11.商人?
ララエ公国からエラ王国への旅は順調に進み、1週間ほどで国境を越えた。
進んでいくうちにあっちこっちの被災地で救助や復興を手伝っていた帝国軍部隊が合流してきて、国境を越える前に全員が揃ったそうだ。
俺の護衛部隊と併せて結構な人数になった。
野生動物部隊もいる。
もはや精鋭の混成師団だよ。
だってオウルさんの護衛部隊はもともと軍隊なのだ。
俺の護衛の人たちも半分くらいは荒事向きだし。
こんな物騒な集団に領地を通過されるエラの領地貴族の人って大変だなあとか呑気に思っていたけど、その通りだったらしい。
事前に連絡が通っているとはいえ、国境や領境の関所は大抵フリーパスで通過しているようだった。
だって警備隊とかいないのだ。
どっかに隠れているんだろう。
開けっ放しの関所をゾロゾロと通る。
人数が多すぎて街に入っても宿泊場所が足りないので、俺やオウルさんたちと近接護衛以外は街の近くの空き地で露営する。
もちろんヤジマ食堂の調理部隊が同行しているので飯は豪華だ。
毎晩バーベキューというか宴会らしい。
だから文句なんか出るはずがない。
食い過ぎて太ったり動きが鈍くなったりするのを警戒してか、帝国軍部隊は暇さえあれば騎馬戦をやっていた。
ヤジマ財団の部隊もそれに同調するので、外から見たらとてつもない規模の戦力が街のすぐ側で軍事演習をやっているようにしか見えないだろう。
そのためかどうか知らないけど領地貴族の人たちは怯えて引っ込んでいるらしく、代わりに街の実力者が挨拶に来る。
代官とかじゃなくて商人だ。
いや商売のチャンスだから。
ヤジマ財団の派遣隊は一般的に言って必要物資を通る街で調達する上、割合に高く買う傾向があるので商人には大歓迎されるそうだ。
もともとヤジマ商会はエラでも有名だからね。
狼騎士隊を初めとする野生動物部隊も同行しているので怖い物知らずの街の子供たちが押し寄せて来るし。
連中がまた気前よくちょっと芸をしたりするもので毎晩がサーカス興業。
街を通過するときは住民から笑顔で手を振られたりして。
というわけで無敵の進軍が続いているんだけど。
「初めてエラに来た事もこうだったっけ」
思わず呟くとハマオルさんが同意してくれた。
「庶民はいつでもどこでも娯楽に飢えておりますからな。
身分など関係なく、新しいものは歓迎されます」
そういえばハマオルさんって元冒険者で巡業劇団の護衛として帝国を回っていたんだった。
ご本人も結構達者な俳優で、しばしば主役を食ってしまったと聞いている。
「若気の至りでございます」
ハマオルさんが俯いて言った。
悪の剣士とか悪徳商人の用心棒役で出るにはちょっとカッコ良すぎるものね。
今はもう近衛騎士だけど、言葉や動作の節々に芝居がかったものが混じるからまだ俳優魂は死んでいないとみた。
「忘れたい過去でございますれば」
そう言いながらハマオルさんはそそくさと去ってしまった。
からかいすぎたか。
「ハマオル殿は色々と経験がおありになって素晴らしいと思います」
ラウネ嬢が羨ましそうに言った。
「そう?」
「はい。
帝国騎士はその任務の都合上、どれだけ様々な引き出しを持っているかが勝負の分かれ目になります。
ハマオル殿からは単なる警護の専門家というだけではない発想や動きを感じます」
冒険者としての経験がハマオルさんを更に有能にしていると。
なるほどなあ。
確かにサラリーマンも一つの職種しか経験していない人は融通が利かなくなるからね。
ずっと技術畑だけで昇進して管理職になったりすると、営業が獲ってきた仕事に文句をつけるようになるらしい。
技術者は「いいものを造る」という事が至上命題になっていて、それで儲けるとか採算をとるといった事は後回しにしがちだから。
俺も本来はIT技術者として採用されたんだけど、配属された部署は現場というよりはお客様対応だったんだよね。
自分で一からシステムを開発するようなことはしない。
パッケージシステムのカスタマイズがせいぜいで、しかも本格的な奴は別動部隊に任せることになっていた。
俺の仕事は実際にお客様の所に行ってシステムをインストールして初期設定を行い、仕様を説明することだったんだよ。
あとクレーム対応も回ってきたな。
それも自分で直せればいいんだけど、大抵は手に負えなくて別部署に回していた。
つまり、俺はIT技術者であると同時にクレーム処理係であり営業補助でありお客様対応係でもあったわけで。
自分でも色々やり過ぎていると思ったけど、課長がやれと言うんだから仕方がない。
でもそれを1年やったら自分の技能に幅が出て来たことが自分でもよく判ったからね。
こっちに来て何とかやれているのはその時に培った適応力のせいではないかと自負しているくらいで。
これがガチガチのシステム開発しかやってなかったら、多分即詰んでいたかもな。
「さようでございますか」
すっかり忘れられていたラウネ嬢が言った。
「ヤジマ皇子殿下の秘密はそれでございますか。
あらゆる事に精通しておられるとの評判で」
「いや、誰が言っているのそれ?」
「もっぱらの噂でございます」
また誰かがどっかで荒唐無稽なヤジママコト伝説を広めているらしい。
しょうがないな。
ほっとくしかない。
そんなある日、俺とオウルさん、フレスカさん、ユマさんが野外に設営された席で昼食を摂りながら今後の方針について相談していると声がかかった。
「失礼致します」
見ると、片膝を突いた帝国軍人さんがいた。
「何か?」
こういう時の対応としてラウネ嬢が出る。
「旅の商人がお目通りを願っております」
帝国軍人さんも困惑しているようだった。
それはそうだ。
精鋭師団とも言うべき集団が移動している最中なんだよ。
軍事行動に割り込める商人というのは稀だ。
増して俺たちは国家統治者級の高位身分者の集団だ。
普通なら護衛隊が門前払いだろう。
そもそも商人どころか大抵の貴族でも声をかけるのを躊躇するぞ。
「どのような理由で?」
ラウネ嬢が鋭く問いただす。
帝国騎士としての任務だからな。
変な者を近づけさせないことも重要な仕事の一つだ。
ていうか帝国軍人さんが俺たちに注進してくる事自体、何か訳ありだよね。
「紹介状を持参しておりました。
これを」
帝国軍人さんが差し出したのは厳重に封入された書類だった。
開けられていない。
その理由はすぐに判った。
帝国の皇族紋章だ。
なるほど。
それは軍人さんが注進してくるはずだ。
自分たちの手に負えるもんじゃない。
ラウネ嬢が受け取ってそれを俺たちに示した。
「確認を」
フレスカさんの指示で封印を剥がす。
これだけで下手すると何かの罪になったりして。
ラウネ嬢の身分では微妙なところだけど、帝国皇女で帝国皇太子の副官であるフレスカさんが命令したことで責任が移ったんだよね。
身分的に言って問題ない。
ラウネ嬢はぶ厚い書類を開いて一読してから恭しく俺に差し出してきた。
俺?
あまり難しい文章は読めないんですが。
受け取って開くと思ったより簡単な文章だった。
当然だけど帝国語だ。
ユマさんやラウネ嬢を家庭教師にして結構勉強してきたから何とか判る。
それより最後の署名が問題だった。
何とまあ。
こんな所で出会うとは。
「主上?」
オウルさんがすっと出てきた。
俺の露払いのつもりか。
「あ、大丈夫です。
身内……のようなものですから」
言いながらオウルさんに手渡す。
説明するより手っ取り早いからな。
オウルさんは一読して? な表情になった。
「カル殿でございますか。
このような所で?」
無意識にだろうけど書類をフレスカさんに回す。
まあ別に秘密でも何でもないけどね。
「カル様ですか。
ふむ。
判りました。
よろしいでしょうか?」
明らかに俺に向けた言葉だったので、俺はフレスカさんに頷いた。
フレスカさんが帝国軍の軍人さんに言う。
「お通しせよ」
「は」
軍人さんは片膝をついたまま器用に頭を下げると立ち上がって去った。
ずっとあの姿勢だったのか。
悪いことをした。
誰だか知らないけど、ここに来るわけか。
しょうがない。
「皆さん、残念ですが昼食はここまでで……」
「お待ち下さい」
言いかけるとユマさんが珍しく遮ってきた。
「何ですか」
「その方々をこの席にご招待されてはいかがかと」
いや無茶でしょう。
だってここにいるのは皇太子とか皇女とか大公とかだよ?
身分的に同席出来る人ってほとんどいないのでは。
ユマさんは俺の代行ということでいるけど。
ハマオルさんやラウネ嬢ですらちょっと離れた場所で食っているというのに。
「それでも」
うふふ、という雰囲気で言ってくるユマさん。
やはり何か知っているらしい。
この人の手の平はとてつもなく広いからな。
どんなに飛んでも逃れられない。
地平に果てに立っている柱はユマさんの指だ(泣)。
「判りました」
「では」
オウルさんたちにも異存はないようだった。
ユマさんの指示で追加の食事が用意される。
二人分だった。
やっぱこれ、ユマさんの仕込みなの?
しばらく待っていると帝国軍人さんに先導された男女が近づいてくるのが見えた。
服装はごく普通の平民の商人だ。
男は二十代半ばくらいか。
女性はもっと若く見える。
いや、見覚えがある……なんてもんじゃない!
何であの人がここに?
慌てているうちにその男女は俺たちの前で片膝を突いた。
帝国軍人さんはそそくさと去った。
カカワリアイになりたくないらしい。
それはそうだよね。
「アリマド王女殿下ですよね?」
女性が顔を上げて言った。
「お久しぶりでございます。
ヤジマ大公殿下」
ローニタニア王国の王女殿下が旅の商人かよ!




