19.サレステ野生動物事情?
ゆっくり話したいということで、俺たちは海岸にベンチが備え付けられている場所に移った。
海豚が横たわりやすいように作られた土台などもある。
ここで背中を掃除して貰ったりするそうだ。
健康診断は少し離れた場所に建っている小屋で行うと教えられた。
海から直接入れるようになっているらしい。
「いつの間にこんなインフラを」
「ソラージュで海豚海遊館を建設した技師の方々の設計でございます。
サレステ興業舎が建築を請け負ったと聞いております」
なるほど。
あっちでも試行錯誤しながら作っていったんだろうな。
オランダリ通称のサラサさんたちが協力したとみた。
そういえば懐かしいな。
サラサさん、今何しているんだろう。
「至急、調査致します」
ハマオルさんが大まじめに応じる。
いやいいですから(泣)。
それよりは用だ。
何だっけ。
「実は待っていた」
海豚の長老の、ええと何といったかの人が言った。
(イハラ殿でございます)
ハマオルさんありがとう。
「というと?」
「マコトの兄貴がサレステに来るというのでね。
出来れば直接話したいと頼んでおいた」
そうか。
なるほどね。
水先案内業だけじゃなかったわけか。
「もうお判りなのでございますか?」
館長さんが驚いた表情を作った。
「判ったというか何というか。
ここで俺が出来ることなんか限られていますし」
「そんなことはないぞ。
マコトの兄貴が一声かければ我等は即座に動く」
「そうでございますね。
確かに私もヤジマ男爵閣下のお役に立てるのならば」
いや、そんな物騒な話じゃないので。
でもこの分ならマジで俺が一声かけるだけで解決しそうだ。
「念のために聞いておきますが、イハラ殿はサレステでも野生動物会議を開催したいのですね?」
「そうだ。
私だけではない。
大方の野生動物はそれを願っておる。
だが我等海洋生物のせいで頓挫してしまっていてな」
海豚の長老は恥じ入るように身体を波間に沈めた。
「仕方がないと思います。
サレステ興業舎の力もあまり及ばなかったでしょうし」
「レムル殿は奔走してくれていたのだが、異動になってしまった。
それに魔王の顕現の噂が広がってララエ公国も混乱している。
もちろん我等も」
うーん。
判るけどね。
でもこの状態だからこそ必要だと思うよ。
「判りました。
俺から声をかけておきます」
「おおっ!
ありがたい!
我等サレステの海豚はマコトの兄貴について行くぞ!」
さいですか。
ついて行くって。
海豚の長老ともなればなかなかの人物ではあるんだけど、いかんせん自由を愛する海豚だからな。
自分が矢面に立つことは回避するか(笑)。
まあ、それは俺も一緒なんだけどね。
「あの……ヤジマ男爵閣下?」
「大丈夫です。
ヤジマ商会が何とかします」
俺じゃなくてね。
それから俺たちは海豚の長老としばらく話し合った。
このところ、サレステの野生動物たちは関係がぎくしゃくしているそうだ。
つまりまとめ役がいないんだよ。
セルリユの場合はまず猫や犬が自分たちの会舎を作って王都における勢力を拡大した。
セルリユにはヤジマ商会の本舎があるし、ミラス殿下がヤジマ商会やヤジマ学園を通じて野生動物たちの庇護者みたいな立場にいる。
海豚たちなんかモロにミラス殿下の後援を受けているからな。
だから野生動物会議を開く場合でも色々と便宜を図って貰えたし、専用会議場の建設もスムースだった。
海洋生物もごく自然に参加することが出来たんだよ。
セルリユの野生動物会議場は海に隣接していて海洋生物も出席できるようになっている。
内陸に作られたら海豚や鯨は参加しようがないからね。
そういうわけで上手くいっているんだけど。
サレステは条件が整っていなかった。
陸上野生動物の会舎はサレステ興業舎が担当しているんだけど、それ自体ではあまり力がない。
それに多分、いきなり鯨公演が大ヒットしてしまったために野生動物たちの間での力関係が微妙になっているんじゃないのか。
現金収入で言えば鯨が断トツだからな。
「その通りだ。
我々海豚や鯨はヤジマ商会に海遊館を作って貰うなどして優遇されている。
そう陸上動物や鳥類が考えていると聞いた。
その上で会議場を海臨に作れとはなかなか言い出せなくてな。
資金的にも難しいものがある」
さすがは何と言ったっけかの長老さん。
傑物ではあるんだろうな。
でもこの問題については手も足も出なかったと。
もともと手足はないけど(笑)。
しかもララエ公国政府は間近に迫った魔王顕現の対処に手一杯で野生動物対策は優先順位が低くなっているわけか。
「どうにかならんか?」
「任せて下さい」
サレステの野生動物が協調してくれないと魔王の対処が難しくなるからな。
まあ、俺に出来る事はしますので。
俺はしばらく雑談してから海遊館を引き上げた。
来た時と逆のルートを辿ってヤジマ男爵領に戻る。
幸い俺が公都内を彷徨いていることはバレてないようだ。
でも馬車の周りに犬の皆さんが寄ってきたりしていて、その都度護衛の犬の人に追い払われていた。
野生動物は鼻が利くからな。
俺の臭いを知っている犬がいてもおかしくない。
ヤジマ商会配下の企業に関係している野生動物の方々には俺を見かけても無視するよう要請が行っているはずだけど、サレステには野生(笑)の野生動物も多いからね。
そういう人たちは決まりなんか守らないし、好奇心だけで行動する。
ずっと前だけど犬の人たちが集まってきてしまって軍団のようになり、おかげで俺に「将軍」とかいう厨二病な肩書きがついてしまったりしたっけ。
あの二の舞はご免だ。
「ハマオルさん、お願いします」
「お心のままに」
ヤジマ警備を通じて野生動物の皆さんにも徹底して貰おう。
無事にヤジマ男爵領に帰還して屋敷に駆け込み、俺の部屋でシャワーを浴びて一息つく。
一応、確認しておきたかったんだよね。
下手すると俺の暴走になってしまうかもしれないから。
でも大丈夫だ。
俺は動ける。
その日は屋敷に閉じこもって過ごした。
ユマさんたちは色々とやることがあるらしくて姿が見えない。
魔王の痕跡を観に行くという話は後回しになっているらしい。
ついでに言うとどっかの貴族や大商人が押しかけてくるようなこともなかった。
情報統制が効いているというよりはオウルさんの方に惹き付けられているんだろう。
帝国の皇太子殿下とその御一家のララエ初訪問だからね。
あっちこそ社交が凄いことになっているのでは。
「オウル様は精力的に動かれているようでございます」
朝食の席でユマさんが教えてくれた。
「ララエ公国政府が用意した行事や会談に積極的に応じられておられます。
それに伴って随行の帝国政府官僚の方々も大車輪で走り回っているらしく」
大変だな。
まあ、それが仕事なんだろうし。
しかしオウルさん、さすがは帝国皇太子だよね。
社交って面倒くさいんだよ。
俺は自分で経験したからよく判る。
ていうか俺なんか随行の人たちがいなければ潰れていたぞ。
「仕事熱心というよりは急いでノルマをこなしているという雰囲気でございますね」
「それはどういう?」
「もちろん我が主に置いて行かれたくないからでしょう。
我が主の主な目的はララエ公国における魔王顕現の対処ですから。
オウル様と違って自由に動けるわけで、グズグズしていたらオウル様を置いて出かけてしまわれるかもしれないとお考えかと」
そうなのか。
つまり帝国皇太子は俺に同行したいがために急いでララエの行事を片付けていると。
否定出来ないのが何か嫌だ。
「それでも我が主が大公会議に接触しないうちから動くはずがないのはご存じでございますから」
「じゃあ、俺が大公会議に挨拶したら」
「ララエの行事や予定などすっ飛ばして押しかけて来るかもしれません」
何だよそれ。
親に置いて行かれそうになっている子供じゃあるまいし。
しょうがないな。
「オウルさんに伝えておいて下さい。
動く時には必ず声をかけるので心配しないでと」
「お心のままに」
俺は子守か!




