みんなでアレスト興業舎の裏庭に集まって青空教室も続けている。
字が読めないと、この仕事には雇って貰えないと言われているので、小さい子供達もみんな必死だ。
そして、仲間はどんどん増え続けている。
マコトさんには、どんなに感謝しても感謝しきれない。
このご恩はどんなことがあっても返します、というと、マコトさんは「そんなことは考えなくてもいい」と言ってくれた。
確かに、マコトさんほどの人に対して、ボクたちが何を返せるのか疑問に思うことはある。
でも、いつかは何かで返したい。
それはそうとして、気になるのはマコトさんが誤解している点だ。
ボクを見る度に頭を撫でてくれて、「あいかわらずイケメンだな。あまり女の子を泣かすなよ」とからかってくるんだけど。
髪を短くしているからだろうか。
ボク、女の子なんだけどなあ。




