7.隠行?
魔王の顕現とは露骨に地震つまり自然災害だった。
なのになぜ魔王かというと、辺りに魔王の意志が残っているからだそうだ。
「悪意というわけではないのですが、大いなる意志の残滓のようなものが漂っております。
主上はお感じになりませんか?」
オウルさんに言われたけど、感じませんね。
しかし魔素翻訳にそんな効果があるとは。
魔素は人や野生動物が発する言葉や声に載る意志を情報として運ぶ機能がある。
と同時にとりついた生物体の脳か何かを改変してその情報を受けやすくするらしい。
ひょっとしたらその「情報」って、必ずしも生物が発するものだけではないのかもしれない。
変な話だけど、俺たち地球の人間も例えば写真を見て幽霊が写っているとか思ったりするわけだ。
無機物や単なる風景からでもそういう情報が伝わってくるとしたら、確かに地震とか台風とかの大規模な変動があればそれが通り過ぎた後にも残滓が残っている可能性がある。
増して地震は一度揺れたらそれでおしまいというわけじゃないからね。
普通は何度も襲ってくるものだし、だとしたら震源地や近くの土地にはその余韻だか前兆だかが充満していても不思議じゃない。
大地を揺らすほどの「力」に意志がないと思う方が不自然かも。
地球の感情?
「それ、どんな風に感じるんですか?」
聞いてみると回答はまちまちだった。
「怒りが地を這っているとでもいいましょうか。
大勢が不穏な事を考えているような気配でございます」
オウルさんは直接的だ。
軍人だからかもしれない。
「そうですね。
私には空虚な感情に思えます。
何かをしようとして当てが外れたような」
フレスカさんは哲学的だな。
「凄まじい物が到来して去った後、でしょうか。
唖然とした空気といいますか……申し訳ありません。
言葉に出来ません」
ユマさんにも判らないというよりは、むしろユマさんだから言語化出来ないくらい深く感じ取ったんだろう。
つまりあれだ。
大地震の後の廃墟に感じる無常観みたいなものか。
でもオウルさんみたいに余震を予想させる感情もあるみたいで。
自然現象にも感情があるんだなあ。
まあ、それはそうかもしれない。
多分だけど、大地や大気に感情があるんじゃなくて、人間や野生動物がそれを感じ取って感情や意志であると解釈しているんだろう。
雷を神の怒りの矢だと思うのと同じレベルで。
実を言えばもっと安直に解釈出来るな。
第六感という奴だ。
こっちの世界では、あれが具体化したというよりはむしろ普通の人間が普遍的に持っていると考えればいい。
何となく予感がするとか、胸騒ぎとかと同じレベルなのかもしれない。
オウルさんが不思議そうに聞いてきた。
「主上の故郷にもそういったものがあるのですか。
私どもにはそもそも魔素翻訳がない状態が想像できませんのでよく判らないのですか」
「あるといってもせいぜい『気のせい』レベルですけれどね。
まあいいです。
こっちでは現実的に魔王の意志を感じ取れることが判れば何とかなります」
原理とか理由はどうでもいいのだ。
使えるものは使う。
「その通りでございます」
ユマさん、頼もしいぞ。
それから俺たちはその地で一泊した後、翌朝には出発した。
ヤジマ航空警備からの情報が集まってきていて、被害の全貌が見え始めていたんだよね。
新型馬車で走りながらユマさんが解説してくれたところによれば、今回の魔王は被害度は比較的低いがかなり広範囲に広がっているとのことだった。
ララエ公国に留まらずエラ王国や北方諸国でも被害が出ているらしい。
そっちについては目下ヤジマ商会系列の企業に頼んで被害状況を調査して貰っているとか。
「今回は調査のみでございますね。
とてもではありませんが手が回りません。
正直、ララエ公国内だけでも想定外の地域に被害が出ていて対応に苦慮している状態です」
ユマさんがため息をついた。
いや、むしろ想定して準備出来ていたのは凄いですよ。
それに調査の方はこれまでとは桁違いの速度で情報が集まっているみたいだし。
「この情報はララエ公国政府も知っているんですか?」
「はい。
サレステ防災舎が中継役としてまとめています。
後はヒロエ統制官が情報を公国政府に上げているので」
実を言えばヤジマ財団の部隊とサレステ防災舎は別々の組織というよりは現場レベルでは混ざり合ってしまっているらしい。
というよりはかなりの数の舎員たちが両方の身分を持っているとか。
いいのかなあ。
よその国の企業を乗っ取ったみたいになっているけど。
「そもそもサレステ興業舎は未だにヤジマ商会が過半数の株を所持していますので。
サレステ防災舎はその子会舎ということで、オフィスのフロアを共有しております」
さいですか。
地球というか日本ではよくあるんだけどね。
会社って実を言えば建物とか社員とかの実体ではないんだよ。
会社法人という、言わば書類上の存在なのだ。
俺も北聖システムに居た頃に知って驚いたんだけど、会社の登記だけあって社員もいないし事務所もない事なんか普通にある。
社長はいるけどどっかと兼任だ。
つまり書類上にだけ存在している会社もあるということで。
ペーパーカンパニーという奴だね。
どういうことかというと、例えばある人が新しい会社を作るとする。
まだオフィスも決まってないし社員もいないんだけど、そういうモノは会社が出来てから集めればいいわけだ。
逆に言えば会社がなければ社員なんか集めようがないよね。
だからその人はまず、登記申請書という書類を作って他の必要書類と共に法務局に申請する。
それが受理されれば会社が出来上がる。
最初はどこかを所在地として記する必要があるので、例えば自分がやっている別の会社と同じ場所にしたりする。
俺が聞いたところによれば場所なんかどうでもいいらしい。
架空の住所は駄目だけど実在する場所なら建物がなくたっていいわけだ。
自分ちの畑とか(笑)。
もっといいのは自分がやっている別の会社と同じにすることで、自分の会社の社員を新しい会社に移籍したりすればすぐに会社が立ち上がったりする。
するとあら不思議。
まったく違う会社の社員が同じフロアで机を並べていたりして。
それと同じ事が起こっているんだろうな。
「さすがは我が主。
その通りでございます」
ユマさんが微笑んで言った。
この略術の戦将の場合、むしろ乗っ取りとかそっちに近いような気がするけど。
でも法的には完璧に言い訳できるようになっていると見た。
「……申し訳ございません。
私にはあまりよく」
「これがマコトさんの力なのですね。
あらゆる事象に通じ、広大無辺な知識を持ち」
オウルさんとフレスカさんは混乱していた。
軍人にはまったく関係がない世界の話だからな。
それからフレスカさん、俺はお釈迦様じゃないので。
今のはたまたま俺が北聖システム時代に経験していたからですよ。
まあいい。
「これからどうするんですか?」
ユマさんに聞いてみた。
「とりあえず2、3箇所を回ってからサレステに帰還したいと思います。
我が主より新しい計画の開始を指示されましたので」
俺、そんなことしましたっけ?
「そうですな。
私もサレステに戻ったら早速動きたいと」
オウルさんもやる気だ。
えーと。
あれのこと?
「国連」を作っちゃおうという(汗)。
「はい。
これまでろくに主上のお役に立てなかった私でございますが、これこそが私の存在価値と存じます。
お任せ下さい」
オウルさん、本気になっちゃってる!
どうしよう。
まあいいか。
いつものことだ。
俺は知らん。
「我が主はそれでよろしいのです。
後は隷共にお任せ下さい」
ユマさんが自信満々に言い放った。
「共」って言ったよ!
もう駄目だな。
事態は既に俺の手を離れてしまった。
これもまた、いつもの事だけど。
いいんですよ。
俺は旗印もしくは案山子で。
金蔓とも言うけど(泣)。
ユマさんとオウルさんたちが「国連」の設立か何かの件で議論を始めたので、俺は後ろの方に引っ込んだ。
ラウネ嬢がお茶を煎れてくれた。
さすがは帝国騎士。
ありがとうございます。
それにしてもラウネ嬢、いたんだ。
いやもちろんいるに決まっているんだけど、あまりにも存在感が薄くて今まで認識出来なかった。
「それもまた帝国騎士に必要な技能でございますれば」
ラウネ嬢が淡々と言った。
「我々の任務は表に立つことではございません。
主を可能な限りの手段で守ることでございます。
そのためなら隠行を行うこともまた当然かと」
ラウネ嬢って忍者?




