21.要員確保?
「もちろん、まだ正式に予算が下りていない以上、表だって人を集めたり、ましてや雇用したりしたことを発表できないということは判っています」
ラナエ嬢が、半目で言いつのる。
そうなのか。
いや、俺はその予算のことも聞いてないんですが。
「ですが、プロジェクトは追加予算が下り次第、稼働状態にもっていけるように準備しておくことが理想です。
マコトさんがその件で色々動いているのは知っていましたが、事務方、というよりはわたくしにも秘密にする必要があったのでしょうか」
俺に聞かれても。
大体、俺は動いてなんかいないよ。人集めなんか、直接的な俺の仕事じゃないです。
秘密にするも何も、俺は何も隠してなんかいませんよ。
その件については、シルさんが詳しいんじゃないでしょうか。
そんなことをボソボソ言うと、ラナエ嬢はため息をついて言った。
「あくまで誤魔化しますか。判りました。ではここにシル・コットを呼びますので、現状を報告させていただきます」
俺が何も言えないでいる内に、ラナエ嬢は会議室を出て行ってしまった。
冤罪をかけられた気分だが、どうしようもない。
だって、本当に身に覚えがないんだから。
逃げていいかな?
だが、会議室の出口はひとつしかないし、その出口は事務室に続いている。
困ったなあ。
ていうか、何で俺がそんなことを唐突に聞かれなければならないんだろう。
人を集めることなんか、俺に出来るはずがないじゃないか。
俺の役目でもないはずだ。
ハスィー様からも、何も聞いてないし。
ラナエ嬢は、すぐに戻ってきた。
シルさんとキディちゃんが従っている。
二人とも神妙だということは、既にラナエ嬢の権威に屈服したな。
恐るべし、ラナエ部長。
「おう、マコト……さん。お久しぶりです」
シルさん、止めてください。
こんな身内ばかりの場所で敬語は、と思ったら、その人たち誰?
シルさんの後から、ゾロゾロと人が入ってきた。
まずホトウさん。
ソラルちゃんとジェイルくんは判るけど、その他の人たちは朧気にしか覚えていない顔だ。
身体がでかすぎて会議室には入れないが、フクロオオカミのミクスさんが顔だけ突っ込んできている。
そして、最後に入ってきたのは意外な人物だった。
シイル。
青空教室の主宰で、街の子供達のリーダーである君が、どうしてここに?
あ、そういえば『栄冠の空』に来るように、と伝言しておいたっけ。
その後すっかり忘れていたけど、悪い事したなあ。どうなったんだろうか。
もしかして、文句を言いに来た?
「ラナエ部長、業務部リーダー揃いました」
なぜかジェイルくんが言って、ラナエ嬢が頷いた。
どうしたジェイルくん。君も軍門に下ったのか。
それではラナエ嬢の秘書ではないか。
ラナエ嬢は怒ったように言った。
「ここまで顧問に勝手に動かれてしまうと、事務方は本当に困ります。
でも、マコトさんの驚くべき手腕をわたくしたちに印象付けるには、これ以上の手はなかったかもしれませんね」
何を言っているんですかラナエ嬢?
皮肉でしょうか。
「そんな顔をしても、騙されませんよ。
はい、判りました。降参です。わたくしは、マコトさんを見くびっていました。
報告いたします。プロジェクト『あの丘の向こう』の各班は、準備が完了しています。
予算が下り次第、活動を開始できます。
ハスィー『様』に、いつでもご報告していただいて結構です」
ラナエ嬢、何を言っているのか、本当に判らないんですが。
だが、ラナエ嬢およびその配下の面々は俺のことなんかお構いなしだった。
まず、シルさんが一歩進み出て言った。
「業務部門の統括責任者のシルです。報告させていただきます。
サーカス班は私が責任者兼務で、サポートに『栄冠の空』のキディがつきます」
キディちゃんが進み出た。
美女と美少女か。
いつの間にそんなことに。
キディちゃんが俺に向かって小さく手を振って、ラナエ嬢に睨まれてすまし顔に戻る。
「サーカス班は、フクロオオカミ2名をメインとして、今後は随時増員します。将来的には、他の協定相手をスカウトしていく予定です。
その他に、補助要員として17名を仮配属しました。すでに着任して、フクロオオカミと共同で訓練に入っています。
要員については、必要があればさらに随時追加していきます」
へー。
凄いなシルさん。
17人も集めたのか。
『栄冠の空』のコネかな?
ていうか、そんなに雇って給料は大丈夫なのか?
予算が出るかどうかビビッていると、警備隊の制服を着た男が進み出た。
知らない人だな。
男は覚えられないから、今まで紹介されていないとは断言できないんだけど。
「護衛班です。タスクリーダーは私、警備隊から出向しているフォム・リヒトです。
こちらはスラウ、サブリーダーを担当します。
フクロオオカミ2名に加えて、『栄冠の空』のパーティ『ハヤブサ』が参加しています。
ちなみに、『ハヤブサ』はスカウト係も兼任する予定です」
フォムさんは、見たところ20代半ば、俺と同年代のマッチョだった。ちょっとゴツイかんじの男らしいイケメンである。
それだけで、名前を忘れそうだ。
一方スラウさんと紹介された人は、同じく警備隊の制服をつけてはいるが、女性だった。
警備隊とは思えないくらい、ほんわかしたムードのお姉さんタイプだ。
やはり俺と同年代に見えるけど、こっちの女性の歳ってホントに判らないからなあ。
そういえば、アレナさんやマレさんって、いくつくらいなんだろう。
「郵便班だ」
進み出たのは、騎士団の制服を着た男だった。
さっきの警備隊の人に比べてずいぶん細いな。
その分、騎士団の派手でかっこいい制服がよく似合っていて、実に腹が立つ。
こいつは貴族だな。間違いない。
「我々郵便班は、騎士団出向者が統括する。リーダーを拝命したナムルキア・ロッドだ。
こちらは副官のセラム」
「セラム・サラニアです」
セラムさんは女性だった。
鋭いかんじでちょっとシルさんに似ている。
シルさんから荒々しさを抜いて、クール度を増したようなイメージだった。
茶色の短髪。
出向者は男女のバランスで選んでいるんだろうか。ていうか、騎士団にも女性っているんだな。
まあ冒険者にもシルさんを初めとして、『ハヤブサ』にもセスさんやマイキーさんがいるし、こっちの社会構成って本当に男女平等だ。
ハスィー様とかシルさんみたいに、組織内で女性が上の役職についても誰も文句を言わないし。
ラナエ嬢の部長就任にも不平不満が出ないってことは、おそらく女性の社会進出が当たり前になっていると見た。
それにしても郵便班?
そんなのあったっけ。
すると、ロッドとかいう男が興奮した面持ちで続けた。
「マコトさん。感謝している。いや、感激している。こんな方法があったとは、誰も気づかなかった。
迅速で確実な情報伝達手段。山だろうが荒れ地だろうが、ものともしない。フクロオオカミの伝令がいれば、魔王が襲ってきた時の対応がまるで違ってくる。
この事業は、世界を変えるぞ」
印象と違って、感激屋だったようだ。
しかし郵便班ね。
あ、そういえばフクロオオカミとの協定式の後で、馬車の中でハスィー様にしゃべりまくったドリトル先生の話が元ネタか?
ドリトル先生が南の島で、小鳥とかを使った郵便事業を始めるエピソードを話した気がする。
小鳥の変わりにフクロオオカミかよ。
パネェな。
よくそんなことを思いつくもんだ。
「しかも、伝令要員に子供を使うとは。確かに子供は身体が軽くてフクロオオカミの負担にならないし、騎士や警備隊員に比べて早期に養成できる。
補助要員として育て、いずれは見習い騎士として採用することも可能だ。
マコトさん、私は」
「そこまででいいです」
セラムさんが、ロッドとかいう男の長口舌を遮った。確かに、いつまでも続きそうだったしな。
「かわって報告します。郵便班は、騎士団出向者2名に加えてフクロオオカミ2名、専従要員5名で編成しました。
もちろん、随時増員予定です」
抑えてはいるが、鼓膜を打つ吼え声とともに、明確な意志が伝わる。
「フクロオオカミ統括のミクスです。各班の増員要請がありましたら、随時対応いたします」
フクロオオカミのミクス三番長老もこの会議に参加しているのか。
リーダーだからな。
で、それって俺に何か関係が?
すると、ラナエ嬢がまたため息をついて言った。
「マコトさん、本当に不思議なのですが、どうやってこれだけの要員を集めることができたのでしょうか。
ここまで需要にマッチした人間をきちんと用意できるなど、自分の目で見ても信じられません」
だから、俺は知りませんってば。
高い声が上がった。
「マコトさん、本当にありがとうございます!」
シイルか。
そういえば、君はどうしてここにいる?
「ボクはシイル、サポート班のリーダーです。
マコトさんに言われた通り、『栄冠の空』を尋ねたら、すぐにシルさんが」
「マコト……さんに誘われたと言って、こいつが来た時にすぐに判った……わかりましたよ」
シルさんが、つっかえながら言った。
苦しそうなので、出来れば止めた方がいいですよ、その敬語。
「大したものだ。絵本でこいつらを釣って、読み書きを訓練した上で、アレスト興業舎の舎員として採用とは。
『栄冠の空』から人を引き抜く必要もないし、得体の知れない連中を面接する手間も省ける。
雇用費用も安く上がるし、何より染まってなくて素直だから、訓練も容易だ。
マコト……さん、脱帽だ」
ちょっと待って!
俺、本当に知らないから!




