1.作戦会議?
ヤジマ男爵領がひっくり返るほどの大騒ぎに……はならなかった。
遊興施設は平常通りに営業しているし、やってくるお客さんもいつもの通りだ。
確かに日本でもそうだもんね。
多少揺れたところで日常生活が乱れるわけがない。
大震災の時は電車が止まったりしたけど、こっちの世界にはそういうインフラがないから見た目には何も変わってないようにしか見えないんだよ。
でも、サレステであれほど揺れたということは現地は酷かったのでは。
そう思っているとまた揺れた。
結構大きい。
群発地震という奴か。
これはますます凄いことになっていそうだけど。
「ご心配なく。
既に調査を開始しております」
ユマさんが現れて言った。
「調査って?」
「ヤジマ航空警備の精鋭が飛んでおります。
魔王の顕現地点とその規模は順次報告される予定です」
さいですか。
確かに情報収集は必要だ。
現地に素早く到達して空中から被害状況が確認出来ればそれに勝ることはない。
鳥が仲間だとそれが可能なのか。
ヤジマ航空警備って凄いな。
「今回はやっつけ仕事なので、実はどこまでやれるか不明ですが。
あまりにも時間が足らずに付け焼き刃の配置しか出来ませんでした」
ユマさんが残念そうに言った。
いや、付け焼き刃でも出来ただけすごいと思う。
まだ最初なんだし完璧じゃなくてもいいのでは。
「はい。
精進させて頂きます」
ユマさんの場合、本当にそれでどうにかなってしまうから凄い。
ユマさんが去るとオウルさんが話しかけてきた。
「とりあえず配下の者どもに非常呼集を命じました。
あの者どもも魔王対処の訓練を受けております。
出来れば使って頂きたく」
それは心強い。
「ありがとうございます。
現場が近場だったらお願いするかもしれません」
何とも言えないけどね。
でも人手は多いほどいい。
増して帝国軍って土木工事の専門家だからな。
それが集団で協力してくれるのならありがたい。
でも俺にはそれ以上何も出来ないからね。
一応、俺やオウルさんは本日の予定をキャンセルしてヤジマ男爵領で待機することになった。
俺たちだけじゃなくてララエ公国政府も動き出しているようだ。
まだ非常事態宣言は出てないけど、大公領レベルでは何かあるかも。
ユマさんはヤジマ男爵領にある屋敷のひとつを作戦本部にして立て籠もった。
中庭に小型のヘリポートのような設備が作られ、でかい鳥が舞い降りては舞い上がっていく。
情報伝達と休息・食事などの提供をやっているようだ。
「素晴らしいものですな」
オウルさんが感心していたけど、これってもう軍事行動そのものだよね。
無数の偵察機が常に飛んでいるようなものだ。
午後も遅くなって俺とオウルさんが呼ばれた。
作戦本部にはユマさんやヤジマ商会関係者の他、見覚えがある人がいた。
レムルさんは判るけど、その隣にいる人ってララエ公国の役人さんだったっけ。
「公国内務省統制官のヒロエ殿です」
ハマオルさんが教えてくれた。
そうでした。
確かレムルさんの兄上だった。
ララエ公国の諜報機関の人だよね。
そのヒロエさんは俺たちが部屋に入って行くと片膝を突いて礼をとった。
「突然押しかけて申し訳ございません。
ララエ公国政府を代表して参りました」
そんなに偉かったのかヒロエさん。
「お久しぶりでございます。
ヤジマ名誉大公殿下」
レムルさんも片膝を突く。
女性の礼じゃないのはスラックスだからだろうな。
レムルさんってサレステ興業舎の防災部門の舎長だったっけ?
「現在はサレステ防災舎を率いております。
この度はヤジマ商会にご協力を頂き、感謝に堪えません」
他人行儀だと思ったらそうか。
レムルさんはこの場においてはララエ公国側の人なんだよ。
サレステ防災舎ってヤジマ商会の資本は入ってないらしいからね。
ていうか俺もララエの名誉大公なんだけど。
まあいい。
そんなことを言い合っている場合じゃないでしょう。
「申し訳ありません。
時間が惜しいので早速説明にかからせて頂きます」
ユマさんの指示で俺たちは席についた。
かなり広い部屋で、元は食堂か何かだったのだろう。
テーブルが片付けられていて、椅子だけが並んでいる。
そして正面の壁には巨大な地図が貼り付けてあった。
第二次大戦とかの映画で時々出てくる図だな。
ふと見るとフレスカさんや帝国軍の指揮官らしい人たちもいる。
つまりこれは作戦会議か。
「ヤジマ航空警備の偵察によって今回の魔王顕現範囲が概略判明致しました」
ユマさんが淀みなく話し始めた。
本当にこの人、何でも出来るよな。
「現在判っている限りでは大規模集落に重大な被害はございません。
ヤジマ商会関連団体の支所も多少ものが倒れたり軽傷を負った者が出た程度で、家屋および道路の損傷は軽微ということです。
ただ山間部の小規模集落では道路が崩れて通行が出来なくなった場所が多数あります」
ユマさんによれば、特に山地やその近くの町や村に被害が出ているという。
山崩れや土石流に飲まれた村落もあるそうだ。
大変じゃないか!
「空中偵察でとりあえず緊急と判断した場所へは狼騎士隊を向かわせております。
我が主の指示で、災害に遭った方々の間に出来るだけ早く外から人を入れることと、救助隊が到着するまでに被害調査を行うためです」
「救助はしないのですか?」
ヒロエ統制官から質問が出た。
そうだよね。
狼騎士隊なら道なんか関係なく動けるだろうし、本人? たちはその巨体と力で大抵の障害物は排除できるはずだ。
「速度を重視したために装備を最小限に抑えてあります。
同行する騎手は1名のみで、救助を行うための条件が整いません」
もちろんできる限りの手助けは行います、とユマさん。
そうか。
いかにフクロオオカミと言えども起重機とかを背負っていけるわけじゃない。
それどころか長距離を走る以上、持って行ける装備はひどく限られる。
下手すると自分たちの食料すら持って行けないかもしれないのだ。
つまり狼騎士隊は強行偵察部隊であって救助隊じゃない。
ヒロエさんもそれは判っているようで頷いて座った。
ララエ公国政府は手も足も出ないんだろうな。
救助に向かうどころかヤジマ商会に頼らなければ情報収集すら覚束ないのだ。
特に山間部で道が途切れてしまった場合などはそこが開通するまでは動きようがなかったのだろう。
今までは。
だとすればこれだけ迅速に被害情報を集められるだけでも画期的か。
ユマさんが続ける。
「救助隊の先発隊は今夜中に出発します。
とりあえずサレステで動ける部隊をかき集めました。
それから帝国軍部隊に参加して頂けることになりましたので」
水を向けるとヒロエさんたちが立ち上がってオウルさんに向かって頭を下げた。
「ご尽力を大公会議にかわって感謝申し上げます。
オウル帝国皇太子殿下」
「「「ありがとうございます」」」
ララエ公国の人たちが一斉に頭を下げた。
身分から言えば片膝を突く所なんだけど、今は作戦会議中だからな。
ここではいかに帝国皇太子と言えども出席者の一人でしかない。
俺だってそうだ。
一応ララエでも名誉大公なんですが(泣)。
つまりこの場は私的なのだ。
だからといって無礼をはたらいてもいいわけじゃないけど。
「私はあくまでヤジマ大公殿に助力するだけなので気にせずとも良い。
どうしてもと言うのならば、これも親善の一環と捉えて頂きたい」
オウルさんが軽く返した。
いいなあ。
俺にもこのくらいの威厳があれば。
いやなくても別にいいけど。
「私は主上に従うだけでございます」
俺に小声で言ってくる帝国皇太子。
お願いだからみんなの前で片膝突いたりしないで下さいね?




