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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五部 第四章 俺が勇者?

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25.インターミッション~レネ・ソラージュ~

 ソラージュ王宮の朝は早い。

 (ラトーム)城は国王(ルディン)陛下の執務室および謁見場などがある関係で早朝から清掃が行われるし、早番の役人たちが夜明けと共に登城してくる。

 国王やその他の王政府の重鎮への嘆願や訴え、あるいは何らかの意図を持った訪問者も朝から殺到する。

 まあ、大抵の場合は本人ではなくその配下の者が場所取りを行うのだが。

 ちなみに事前に予約して謁見を待つ者もいつ呼ばれるか判らないので、用心のために朝から登城することになる。

 よってラトーム城は朝っぱらから喧噪に包まれる。

 居住者はたまったものではないが、実は王家の一族が住んでいるのは王城ではなく隣接して建てられた屋敷だ。

 これは最重要機密(トップシークレット)ということになっているため、庶民はおろか下級貴族くらいまでは知らされていない、はずだが。

 当然だが基本的には誰でも知っている事実だ。

 その分セキュリティは過分に手当されていて、襲撃などは撃退どころか発生する前に潰されることになっている。

 そのために少し前までは無骨な護衛兵が大量に配置されていたのだが、今は誰もいない。

「静かなのは良いことです」

 ソラージュ王国第一王女レネ・ソラージュはそう言ってベッドから降りた。

 天蓋付きのひどく大きくて豪華なものだが、この程度なら上級貴族や大商人の子弟辺りでも使っていそうなレベルだ。

 ソラージュ王家は質実剛健。

 レネ自身、贅沢をしたいとか身の回りの世話を全部誰かに任せたいとは思っていない。

 貧乏というわけでもないのに堅実なのは王妃であるクレパトの教育方針である。

 何でも第一子である(ミラス)を甘やかして育ててしまったため、危うく馬鹿王子が出来上がる所だったらしい。

 幸いにして「学校」に通わせたことで性格を矯正することに成功したそうで、歳の離れたレネたち姉妹はその反動で厳しく育てられた。

「まあ、厳しいと言っても程度問題(おままごと)なのですけれど」

 レネの独り言は続く。

 歩きながら夜着を脱ぎ捨て、そのまま洗面所へ。

 シャワーを浴びて出てくるとタオルケットで身体を拭きながら言った。

「それでミロ?

 何か問題は?」

「今のところないね」

 言いながらひょいっとベッドの上に現れたのは猫だった。

 直属護衛兼秘書だ。

 正直、王宮執事より有能なのではないかと疑っているくらい出来る。

 もうお互いに名前を呼び捨てにしあうほど馴染んでしまった。

「突発事項なし。

 よって本日の予定(スケジュール)に変更なし」

 (ミロ)はテーブルの上に飛び乗って顔を洗い始める。

「それは重畳」

 レネは身体を拭いてから用意されている作業着に着替えた。

 もし朝一番で謁見の予定が割り込んでいたりしたら儀礼服になるところだった。

 活動的な第一王女(レネ)はドレスを好まない。

 社交の時以外はまっぴらだ。

「今日はヤジマ学園だったかしら?」

 それでも鏡台の前で多少顔を作りながら問いかけると、ヤジマ警備から派遣されている秘書猫(マネージングキャット)が歌うように答えた。

「それは午後から。

 午前中はサロンの視察があるよ」

「そうでした。

 後で着替えなきゃ」

 レネは王女らしくもなく舌打ちするとさっと立ち上がった。

「それでは行ってきます」

「お心のままに。

 お嬢様(マイディア)

 猫はどうしてみんな気障なのかしら、とか思いながらドアを開ける。

「お早うございます。

 レネ第一王女殿下」

 廊下で迎えてくれたのは巨大な黒犬だった。

 こちらもヤジマ警備から来てくれている護衛で、後ろにずらりと配下らしい犬が並んでいる。

「お早うボルレ。

 問題はない?」

 念のために聞いておく。

「特にございません。

 本日はボルレチームがお守りします」

「よろしくね」

 猫が気障なのと同じくらい、犬が律儀なのも不思議だ。

 そもそも身分などないはずの野生動物(いぬ)がわたくしのことを称号(殿下)付きで呼ぶってどうなのかしら。

「失礼致します」

 廊下に整列したメイドたちが一礼して入れ替わりにレネの部屋に入って行く。

 この辺りは王族に生まれた者の義務だから仕方がない。

 広すぎて部屋の掃除まで自分でやるのは無理だ。

 それに、あのメイドたちの仕事を奪うわけにはいかない。

 たかがメイドと侮るなかれ、ソラージュ王室の私生活の場に踏み込むことを許された信用と実績の選民(エリート)なのだ。

 仕事は厳しいし給金も大したことはない。

 稼ぐためなら他にもっといい仕事はあるのだが。

 この仕事が大人気なのには理由がある。

 王族の側に侍ることが出来るというだけではない。

 実は、一定期間真面目に務めると王室からヤジマ学園への推薦を貰えるのだ。

 しかも特に勤務態度が良かった者については学費や生活費の補助も出る。

 そして卒業後は王政府や関連団体への就職機会が優先的に与えられる。

 応募資格は平民であることと、有力かつ信頼がおける後援者(パトロン)がいることだ。

 この条件における後援者(パトロン)は必ずしも地位や身分、あるいは財産があることを意味しない。

 例えば王族の誰かが何かの事で目に留めた者を推薦してもいいし、王政府からの要請が来ることもある。

 要はコネがあればいい。

 でもチャンスを与えられたからといってそれだけで出世できるわけではない。

 やはり運と努力だろう。

 レネが廊下を歩き出すと前後左右に護衛犬が展開してくれた。

 鉄壁の布陣だ。

 ソラージュ王家が身辺護衛をヤジマ警備に委託してからかなりになる。

 もちろん公的な場所における国王(ルディン)王妃(クレパト)の警備は人間の近衛兵の担当だが、プライベートな生活の場で護衛兵につきまとわれるのは精神的に負担が大きい。

 レネや妹の第二王女(リシカ)にしても、公的な行事でならともかく毎日の生活の場でまで近衛兵と顔を突き合わせたくはない。

 そういった希望を入れて陛下(ちちうえ)が決断されたと聞いている。

 生活の場(プライベート)における護衛は野生動物に任せる。

 それどころか秘書役(マネージャ)もヤジマ商会からの派遣だ。

 隠密性に優れ、いざという時にはかなりの戦力になるヤジマ警備の野生動物部隊(イヌネコ)は貴族や大商人の間でも引っ張りだこだった。

 国王陛下(ちちうえ)王国(ソラージュ)の絶対支配者の強権を持って優秀な野生動物護衛を確保したのだが、雇用はやはりヤジマ商会を通じてのことになっている。

 理由は簡単。

 野生動物たちがヤジマ大公殿下としか契約しないからだ。

 もちろん、例えば騎馬隊の馬たちは騎手に従うし、犬猫や海豚はそれぞれ人間の「友」を持っていると聞いている。

 だがそれは奴隷であったり友誼で結ばれているからで、雇用契約を結んでいるわけではない。

 契約でない以上、いつ反旗を翻されても文句を言えないわけだ。

 逆に言えばヤジマ商会を通じて契約すれば絶対の信頼が置けることになる。

 野生動物たちはヤジマ大公を裏切らないから。

 恐るべきかな野生動物の王(ヤジママコト)

 ソラージュはもはやかの人に牛耳られていると言っていい。

 いや世界が。

 レネはエントランスで待機している人間の護衛兵と合流し、中庭に出た。

「姉様。

 お早うございます」

「お早う」

 挨拶してくる(リシカ)に反射的に返答しながら無意識に見回す。

 今日もいない。

 それは当然で、あの人の執務場所は(ラトーム)城ではない。

 こんな早朝からいるはずがないのに、つい期待してしまう自分には呆れる。

「それでは」

 近衛兵の指揮官が先頭に立って準備体操が始まった。

 身体を動かしながら考える。

 あの方はサリオレだったかしら。

 ドルム侯爵家の出でミラスお兄様のもと側近だったような。

 確か兄様(ミラス)の帝国訪問についていったのでしたっけ。

 だとすれば兄様(ミラス)の周辺には詳しいかも。

 後で声をかけてみようか、と思いかけて自制する。

 自分(レネ)はソラージュ王国の第一王女。

 次期国王の妹でまだ未婚。

 殿方とのうかつな接触は避けなければ。

 準備体操が終わって走り出す。

 レネの周りは犬の護衛が固めてくれている。

 この防御を突破するのは普通の人間には無理だろう。

 つまりわたくし(レネ)には出会いがないわけで。

 ままならないものね、とレネは走りながらため息をついた。

 本来ならわたくしのような立場の者の使い道は決まっている。

 国内の有力な貴族に降嫁するか、有力な外国の王族に嫁ぐかだ。

 最有力候補であるヤジマ大公殿下には既に正室(ハスィー様)がいて、(レネ)が降嫁したらその座を奪うことになる。

 傾国姫に対するそのような暴挙が許されるはずもない。

 傾国姫の怒りを買っただけでもソラージュは文字通り傾く。

 ヤジマ大公なら指先ひとつでソラージュをひっくり返せる。

 いや、それ以前にヤジマ大公の舎弟を自認する兄上(ミラス)が反逆するだろう。

 よってこの線はあり得ない。

 国外の有力な貴顕は、例えば帝国の皇太子(オウル)殿下が挙げられるがあの方も既婚だ。

 奥方様のご出身は平民と聞いているが、そのような立場でありながら帝国皇太子に登極出来たという事実がオウル様の意志と力を示している。

 間違ってもソラージュの王女なんかを娶るはずもない。

 とするとエラ辺りだろうか。

 でも、今のソラージュが殊更にエラ王国に嫁を押しつける必要性ってあるのでしょうか。

 正直言ってヤジマ大公殿下を擁する我が国(ソラージュ)は圧倒的だ。

 ある意味、世界最強の国家であるホルム帝国をすら実質的に配下に収めていると言って良い。

 だとすればおそらく、わたくしの嫁く先はまだ決まっていない。

 幸いにして我が国(ソラージュ)は自主独立の気風がある国だ。

 兄様(ミラス)だってご自分で義姉上(フレア)様を見つけて、実績を持ってその正当性を証明したではないか。

 ならばわたくしも。

「グレンじゃないか!

 どうしたんだ?

 こんなに朝早くから」

 近衛兵指揮官(サリオレ)殿の声が聞こえた。

 グレン殿?

 どこに?

 先頭を駆けるサリオレと並走する男。

 兄上(ミラス)の側近で近衛騎士のグレン・ルワード殿がいた。

「打ち合わせが長引いて泊まらせて貰いました。

 俺もたまには(ラトーム)城の朝練に参加しようかなと」

「物好きだな。

 まあいい。

 遅れるなよ」

 サリオレ殿の許可を得たグレンは走る速度を緩めてスルスルとレネに近寄ってくる。

 犬の護衛達はあっさりとグレンを通した。

 何なのこれ!

「お早うございます。

 レネ第一王女殿下」

 グレンが爽やか(ワイルド)に挨拶してくる。

 慌てないで!

 出来る王女を演じるのよ!

「お早う。

 グレン近衛騎士殿。

 近侍(エスコート)を許します」

「お心のままに」

 そう言ってレネと並んで走るグレン。

 もしかして、ひょっとして、グレン殿もわたくしを?

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