2.新型?
ララエ公国側、というよりはサレステ防災舎も動いていることは動いているらしかった。
レムルさんの説明によれば、予め用意してあった災害復興用の装備や資材を積んだ荷馬車隊を既に送り出したという。
ただ荷重がかかっているので速度は遅く、現地到着までは日数がかかりそうだとか。
うん、それはいいのだ。
サレステ防災舎が用意した装備って災害被害者救助用というよりは災害復旧用のものだからね。
後は食料や医薬品など、とりあえず要救助者がいなくなってから役に立つものばかりだ。
つまりララエ公国側は災害被害者の救助および初動対策をヤジマ商会に丸投げしてきたことになる。
「打ち合わせ通りでございます」
ユマさんの説明によれば、サレステ防災舎側ではどうやっても初動対処が出来ないことが判っていたそうだ。
装備もないし機動力も不足している。
例えば現地に迅速に駆けつけるためにはこっちの世界の常識を越えた機動力が必須だ。
道無き道を踏み越えて現地に素早く到達できる能力って、今のところ狼騎士隊くらいしか持ってないからね。
だからとりあえず災害復興用の対処に専念することにしたのだとか。
「無駄にはなりません。
それはそれで必要な用意でございます」
というわけで現地調査や要救助者の対処はヤジマ商会、というよりはヤジマ財団に任されてしまったということだった。
でもヤジマ財団だって万全の準備が出来ているわけはないからね。
付け焼き刃で何とかするしかない。
打ち合わせが終わってララエ公国側が去ると、ユマさんは肩を竦めた。
「ララエには悪いのですが、ヤジマ財団では今回の事案を実用テストと捉えております。
現有戦力でどれだけ出来るか、何が不足しているのかを確認することが第一の目的です」
それでもやらないよりはずっといい。
俺はユマさんを全面的に支持することを表明した。
頬を染めるユマさんと羨ましそうなオウルさんの姿が対称的だった。
しょうがない。
「帝国軍部隊には期待しています。
ヤジマ財団はまだ組織的な戦力が不足しているので」
フォローのつもりで言ったら熱意を込めて頷かれた。
「お任せ下さい!
帝国陸軍は人海戦術では世界一を自負しております。
必ずやご期待に添えるかと!」
「よろしくお願いします」
疲れる。
その日はそれで解散となった。
俺やオウルさんたちは今のうちに寝ておくように言われた。
ユマさんと職員の人たちも休むらしい。
日が暮れたらヤジマ航空警備の精鋭たちも飛べないからな。
明日は夜明けから情報収集と検討を行って、昼過ぎには出発するそうだ。
とても初めてとは思えない手際の良さだけど略術の戦将とヤジマ財団の職員なら可能か。
何でも別ルートでヤジマ財団の精鋭が既にララエに来ていて動いているとか。
こういうのを電撃作戦と言うんだっけ?
マジで世界征服なんか簡単そうだな。
まあいい。
俺には関係ない話だ。
俺たちはそれぞれ部屋に引き上げたんだけど特にやることもないので飯食ってそのまま寝てしまった。
いつもの通り夜明け前に起床。
朝練は無理のようだった。
何と言うか空気が臨戦態勢なんだよね。
シャワーを浴びてから部屋に戻るとハマオルさんが控えてくれていた。
「何か?」
「予定変更とのことでございます。
出来ればすぐに出発したいと」
さいですか。
何か状況が変わったのかもしれない。
「判りました。
すぐに行きます」
「お心のままに」
居間にとって返してテーブルの上に用意されていた作業着に着替える。
そうだろうとは思っていた。
何か公式なご挨拶とかやっている暇は無さそうだしな。
そのまま部屋を出るとハマオルさんとラウネ嬢が待機してくれていた。
いつもながら、この人たちって寝ているのかね?
「こちらへ」
護衛に囲まれて進むとエントランスには既にオウルさんたちが待っていた。
「お早うございます。
主上」
「お早うございます」
フレスカさんはいるけど随行官僚の人たちは見えないな。
まあ、仕事の内容が違うからね。
そもそもあの人たちは魔王の顕現とは無関係だ。
すぐにユマさんが現れて言った。
「早朝から失礼します。
すぐに出発させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
これはオウルさんに言ったんだよね。
俺は全部ユマさんに任せてあるから。
「是非もない。
私は常に主上と共にある」
「私も同じです」
いや、オウルさんはしょうがないとしても、フレスカさんはオウルさんの副官なんだから。
俺の意見は無視された。
「それは重畳。
では参りましょう」
エントランス前に用意されていたのは新型の大型馬車だった。
俺の愛用の奴より二回りくらい大きい。
馬の人たちも倍くらいいた。
こんなのをいつの間に?
「次世代型の最新鋭馬車でございます。
ヤジマ馬車製造の総力を挙げて開発しました」
ユマさんは簡単に言うけど、これほどの馬車を作るのにどれくらいかかるんだろう。
素人の俺の目でも桁外れに凄いことが判る。
通常の馬車がザクで俺の使っていた大型馬車がドムだとしたら、これはまさしくゲルググなのではないか。
ガンダムとまではいかないけど(笑)。
あれは一品物だからな。
でも金に糸目を付けずに作ったことは見ただけで判る。
現時点における最高の技術と材料を惜しげも無く投入したんだろうね。
高価なことは間違いない。
皆さんが譲るので俺が真っ先に乗った。
続いてオウルさん、フレスカさん、ユマさん、ラウネ嬢の順で乗り込んできた。
ハマオルさんは例によって御者席のようだ。
馬車の中は広々としていて5人乗っても余裕があるどころかがら空きだ。
俺は乗ったことないけど地球のリムジンってこんな感じなのでは。
いや高さがあるからもっとか。
「出発します」
ハマオルさんの声と同時に馬車がすーっと動き出す。
滑らかすぎる!
まさに最新型。
「これは素晴らしい。
いつ開発を?」
好奇心満々のオウルさんが聞くと、ユマさんは澄まして応えた。
「ヤジマ財団が設計を依頼して試験的に発注しました。
とりあえず3台建造しましたが、これは初号機でございます」
さいですか。
ヤジマ財団つまり俺の財産が化けたわけね。
開発費は糸目を付けなかったんだろう。
破産しないことを祈るしかない(泣)。
「3台と言ったか?」
「はい。
零号機はソラージュ王室に献上させて頂きました。
国王陛下が殊の外喜ばれたとか」
あいかわらずやり方がえげつないな。
「弐号機はソラージュ軍に」
何と。
トップセールス?
「なるほど。
するとこれは帝国政府へのアピールと?」
「左様でございます」
「ほう」
悪代官と悪徳御用商人のように頷き合うオウルさんとユマさん。
「あい判った。
帝国に主上をお迎えする場合もあるだろう。
主上がお使いになる物は常に最上である必要がある。
帝国政府も購入しよう」
「ありがとうございます」
商談をまとめちゃったよ!
何かもう、ついていけませんわ。
でも売れそうだからヤジマ財団は破産せずに済むかも。
忘れよう。
窓から外を見ると、ようやく明るくなりかけたサレステ郊外の風景が流れていく。
かなり速度が出ているな。
馬車の性能もあるけど道がいいからか。
「ララエは商業国家ですので街道整備はしっかりしております」
そうだよね。
道がいいということは、資材や物資、および人の移動がスムーズに出来るわけだ。
そういう意味ではララエって潜在的にではあるけど魔王顕現の対策が出来ていると言える。
これがソラージュやエラ、あるいは北方諸国だったら悲惨なことになりかねない。
帝国は軍の街道整備のせいで道だけはやたらに広くて状態がいいからね。
前途は明るい。
「都市部および街道添いはその通りでございますが」
オウルさんがしかめっ面になっていた。
「辺境や街道から外れた村などは酷いものでございます。
自給自足で何とかやっているような村落にはまともな道が通じておらず」
オウルさんは現役時代に帝国軍の士官として帝国中を回ったらしい。
領都だけじゃなくて地方都市や辺境の村なんかにも行ったんだろうね。
確かにそういう場所で何か起こった場合、対応が困難だ。
そもそもこれまでは何かが起きてもその情報自体が領主や中央政府に伝わらなかったりして。
「いずれはヤジマ航空警備の組織を拡大して情報収集ネットワークを整備する予定でございます。
ただ……オウル様のおっしゃる通り、何が起きたか判ってもその場所に迅速に到達出来なければ無意味です」
「なるほど。
今回はそのためのテストというわけか」
「はい」
さすがオウルさん。
すぐに見破ってしまった。
凄い人が多すぎるよね。
ていうかむしろ、そういう最高級の人たちばっかが俺の近くに集まってしまっているんだけど。
どうしてこうなった?
「それはもちろん、主上が初代帝国皇帝陛下の再来様であられるが故」
もういいです(泣)。




