9.非公式儀礼?
陰謀だ!
俺の知らない所で最初から諸国歴訪が日程に組み込まれていたらしい。
まさかまた北方巡業とかするつもりじゃないよね?
「今回はエラ王国を回ってソラージュに帰還する予定でございます。
魔王顕現の被害がエラの領地にも広がっておりますから不自然ではございません」
不自然だよ!
まあ、オウルさんが行くのは判る。
そもそもそれが目的の旅だし。
帝国皇太子の親善訪問がソラージュ、ララエと続いたら次はエラなのは当たり前だ。
ていうか飛ばしたり無視したりしたら国際関係がヤバくなる。
だからオウルさんはいいんだけど、俺は何の理由でエラなんかに?
「秘密です」
ユマさんが久しぶりにうふふ、と笑った。
楽しそうだな。
略術の戦将の本領発揮というところか。
しょうがない。
どうせ俺は操り人形ですよ(泣)。
「そういえば俺、エラでの身分は持ってないよね?」
聞いてみた。
「ございませんが、御身はソラージュの大公ですよ?
しかもヤジマ商会を通じてエラ本国に多額の投資を行っております。
他国を親善訪問するのに遠慮する必要はございません」
さいですか。
いや、やっぱヤバい気がするんですが。
大公が勝手に他国を訪問するとか、国としてどうなの?
「もちろん事前にソラージュ国王陛下から勅許を頂いております」
ユマさんが澄ました顔で爆弾を投げつけてきた。
「表向きはオウル様をエラ国王陛下にご紹介する、ということになっております。
その仲立ちとして我が主が自ら赴くと。
何しろ我が主はソラージュ大公であると同時に帝国皇子でもありますから」
何にでも理由をつけられるもんだね。
まあ、確かに俺がエラを訪問してはならない理由はない。
ヤジマ商会の投資で出来た興業舎の視察とかいう名目もある。
何より帝国皇太子殿下に懇願されたから、とか言えば誰も文句は言えないだろう。
でもやっぱ、全部誤魔化しだよね。
もういいや。
好きにして下さい。
やさぐれた俺に構わず、俺以外の人たちは活発に動いているようだった。
例えばソラージュ本国から陸路でララエに来たヤジマ商会だかヤジマ財団だかの遠征部隊がサレステに到着してヤジマ男爵領に集合したり。
俺がその人たちを歓迎したり。
いやちょっと挨拶しただけなんだが。
遠征隊全員をヤジマ食堂のクイホーダイに招待したらしばらくヤジママコトコールが止まらなかったり。
一緒に来た帝国軍部隊もそれは同じで、数日間かけて長旅の疲れを癒やした後、オウルさんの命令でララエ公国の魔王顕現場所に散っていったりしていた。
復興を手伝うのだそうだ。
さすがオウルさん。
これでララエにおける帝国の評判はトップ高だ。
「何。
主上に習ったまでのことでございます」
さいですか。
確かに俺って行く先々で勝手にそのたぐいの余計なお世話をしてたりして。
ていうか俺の配下ということになっている人たちが俺の知らないうちにやるんだけど。
そういうものなのかなあ。
まあ、それでオウルさんと帝国の評判が良くなるのならいいけど。
俺は何もしてないんだけどね。
オウルさんの社交が一段落した頃、ララエ公国政府のヒロエ統制官がヤジマ男爵領に来た。
「今回の魔王顕現の被害報告がまとまりました。
大公会議で承認されましたので、これが公式見解になります」
もっとも現時点でも被害が拡大しつつありますが、とヒロエさん。
そう、まだ時々微震というか揺れが感じられるんだよ。
ずっと揺れ続けているわけじゃないんだけど、時々不意に揺れる。
サレステで感じるくらいだから、震源地では相当な被害が出ているらしい。
二次災害も問題になっているそうだ。
確かに日本のあの大震災の時も、津波とかが来てからもしばらくは揺れ続けたからね。
一月や二月は覚悟するべきなのかもしれない。
内務省統制官はどうやら大公会議の非公式な使節らしく、概略説明した後にいきなり片膝を突いた。
「ソラージュ王国ヤジマ大公殿下にララエ公国を代表してお礼を申し上げます。
御身のあらゆる方面における援助によって、計り知れないほどの人命が救われました。
ただ単に命を救って貰ったということだけではなく、迅速な救助と手厚い援助によって心をも救って頂いたことに感謝致します」
さいですか。
でもそれはララエ公国がサレステ防災舎という専門組織を作って対処したからであって。
ヤジマ財団はその後押ししただけでしょう。
「そのサレステ防災舎自体がヤジマ財団の有形無形の援助を受けております。
それはサレステ防災舎の者すべてが重々承知しております」
ヒロエさんの後ろに控えていたレムルさんが頭を下げた。
何かやつれて色っぽくなっていたりして。
まだ死んでないことが判って良かった。
ヒロエさんは深く頭を下げてから次にオウルさんの方を向いて礼をとった。
「ホルム帝国オウル皇太子殿下にララエ公国を代表してお礼を申し上げます。
貴下の帝国軍部隊は現時点でもそれぞれの魔王顕現地において、献身的な救助復興作業を行って頂いております。
本来の任務たる貴殿の護衛任務を置いての活動には感謝の言葉もございません」
うん、それはそうだよね。
帝国軍部隊はオウルさんの護衛だから、本来はオウルさんのそばを離れちゃ駄目なはずなんだよ。
もっともそんなことを言い出したらあの部隊、最初からオウルさんと別行動だったからなあ。
でも公式見解としてはそうなんだろう。
帝国による無私無償の援助だ。
さすがオウルさん。
これでララエへの親善はバッチリだ。
「私は主上に従っただけのこと。
我が配下の者も同じである。
気にせずとも良い」
オウルさんも公式見解を述べた。
ヒロエさんはもう一度頭を下げてから立ち上がった。
後ろに控えている書記らしい人に聞く。
「これでいいか?」
「結構でございます」
やっぱし。
非公式な公式使節だったか。
つまり、本来ならこれって大公宮殿とかでやるべき儀式なんだよ。
国家間の儀礼の応酬だから何日もかけてやることになる。
でもそんなことしてる暇も余裕もないから無理矢理ヤジマ男爵領でやったわけだ。
俺が最初に近衛騎士に叙任された時と同じで、略式だけど正式な儀礼なんだよね。
何せ、俺は何もない荒野の真ん中で近衛騎士にされたからな。
まあいいけど。
ララエ公国の役人の人たちが礼をとってから去ると、内務省統制官はため息をついた。
「本来なら私などよりもっと高官が来るべきなのですが」
「いや、あまり偉い人に来られたらこっちも色々と用意しないといけないですから」
ユマさんに聞かされたところによれば、最初は大公の誰かが来るつもりだったらしい。
ていうか誰が来るかで争いになってしまって、結局全員で来るという結論になりかけた時に公国政府の重鎮の人たちが慌てて止めたそうだ。
大公連中、遊びに来るつもりだったな。
でも大公が公式に来るとなると数日前から色々準備がいるし、こっちも儀礼的に用意する必要が出てくる。
だからヒロエさんが来たと。
でも代役を務められるってことは、ヒロエさんって相当偉いのでは。
「貧乏くじを引かされただけです。
どちらにしても魔王対策の責任者を押しつけられております故、何があってもこれ以上堕ちないので」
ヒロエさんが暗く呟くと、後ろにいるレムルさんの身体が揺らいだ。
つまりララエ公国政府はヒロエさんに投げ、ヒロエさんはレムルさんに投げるわけね。
ご愁傷様。
俺は知らないのでよろしく。
何となく暗い雰囲気が漂う中で、ユマさんが明るく言った。
「これで一応、ララエ当局との折衝は済んだことになります。
現在、エラ当局の返答待ちですのでしばしお待ち下さい」
さいですか。
もう話がついているわけですね。
いいですよ。
こうなったらどこへでも行こうじゃありませんか。
で、何しに行くんだっけ?




